57話『友達以上恋人未満』
俺は、レイナさんとキスしたあの瞬間を思い返した。
どう思ったかって?
そりゃ――。
「……嬉しかったです」
レイナさんはその瞬間――プッと噴き出した。
そして、「あははは!」と声を上げて笑った。
「えぇ……何が可笑しいんですか……?」
「いや~素直だなって思って!だって、本命は麗香さんでしょ?『何キスしてくれてんだ!』ってならない?私に気を使ってる?」
「いやいや。もちろん、びっくりはしましたよ?まさか……初キスの相手がレイナさんになるとは思ってなかったんで」
「え……そっか。ファーストキスだったのか……それは、まじでごめん」
彼女は眉間にシワを寄せて、本当に申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「いやいや。むしろ、ありがとうございます、ですよ?俺なんかに……」
「あはは!キスしてくれてありがとう、って感謝されたの、はじめてだわ~」
レイナさんは「直くん、ほんと面白いよね」と言いながら、再び楽しそうに笑った。
今日――レイナさんとどんな会話をすることになるのか、まったく想像がつかず、とても緊張していた。
だが、彼女のあっけらかんとした性格に救われた。
ただただ、会話が楽しい。
彼女自身が食事の場を楽しもうとしているからか、常に明るく笑顔を絶やさない。
レイナさんともし恋人になれたら――何気ない日常が、パッと華やぐ気がした。
「レイナさんって、ほんと明るいですよね。レイナさんの底抜けに明るいところ、俺、すごく好きです」
「……好き……ねぇ」
彼女はじっとりとした視線を俺に向けた。
「な……なんですか……?」
「あんまり安易に、『好き』って言葉使わないほうがいいと思うよ?」
「え……そうですか?ディーノさんから伝授された恋愛ノウハウなんですけど……」
「なるほどね。それって、自分のことを好きじゃない人をオトすテクニックでしょ?自分に好意がある人に使うと、勘違いさせちゃうよ?」
レイナさんは続けた。
「直くんが好きなのは、麗香さんか、里実さんでしょ!」
そう言って、目の前のチャーハンを口いっぱいに頬張った。
気丈に振る舞っていたが、俺は彼女の瞳の奥の揺らぎを見逃さなかった。
「レイナさんも、ですよ?」
「……え?」
「レイナさんも恋愛対象として見てますって」
少し沈黙した後、彼女は「あ……そうなんだ」と少し恥ずかしがる様子を見せた。
「3人とも、それぞれ違った魅力があって……全員にドキドキしちゃってます」
「正直だね?」
「俺は恋愛経験がなさすぎるので……もう少し考える時間が欲しくて。優柔不断で申し訳ないんですけど……」
「全員に好きって言って、浮気しちゃえばいいのに」
「……なっ!そんなこと!」
彼女はふふっと笑った。
「そういう誠実なところが直くんらしいわ~」
そう言うと、彼女は今までとは異なる目つきで、俺と視線を絡めた。
その目は、何かのスイッチが入ったかのごとく、色っぽく艶を帯びていた。
「私も本気で頑張らないと……だね?」
彼女の『頑張る』とは、一体どんなものなんだろうか――。
何をされたわけでもないのに、想像を膨らませ、妙に心臓が高鳴った。
――自制心を持て、直。冷静に。冷静に……。
俺は小さく深呼吸した。
そして、ヒートアップした心をクールダウンするため会話の転換を試みる。
「そういえば……レイナさんってご趣味は?」
一瞬、俺たちは目を合わせたまま無言になる。
「「あははははは」」
そして、ふたりして大笑いした。
「懐かしいね!その質問」
「ほんとですね!はじめてレイナさんとディーノさんと出会った頃を思い出します」
「あの時の会話、まじでつまらなすぎて、逆に鮮明に覚えてるんだよね」
「恥ずかしすぎます……」
「私がピラティスが趣味だって言ったら、直くん『興味あります』とか言いながら、ぜんぜん興味なさそうな顔してるんだもん」
「それはごめんなさい。あの時は本当に興味なかったです……」
レイナさんは「言うようになったね~」と、改めてしみじみと俺を見た。
「今や、何人もの女性を手玉にとるモテ男だもんね~」
「……やめてくださいよ……」
恥ずかしくなって下を向く。
「直くん?」
レイナさんに呼ばれて、俺は再び前を向いた。
「好きだよ?」
「……いきなりなんですか?」
反射的に目をそらした。
「目、そらさないで?」
恐る恐る、俺は再び彼女と目を合わせる。
「好き」
レイナさんは、真剣でいて色っぽい眼差しを俺に向けていた。
今度は彼女から目をそらさず、じっと見た。
くりっとした大きな瞳。カラコンが入っているのか、目の色が茶色い。
まつ毛は1本1本、綺麗に上を向いている。
目線を少しずらす。
ぽってりとした唇は――まだ艶を残している。
――俺はこの唇と……。
自分でも気づかぬうちに、彼女の顔のパーツを食い入るように見ていた。
レイナさんはそんな俺の様子を見て、プッと噴き出した。
「直くん、顔こわいわ!必死すぎ!」
ハッと我に返った。
「すみません……」
「ほんと、直くんといると楽しいわ~!」
俺たちは、友達以上恋人未満な絶妙な距離感で、甘くも愉快な時間を過ごした。
22時30分――。
「直くん、お会計ありがとね。全然遠慮しなくてよかったのに」
店を出ると、レイナさんは申し訳なさそうに俺に視線を向けた。
「いえいえ。もともと払うつもりだったんで、気にしないでください」
「ほんと、ありがとうね」
彼女は改めてお礼を告げると――。
俺の腕を自分のほうへ引き寄せ、俺の左頬にキスをした。
びっくりして、彼女を見た。
「今日のお礼ね?」
レイナさんはふふふっと楽しそうに微笑み、俺の腕に自分の腕を絡めた。
「よし!2軒目行こう~!『Lv.∞』でいいよね?」
「ええ?明日も仕事ですよ?それに、すでにワイン5杯いってますよね?控えたほうが……」
「全然酔ってないから、大丈夫だよ?」
そう言って、レイナさんはぐいぐいと俺を店の方向へと引っ張る。
「も~!1杯だけですよ?」
俺が折れて、彼女の隣を同じ歩幅で歩こうとした時――。
「あのカップル、お熱い抱擁だね」
レイナさんが斜め前のほう――反対車線側の歩道を見つめて言った。
俺もレイナさんが見つめる方向を見た。
「……えっ?」
かなり距離はあったが、抱擁を交わすふたりの服装に見覚えがあった。
嫌な予感が、全身を駆け巡る。
俺はその場で立ち止まり、ふたりを凝視した。
彼らはふいに身体を離す。
その瞬間――俺は凍り付いた。
「……麗香……さん……?」




