56話『あの日の真相』
水曜日――。
時刻は19時半の少し前。
「久しぶり~!」
六本木駅に、レイナさんの朗らかで透き通った声が響いた。
「お久しぶりです……」
「お腹空いた~~!早くお店行こ?」
レイナさんはそう言うと、ごく当たり前のように右腕を俺の左腕に絡め、歩き出した。
彼女にリードされるまま、俺も続く。
あの日――キスをして以来、ふたりきりで会うのは今日がはじめて。
本当は今日、キスの真意を問いたい。だが――それをきっかけに彼女と気まずくなりたくはない。キスの話題には触れず、恋愛の話もあえて避けるべきか――今日までいろいろと悩み抜いてきた。
しかし、実際に彼女に会うと、キスしたことを忘れてしまったかのような、あっけらかんとした態度で拍子抜けした。
レイナさんは俺みたいに、ネチネチと深く考え込むタイプではなく、たぶん物事の白黒がはっきりしていて明快なタイプなんだろう。
「ここだよ~!」
駅から徒歩数分ほどで、目的のお店に到着した。
お店はレイナさんチョイスで、完全におまかせだったので、どこに連れて行かれるのかドキドキしていたが――中華のお店らしい。
「このお店はね、『Lv.∞』と同じくらい私の行きつけなんだよ~!」
席に着くと、レイナさんは意気揚々と話を切り出す。
「点心がめちゃくちゃ美味しくてさ!直くんにも食べてほしいなって思って!」
「そうなんですね。めちゃくちゃ楽しみです!」
中華は外食ではあまり選ばないジャンルだ。
レイナさんのおすすめを聞きながら、定番を中心にたくさんオーダーした。
「レイナさん、六本木のお店事情詳しいですよね?」
「うん。だって、会社が六本木だから」
「……そうなんですね」
「『Lv.∞』は会社の目と鼻の先だから、週4は行ってるかも」
なるほど――里実との遭遇も、会うべくして会ったということか。
「この間さ」
びくっとした。
どの件のことだろうか。
「ちっちゃくて可愛い子と飲んでたじゃん?」
里実のことか――。
「はい……ディーノさんと3人で飲んでましたね」
「あの子って、マッチングアプリで出会った里実さんだよね?」
「……そうです」
レイナさんは「なるほどね……」と、ひとり何かを考え込むようにしながら頷く。
「……何か気になることでも?」
「ううん。別に?」
何か言いたげなのが気になった。
「思ってることがあれば、遠慮なくハッキリ言ってくださいね?」
レイナさんは「う~ん」と少し考え込んだ後、俺に問いかけた。
「里実さんって、直くんはどんな子だって思ってる?」
「そうですね……誰に対しても優しい真面目な子、ですね。それゆえ繊細なところもあって、儚げで、守ってあげたくなる存在というか」
「守ってあげたくなる……ねぇ……」
レイナさんは腑に落ちていない、といった感じだ。
少し間を置いた後、「あくまで私の意見として、だけど」と前置きしたうえで、彼女はこう続けた。
「里実さん、たぶんあんまり性格良くないと思う」
俺は少し眉間にシワを寄せた。
里実に対して抱いてきた印象からはまったくイメージできず、納得感がまるでなかった。
「どうして……そう思うんですか?」
「バッタリ会った時さ、直くんは完全に私に釘付けだったでしょ?」
その通りなのだが――彼女に見透かされていたのかと、恥ずかしさが募る。
「まあ……おっしゃる通りですね……」
「だから、直くんは気づいてなかっただろうけど……横にいた彼女、完全に私に敵意丸出しって感じで威嚇してきてさ」
驚いた。
まさか――レイナさんと里実の間で、無言のやりとりがあったとは。
確かに、あの時はレイナさんに視線が奪われており、里実の様子を確認できていない。
「そうだったんですね……普段の彼女からはまったく想像できないです……」
「女に嫌われる女って感じ?めっちゃ怖かったよ~?」
彼女は苦笑いを浮かべた。
だが――すぐにキリっとして自信に満ちた表情に戻り、「ま、私もその挑発に乗って煽っちゃったけど」と、不敵に笑った。
ここでちょうど、オーダーした料理が一気に届いた。
「まあ、直くんが彼女のこと好きだっていうなら、もちろん応援するけどさ」
レイナさんは目の前の料理に目をやりながらも、平然と言った。
里実とのことを応援してくれるということなのか。
じゃあ、彼女の気持ちは――?
「あの……レイナさんは俺のこと……どう思ってます?」
レイナさんには遠回しな表現はせず、ストレートに聞いてもいいように思った。
すると、彼女は焼き餃子にのばしかけた箸を一瞬止めた。
だが――すぐに、何事もなかったかのように餃子をつまんだ。
「好きだよ?」
「え?」
「だから、直くんのこと好きだって」
あまりに自然に告白されたので、好きの意味合いが異性としての好きじゃないのだろうと思った。
「男としてじゃなく、人として好きってことですよね?」
念のためだが、彼女に確認する。
レイナさんにとって、俺はタイプの男ではないと、ディーノさんも言っていた。
間違いなく友人としてだろうと思っていたのだが――。
「いやいや、男としてだよ?」
レイナさんは「好き、を深読みしすぎでしょ?」と笑った。
「いや……レイナさんが俺を好きって実感が湧かなくて……」
「キスしたじゃん?」
「え……」
「だから、キスしたじゃん?私、好きじゃない人とキスしないし」
レイナさんはじっと俺を見る。
俺はというと――無意識に彼女の唇を見ていた。
餃子を食べたからか、彼女の唇はその油でテカテカと艶を放っている。赤色のリップはまだほとんど落ちていない。
俺はゴクリと生唾を飲んだ。
「直くんは、私とのキス……どう思った?」




