66話『恋の温度差』
16時――。
場所は高円寺駅。
「直!」
満面の笑みで俺の名を呼んだのは――里実だ。
「今日、デートの調整してくれてありがと!」
「こちらこそ!なかなか都合がつかなくて……ごめん」
「ううん、全然!じゃ、行こっか!」
里実との前回のデートは2週間前。
そう――彼女を『Lv.∞』に誘い出して以来だ。
考えると、里実とももう4回目のデート。
一般的に何回デートを重ねたら、告白のフェーズに入るのかはよくわからないが……そろそろ、答えを出さなくてはならないだろうと思っている。
今日のデートは、里実がデートプランを考えてくれた。
高円寺のブックカフェでゆったりくつろいでからディナーという、2回目のデートの時と同じようなコースをたどる予定だ。
「着いたよ!」
ドアを開けると――高円寺らしい下町情緒あふれる雰囲気で、とてもアットホームな空間。
そこにいる人々に派手さはまったくなく、渋谷のブックカフェよりも心なしか真面目な人が多い印象を受けた。
「あ~落ち着く!」
里実は席に着くと、満足そうな表情を浮かべた。
「そうだね。心がほっとするね」
俺が同意すると、彼女は嬉しそうな笑顔を見せた。
嘘じゃない。もちろん本心だ。
だが――前向きな言葉とは裏腹に、俺の胸中は、複雑だった。
里実との3度目のデートの翌日――。
ディーノさんが彼女に発破をかけたからか、すぐに次のデートへのお誘いのメッセージがきていた。
『次、いつ会えるかな?』
『行ってみたいブックカフェがあるんだけど』
『一緒に行かない?』
今日までの2週間の間――ずっと予定が入っていたわけではない。
平日でも休日でも、時間を作ろうと思えば作れた。
でも、俺はこの誘いに対して、すぐに即答せずにいた。
レイナさん、麗香さんとのことで一杯いっぱいだったから、というのももちろんある。
だが、デートへのモチベーションがそこまで上がらなかった、というのが大きな理由だった。
里実のことはもちろん好きだ。
何より、麗香さん、レイナさんといる時よりも心穏やかでいられる。
趣味も考え方も合うから、自分らしくもいられる。
でも、逆に言うと――安定しすぎている。
ディーノさんは僕らに“刺激”を与えるため、『Lv.∞』に彼女を誘うことを提案した。だが、里実にとってその刺激は、結果、居心地の悪いものだった。
交際後も平穏な日々が約束されている相手は、間違いなく里実だろう。
でも――。
『恋はパッション――最後は、どれだけ感情を突き動かされたかだヨ』
ディーノさんは力強くそう言った。
理性を抜きに自分の感情だけと向き合った時――レイナさん、麗香さんと過ごしている時に感じたような激情が、里実に対しては沸いてこない。
はじめて会った頃は――キスしたい、抱きしめたいといった生々しい感情が沸きあがった時もあった。
だが、今はどうだろうか。
麗香さん、レイナさんという、良くも悪くも自分を惑わせ、惹きつける彼女たちの存在が大きすぎて――正直、自分でもよくわからなくなっている。
だから今日――。
里実に対して、独占欲や性的欲求、依存心がどれほど湧いてくるのか。
自分の中にある“醜い感情”を、改めて確かめたい。
「……直、どうかしたの?」
考え事をしていたからか、気づくと手元の本から視線を外し、ぼーっと床一点を見つめていた。
「ううん。なんでもないよ」
よこしまな気持ちを隠そうと、俺は里実に向かって優しく微笑んだ。
ブックカフェで2時間ほど過ごした後――。
俺たちはそのまま、近くのもんじゃ焼き屋に行った。
ブックカフェではろくにちゃんとした話ができていないので、ここからが本番だ。
里実チョイスのもんじゃ焼き屋は、築年数が経った、地元感溢れる佇まい。お店に入る前から、もんじゃの強い香りが漂ってきた。
「こういう地域に根付いた素朴なお店こそ、私たちらしいよね!」
里実はそう言って、ガラガラガラと大きな音を立てながら引き戸を開けた。
ここ数カ月はずっと、デート向きなおしゃれなレストランばかりに行っていた。だから、確かにほっとするし、心安らぐ。
だが、俺が求めている刺激的な感情は一切湧いてこない。
複雑だ――。
「直、ビールでいいよね?」
ひと通りのオーダーを終え、少しだけ俺と里実の間には沈黙が流れる。
先に話を切り出したのは――里実だった。
「直ってさ、いままでどんな恋愛をしてきたの?」
ドキッとした。
考えてみれば、里実の恋愛について聞いたことはあったが、俺の話はしたことがなかった。
俺にだって男としてのプライドがあるから、正直――恋愛経験ゼロだと告白するには勇気がいる。
彼女に引かれてしまって、恥ずかしい思いをするかもしれない。
1人、2人架空の彼女がいた設定を作って、嘘をつくか……?
俺は唇を噛んだ。
「……恋愛経験、ないんだよね……」
嘘はつきたくないと思い、正直に話した。
里実は一瞬、驚いたような表情を見せた。
でも、すぐにいつも通りの様子に戻り「そっか」と応じた。
「……だったら、なおさら……」
里実はうつむいたまま、小さく何かをつぶいた。
声が小さすぎて俺には聞こえなかった。
「……え?ごめん、聞こえなかった」
聞き返した。
「六本木とか、港区女子とか、おしゃれなバーとか……直には合わないんじゃないかな?」
「……」
あえて何も言わなかった。
「直ってさ、もともとあっち側の人ではないじゃない?」
「……あっち側って?」
「煌びやかな生活に固執して、遊んでばっかりいるザ・都会人、というか……」
里実の口からとげとげしい言葉が飛び出し、少し動揺した。
「直は田舎育ちだし、東京でも巣鴨住まい。いい意味で都会に染まってないじゃない?今は港区が新鮮に思えても、いつか絶対疲れちゃうと思うよ?」
なぜ、そうだと断定できるのだろうか。
港区と接点ができた今の生活は、とても楽しい。
俺の何を知って断言しているのか――。
言いようのない窮屈さを覚えた。
「それに、あっち側の女性……この間、バーですれ違った港区女子だって、華やかで憧れるけど、絶対浮気っぽいよ?私わかるの。私の親友がそうだったから」
そうか――。
里実から元カレを奪い去った、同期であり親友だった女は――港区女子だったのか。
きっと彼女は、その親友とレイナさんを重ねて見ているのだろう。
「私だったら……絶対、浮気しない。ずっと……直のことだけが好き」
里実は俺の目を見て、再びハッキリと告げた。
「直が好きなの」




