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55話『危うい独占欲』

「直くん」の破壊力のデカさに、俺は言葉を失った。


「……ダメ?」


 麗香さんは首を傾げ、甘えた様子で同意を求めてきた。


「いや……ダメ……じゃない……です」


 彼女は嬉しそうにふふっと笑うと、「撮り終わったから飲もう?」と、いつもの調子に戻った。


 麗香さんは――里実と似た可愛らしさと、レイナさんと似た小悪魔的な一面の両方を兼ね備えている。


 こちらが素の彼女だろうから、きっと智也さんをはじめとする他の仕事仲間は、こんな一面、知らないだろう。


 いや――知っていてほしくない。

 そして、これから先――誰にも知られたくない。

 俺にだけ見せてほしい。


 独占欲。


 この感情を、どう処理すればいいかわからなかった。

 彼女に向ける自分の視線が、醜く歪んでしまっていないか――ひどく不安だった。


「「ごちそうさまでした」」


 俺たちは、1時間半ほどゆっくりとコーヒーを楽しんだ。

 その間は、楽しくたわいもない話ができていた――はずだ。


 本当のところ……俺はずっと心ここにあらずで、話の内容がほとんど頭に入ってこなかった。

 店員さんや客たち、すべての男性陣の麗香さんに向ける視線が気になって、仕方なかったのだ。


 彼女を見てほしくない。

 牽制するように、俺は彼らに鋭い視線を向けた。


 会話に集中できていないことは申し訳なかったが、自分の中に湧いた激情をコントロールする術がなかった。


「それじゃ、街ブラする?」

「……そうですね。たくさん写真撮りましょう」


 当の麗香さんは、そんな俺の心の内などつゆ知らずといった感じで楽しげだ。


「普段、あんまり人物は撮らないんだけど……」


 麗香さんはそう言って、上目遣いで俺を見た。


「お互いに撮り合いっこしよっか?」


 彼女の視線が俺だけに向いている瞬間は、とても安心する。


「もちろん!」


 意気揚々と、彼女の提案に応じた。


 こうして――撮影タイムが始まった。


 銀座4丁目の交差点、歩行者天国、歌舞伎座、銀座並木通り――。

 場所を変え、被写体を変え、俺たちは銀座の街を練り歩いた。


 本当に、数えきれないほど写真を撮った。


 麗香さんが歩く後ろ姿、空を見上げる様子、途中でテイクアウトしたワッフルを頬張る顔、目をつぶってしまってちょっと不細工な顔、満面の笑みを向けてくれた瞬間――。


 どの一瞬も愛おしく、かけがえのない宝物になった。


「明日も早いし……そろそろ……」


 彼女から帰宅を示唆されて、はじめて時計を確認した。


 時刻は19時半。

 もっと一緒にいたい気持ちだったが、麗香さんの出社は毎日俺よりも早い。


「そうですね。ただ、あの……」

「???」

「お手洗い行ってもいいですか?」


 お手洗いの時間など、ほんの数分。

 それでも、彼女と過ごす時間を1分1秒でも伸ばしたい、というあがきだった。


「もちろん、いいよ!」


 百貨店に入り、お手洗いを借りた。

 そして、1、2分後に戻ると――。


 2人組の見知らぬ男性たちが、麗香さんに話しかけていた。


 麗香さんがふたりと目を合わせている様子を見て――俺は瞬間的にカッとなった。


 早足で彼女のもとに向かい、俺は麗香さんの肩を強く抱き寄せた。


「俺の彼女に何してるんですか!?」


 強い口調で男たちに迫った。


「いや……あの……」


 男たちはもごもごしていた。


「この子たち……有楽町に行きたいんだって」

「……え?」

「上京したばっかりで道がわからないからって、聞かれてただけだよ?」


 ――やってしまった……。


 彼らをよくよく見ると、まだ高校生といっても通用するほどあどけない。

 100%ナンパだろうと決めつけてしまっていた。


 俺はパッと彼女の肩から手を離した。

 そして、彼らに「……すみません」と謝った。


「いえいえ……」と気まずそうにしながら、男たちは足早に立ち去った。


「麗香さん、すみません……。俺…ナンパされてると勘違いして……」

「ううん、全然平気!ちょっとキュンキュンしちゃった!」

