表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/59

58話『泥酔』

「麗香さんって……直くんの本命?」

「……はい」


 俺は目の前の光景が信じられず、呆然と立ち尽くす。


「本当にそうなの?だいぶ遠いけど?見間違えじゃない?」


 何度も目をこすってみたり、瞬きを強めにしてみたりした。

 だが、やはり――。


「今日の出社時と……ふたりとも、まったく同じ格好なので……」

「ふたりともって……男のほうも直くんの会社の人なの?」

「……」


 先日の日曜日は、まるで恋人のように過ごしていたはず。

 彼女もきっと、俺に好意があるんだと、そう確信めいた感覚があった。


 だからこそ――目の前の状況が、にわかには受け入れがたい。


 ふたりの目の前に、1台のタクシーが止まった。

 彼らはそのまま車内に吸い込まれ、六本木の街に消えていった。


「……直くん?」

「……」

「……直くん」

「……」

「ねぇ、直くんってば!」


 レイナさんの大きめの声で、ようやく現実に戻ってきた。

 彼女のほうを向くと、心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込んでいた。


「とりあえず、お店行こう?」

「……はい」


 俺たちはそのまま『Lv.∞』(レベルインフィニティ)へ向かった。


「で、さっきの件なんだけど……」


 レイナさんは席につくなり、軽い世間話や慰めの言葉などまったくなく、ド直球に質問してきた。


「さっきのふたりって付き合ってるの?」

「いえ……付き合ってないって、本人たちから聞いてます……」

「ふたりとも直くんの会社の人ってことだよね?」

「……はい。麗香さんと智也さんは、ふたりとも人事部の同期同士で……俺の先輩です」


 レイナさんは「なるほどね……」とつぶやいた。

 そして、少し沈黙した後、俺への問いかけを続けた。


「直くんは……麗香さんとどんな感じなの?」

「……この間の日曜日、はじめてふたりで出かけました……」

「……そっか。どんな感触だった?」

「彼女も……俺のこと……好きなのかなって……」

「……なんで……そう感じたの?」

「いままで苗字だったのに、名前で突然呼ばれたり……かっこいいって言われたり……向こうから手をつないできたりしたので……そうかなって……」


 レイナさんは口をつぐんだ。その表情は明らかに歪んでいた。


 本来の自分だったら、その理由を聞き出して、フォローを入れただろう。

 だが――今はそんな余裕など、微塵もなくなっていた。


 俺は一転、前のめりで彼女に意見を求めた。


「あの……レイナさんは客観的にどう思いますか?俺が麗香さんにされたことって、別に好きのサインじゃないってことですか?好きかもってのは、俺の思い違いってことなんですかね?俺、恋愛初心者すぎてわからなくて……」


 レイナさんは目を伏せて、無言のまま。


「ねぇ、レイナさん」と、彼女の腕を掴んだ。


 すると、彼女は俺の手を勢いよく振り払った。

 俺はその反動で、少し後ろにのけぞるような格好になった。


 反射的に取った行動だったようで、レイナさんは俺のほうを見て「ごめん……」と言った。


「私にはよくわからないや……私、麗香さんじゃないし」

「そう……ですよね。すみません」

「いや、私のほうこそごめん……」


 俺とレイナさんの間には、気まずい空気が流れる。


 しばらくの沈黙の後――重苦しい空気を変えたのは、レイナさんだった。


「……今日は飲もう」

「……え?」

「飲んで忘れよう?こういう日は。それが一番!」

「いやいや……でも、ちゃんと考えて策を練ったりしたほうが……」

「考えたってわかんないじゃん?そもそも、もしかしたらさっきのは人違いだったかもしれないし、逆に、麗香さんが超ビッチな女だって可能性だってある。でも、真相はいくら考えたってわかんないでしょ?」

「まあ、確かに本当のところはわかんないんですけど…」

「でしょ?はい、飲む飲む!」


 レイナさんは俺の手にハイボールを持たせた。


 彼女の言うことはごもっともだ。

 あの状況を読み解こうとすればするほど、無限に可能性が考えられるからキリがない。


 それはわかっているのだが――思考が止まらない。


 麗香さんは、どんな気持ちで智也さんに抱きしめられていたのだろうか。

 遠すぎてふたりの表情はまったく見えなかった。


 無理やり?それとも、自ら進んで……?

 もしかすると、先を越されて、智也さんが麗香さんに告白を……?


 麗香さんを誰かに取られるなんて嫌だ。

 麗香さんは俺だけの――。


「冷たっ」


 頬に冷たい感触を感じて横を向くと、レイナさんが自分のハイボールのグラスを俺の頬にあてたようだった。


「楽しく飲もう?ね?」


 レイナさんは俺を元気づけるように、笑顔で乾杯を促した。


「そうですね……!」


 彼女の心意気を汲み、気丈に振る舞った。


 俺たちはカチンと景気よくグラスの音を鳴らし、雑念を振り払うかのごとく、ふたりして一気にお酒を流し込んだ。


 そして、もう1杯、もう1杯と、気づけば何杯飲んだのかもよくわからなくなっていた。


 その後の記憶は――途切れ、途切れ。

 こんなにたがを外して飲んだことは、社会人になってからはじめてだ。


 真面目で誠実であることが自分の長所であると自負しているので、それに恥じない行動をと自分を律してきた。


 だが、この日だけはダメだった。

 考えることをやめるため、お酒に頼ってしまった。


 おぼろげだが――店から出て、レイナさんとともにタクシーを待つ間のやり取りだけは覚えていた。


「……どんな顔して次……麗香さんと会えば……」

「次……?いつどこで?」

「え~?今週の土曜日!場所は……またまた『Lv.∞』(レベルインフィニティ)で。う~ん、レイナさんもくる?」

「……行く~!」


 ふたりして泥酔していたから、彼女は忘れているだろう。

 いや、忘れてもらわないとまずい……。


 そして、それよりも――今のこの状況のほうがもっとまずい……。


 日付変わって、現在は午前6時。


 見覚えのない部屋。


 見渡すと、化粧台、テレビ、ソファ、仕事用らしいデスクと、物は多いが整理整頓されている。

 だが――それとは対照的に、床にはバッグや靴下、ビールの空き缶などが散乱している。


 俺は上半身だけ裸の状態。


 そして、俺の傍らには――。

 タンクトップ姿とラフな装いのレイナさんが、スヤスヤと眠っている。


 ――俺……何やらかしたんだあああああああ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