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54話『あざとい』

「いや…そんなことは…」


 俺は、言いよどんだ。


「正直に」


 麗香さんは前のめりで俺に迫った。

 なんとしてでも俺自身に言わせたいのだろうと察した。


「……まあ、はい。モテ期かなとは…」


 控えめに小声で認めた。


 麗香さんは「だよね……」とポツリ。

 一瞬、彼女の瞳が揺らいだように見えた。


「私の同期がね、大河内くんを紹介してほしいって私に頼んできたの」

「え……その同期の方って……?」

「……言わない!」

「なんでですか!?」

「だって、断ったから!言う必要ないもん」


 麗香さんはそう言って、ぷくっと頬を膨らました。


 ――麗香さんって……俺の彼女じゃ…ないよな?


 そう錯覚を起こさせるほど、彼女の俺に対する言動は曖昧だ。

 本音では――俺のことをどう思っているんだろうか。


「なんで……断ったんですか?」

「ヤダなって思ったから」

「どうしてヤダって…思ったんですか?」

「ヤダに理由なんてないよ?そう思ったから!」


 ぐぬぬぬ。手ごわい。

 だが、引き下がるものか。


「俺と麗香さんの同期が付き合うのがヤダってことですよね?」

「うん。そうだね」

「それは俺が、同期の方に釣り合わないからですか?」

「そんなわけないじゃん!」

「じゃあ、逆?」

「それもない!私の同期、とっても可愛くていい子!」

「じゃあ、なんでヤダになるんですか?」

「え~……紹介したくないんだもん!」


 核心には触れず、かわされてしまう。

 質問を変えても、たぶんこれ以上を引き出すことはできない。


「そうですか……」


 俺は追及を諦めた。


 まだ数十分しか時間を共にしていないが――。

 プライベートの麗香さんは、仕事のイメージと180度違う。


 凛としてブレず、仕事ができてカッコイイ。

 憧れの高嶺の花のような存在だと思っていた。


 だが、実際の麗香さんは、少し子供っぽい。

 表情豊かで素直。そして、ちょっとわがままで頑固。


 めちゃくちゃ――可愛い。


 先輩だが、年下のように思えてくる。

 先輩だが、思いっきり抱きしめたいなって思う。


 手の届かない憧れの人として、少なからず距離を感じていたが、一気に近くなった気がする。


 まさか、年上の麗香さんに対してこんな想いを抱くことになるとは――思わなかった。


「麗香さんって、仕事中とギャップがありますよね。ちょっと失礼かもしれないですけど…すごく女の子らしい、というか」


 すると一瞬、彼女の表情が曇ったように見えた。


「……がっかりしてない?ギャップが大きすぎて」


 彼女は俺の目をじっと見つめる。


「いえ。素敵だと思いますよ?俺的には、いつもとは違う麗香さんの一面が見られて、得した気分というか……」


 麗香さんは「何それ~!」と言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 どこか、ほっとした安堵の表情が混じっているようにも見えた。


「俺――入社初日の麗香さんのスピーチ、今でも鮮明に覚えてます。この会社でやっていけるか不安でいっぱいだったけど、スピーチを聞いて、頑張りたい、頑張ろうって思えました。あの時の――溌剌として、自信に満ちた姿に、ずっと……憧れてました」


 彼女に対して温めてきた思いのたけをぶつけた。


 すると、麗香さんは「憧れ……ね…」とだけ言った。

 褒めたはずなのに、浮かない表情だった。


 少しの沈黙の後――彼女は予想外の言葉を口にした。


「そう思われるように、振る舞ってるから」


 麗香さんは伏し目がちに続けた。


「完璧な棚橋麗香を求められるから、そうしてるだけ。あれは…本当の私じゃない」

「……どういうことですか?」


 麗香さんは「幻滅させちゃうかも」と、不安げな面持ちで、それでも無理に引きつった笑みを浮かべていた。


「私ね、家事とかまったくできないの。料理もできないし、掃除も苦手。家はめちゃくちゃ散らかってる。変なところにこだわって頑固だから、本当は全然、人の話も聞いてない。そのくせ、不安症で寂しがり。メンタルも全然強くない」


 彼女の口をついて出た言葉は、否定的なものばかり。


 正直、驚いた。

 常に前向きで、強い人だと思っていたから――。


「……幻滅した?」


 麗香さんは心配そうな面持ちで、俺を見つめている。


 幻滅、なんてとんでもない。

 俺が彼女を守ってあげたい――そう思った。


「いえ。まったく。むしろ、弱みを打ち明けてもらえて、男として…嬉しいです!」


 麗香さんは「何それ?」と言って、くすっと笑った。


「どうして……本当の姿を隠してるんですか?」

「友達も、会社の同僚も、元カレも……みんな私を、自分のステータスを上げるための飾りだって思ってる。中身じゃなくて、外見で私を評価してる」


 麗香さんは伏し目がちに続けた。


「弱い部分を少しでも見せると、『麗香は完璧でいないと』ってプレッシャーをかけられちゃうんだよね。でも……それって、たぶん私のためじゃない。私が完璧でいることをやめて、お飾りとしての価値がなくなったら――みんな私から離れてく」


 彼女は「だから頑張らないとね」と、寂しそうに笑みを浮かべた。


 麗香さんの容姿は、顔のパーツが全体的にシャープで、可愛いというより美人系。

 クールで知的な第一印象を与えるので、求められるハードルも上がってしまうのだろう。


 俺は――真っ先に智也さんを思い浮かべていた。

 彼女をトロフィーガールとして見ているであろう代表格だ。


 だが、俺は智也さんとは違う。


「俺の前では、頑張らなくてもいいですよ?今の麗香さんのほうが、人間らしくて……その……可愛いと思ってます」


 少しもごつきながらも、ハッキリと伝えた。


「え?なんて言った?」

「……え?聞こえてましたよね?」

「全然聞こえなかったよ?」


 首をかしげて、とぼけた様子を見せる。


 あざとい……。

 わざとやっているのは明らかだった。


 でも、可愛いから何でも許される。


「可愛いですって!」


 自分でもびっくりするほどの声量が出てしまった。

 周りのカップルたちが俺のほうを見て、くすくすと笑っている。


 俺は恥ずかしくなって下を向いた。


 麗香さんは、ふふっと楽しそうに笑った後、「ありがと」と言って微笑んだ。


「お待たせしました。レインボーラテ、おふたつです」


 ちょうどいいタイミングで、お目当ての一杯が届いた。


「うわぁ!きれい!!」

「崩す時、罪悪感を感じそうですね…」

「写真撮る時も気を付けないと…!」


 麗香さんは早速カメラを構える。


「ごめん、ちょっと集中するね」


 そう言って、カメラを片手に被写体と向き合う。


「それじゃ、俺は小説を読んでますね」


 しばらくの間――俺と麗香さんの間には沈黙が流れた。

 でも、その沈黙が心地良い。


 好きなものに向き合う時間を、お互いが尊重できているから――。


「直くん?」


 ――えっ?


 ふいに俺を呼ぶ声がして、視線を正面に向けた。


「直くん」


 麗香さんは俺に向かって、朗らかに微笑んだ。


 俺の中でこの瞬間――仕事の先輩・後輩の関係という枷が確実に外れた。

 と同時に――いままで感じたことのなかった、どす黒く醜い感情が俺の心に生じたのを自覚した。

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