「ほんと、すみません……」


 いたたまれなくなり、早くこの場を離れようと一歩踏み出した瞬間――。

 左手に温もりを感じた。


 パッと横を見ると――麗香さんが手をぎゅっと握り、俺の身体に身を寄せながらこちらを見上げていた。


「俺の彼女……なんでしょ?」


 一気に左手が熱を帯びた。

 心臓がドクンドクンとうるさい。


「……はい」


 それ以上、言葉が出なかった。


 そのまま、彼女の手を引いて歩き出す。


 百貨店から駅までの道のりは、通常であれば数分でたどり着くほど近い。

 だが――俺はできるだけゆっくりと、地面を一歩一歩踏みしめながら歩いた。


 麗香さんは相変わらず俺のほうに身体を寄せている。


 ――これってもう、付き合ってるのでは……?


 ちゃんと確認をとったほうがいいだろうか。

 いや――最近のカップルは、「付き合おう」の言葉がなくても、なんとなく交際中の認識を持っている場合も多いと聞く。


 もしかすると――彼女の中では、もう俺と……?

 だとしたら、もっと踏み込んでもいいのではないだろうか。


 たとえば、キス――とか……。


 俺はチラッと麗香さんの方に視線を向けた。

 彼女は、そんな俺のよこしまな視線になどまったく気付かず、前を見据えて別の何かに釘付けになっていた。


「あの人、すごいね……」


 何だろうと思い、前を見ると――。


 真っ白のスーツに赤いYシャツ姿という派手な身なりの長身の男性が、遠くから歩いてくるのが見えた。その男性は、大きな花束のようなものを大事そうに抱えている。


 ディーノさんみたいだなと、はじめは半信半疑だった。


 だが――だんだんと俺たちと距離が縮まってきて、ようやく本人だと気付いた。


「……ディーノさん!?」

「……あれ~直??偶然だネ!」

「似てるなとは思いましたけど……まさか、本人だとは……」

「ラブラブなカップルだナ~って思ってたら、直だったとはネ!彼女、もしかして麗香さん?」


 麗香さんはびっくりして、目を丸くしている。


「どうして私のこと……?」

「あ、驚かせてごめんネ。僕、ディーノ。直の飲み友達。会社に素敵な女性がいて、デートするって、直から聞いてたから!」


 ディーノさんは、「ネ?」と俺に同意を求めた。

 俺はすぐに「はい」と応じた。


「直が『めちゃくちゃ美人で憧れの人だ!』って、力説してたから、ぜひ会ってみたいと思ってたんだヨ~?」

「え……そうなんですか……?」


 麗香さんはチラッと俺の様子を伺うように見た。

 だが――恥ずかしくなって、咄嗟に目を逸らした。


「本当に美人さんだネ~~よかったら一緒に飲まない?」

「ちょっと、ディーノさん!口説かないでください!」

「Oh~コワッ。もちろん直も含めてだヨ?」


 ディーノさんはそう言って、愉快そうに笑った。


「今からはちょっと……俺たちもう帰ろうかと。明日も早いので」

「そっか。僕もこのあと用事があるから」


 ふと、ディーノさんが持っていた大きな花束に目をやる。

 オレンジ色のカーネーションで、おそらく50本はありそうだ。


「その花束……?」

「これ?僕の最愛の人へのプレゼント」


 “最愛の人”


 ディーノさんは確かにそう言った。

 彼にそこまで言わせる女性がいたとは――驚いた。


「ごめんネ。僕、もうそろそろ行くネ。麗香さん、直を通して連絡するから絶対飲もうネ?」

「はい。ぜひ!」

「じゃ、直。またネ~!」


 ディーノさんは颯爽と銀座の街に消えていった。


「直くんに外国人の飲み友達がいるとは…意外すぎ!どこで知り合ったの?」

「六本木のバーで知り合いました」

「直くんが六本木のバーね……。ますます興味深い……」


 麗香さんはじーっと俺を見つめる。


「じゃ、ディーノさんと3人でそこで飲もうよ?」

「えっ!」

「ダメ~?」

「いや……はい……わかりました」


 こうして、半ば強制される形で、麗香さんとの次の約束は『Lv.∞』(レベルインフィニティ)が舞台になることが決まったのだった。

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