53話『ハラハラ、ドキドキ』
「……っ!」
俺は彼女に目を奪われ、言葉を失った。
彼女の普段の仕事姿は、パンツスタイル。
人事部という部署柄だろうか、スカート姿を一度も見たことがなかった。
改めて、今日は彼女にとって完全プライベートな時間なのだと、思い知らされた。
呆然と彼女を見つめていると、麗香さんは俺の目の前でピタッと止まった。
「それ、何?」
麗香さんは不思議そうにノートを指さした。
――やばっ!
俺は慌てて、ノートをバッグにしまった。
「えっと……ちょっと今、資格の勉強をしてまして……試験が近いので、見返してました……」
「ふ~~ん?」
麗香さんは俺の顔をいろいろな角度から、まじまじと見つめる。
彼女は、おそらく身長155cmちょっと。
ヒールがほぼないフラットなサンダルを履いている。
一方の俺はというと――厚底のスニーカーで3cmほど身長をかさ上げしており、彼女に男らしさを見せたくて、少しだけ見栄を張っていた。
それもあって、ちょうどいい距離と角度で彼女が俺を見上げる格好となり、あまりの破壊的な可愛さに直視することができず、思わず目線を逸らした。
彼女は背伸びをし、「大河内くん~~?」「もしも~し?」と、俺をからかうように視線を合わせようとする。
俺は意を決して、彼女と目を合わせた。
「あの……今日、可愛いです……」
咄嗟に口から出た言葉だった。
麗香さんは背伸びをするのをやめ、今度は彼女のほうが目線を逸らした。
「そうかな…?ありがとう……」
少し照れた麗香さんの表情は、いつもの凛とした彼女からは想像もつかないほど可愛らしかった。
「……それじゃ、早速行きましょう?」
このままでは心臓が持たない。
俺は先陣を切って、歩き始めた。
「そういえば、麗香さん。今日カメラは…?」
「小型の一眼レフ持ってきてるよ!写真いっぱい撮りたいな~!」
「カフェの後なんですけど……もしよければ、銀座を歩きながらいろんな場所で写真撮りませんか?」
カフェの後は、とくに約束はしていなかった。
でも、せっかくなら1分でも長く彼女と時間を過ごしたい。
「えっ?いいの!?もちろん行きたい!」
麗香さんはとても嬉しそうに笑顔を見せた後、一転、少し不安げに俺を見た。
「でも私……夢中になりすぎると周りが見えなくなっちゃうから…大河内くんに『つまらないな』って思わせちゃうかも……」
彼女は心配そうに俺の顔色をうかがっている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。麗香さんがカメラに集中したい時は、俺は本を読んで待ってるので!」
俺を理由に、カメラと向き合う時間を削ってほしくない。絶対に遠慮しないでほしいと思った。
そんな俺の言葉に、麗香さんは少し驚いた様子を見せた。
そして、「そっか、そっか!ありがとね」と嬉しそうに微笑んだ。
目的のお店は駅から徒歩3分とすぐ。
あっという間に、目的地に到着した。
予約不可だったのでスムーズに入店できるか心配だったが、ちょうど入れ替わりのタイミングだったようで、待ち時間なくお店に入ることができた。
店内はたまたま、恋人同士らしきお客さんでいっぱい。
そこに自分たちも混ざることに、俺はこのうえなく高揚した。
「開放感があって、おしゃれなお店だね!テンション上がる~!」
オーダーを終えると、麗香さんはまるで純粋無垢な少女のように、周りを見渡しながらワクワクしている。
「早速なんだけど……メニュー表、撮ってもいい?」
「もちろんです!」
麗香さんはカメラをバッグから取り出し、準備をする。
「俺、何かお手伝いしますか?」
「ううん、大丈夫!すぐ終わるから、ちょっとだけ待っててもらえるかな?」
待っている間――俺は、カメラと向き合う彼女の表情や仕草を見つめていた。
真剣な眼差しを被写体に向けながら、時折、彼女はやわらかい笑みを浮かべた。
本当に写真を撮ることが好きなんだと、伝わってきた。
俺は、そんな彼女の姿を夢中で目に焼き付けた。
しばらくして――麗香さんがチラッとこちらを見たので、ふと目が合った。
「そんなに見つめないで?恥ずかしいから……」
「え!あ!ごめんなさい……!!!」
夢中になりすぎて、気づかないうちに前のめりになっていた。
俺は「本でも読んでますね?」と、慌てて読み途中の小説をバッグから取り出す。
ページを開いたものの、内容はまったく頭に入ってこない。
恥ずかしさと緊張からだろうか。
何度も何度も同じ一文を読んでは戻り、読んでは戻り、を繰り返した。
カシャッ。
本に意識を向けていたのだが、ふいに近距離でシャッター音が鳴り、前を向いた。
カシャッ。
カメラは完全に俺のほうを向いていた。
「いい感じ!」
麗香さんは俺に、撮ったばかりの写真を見せてくれた。
そこには――真剣な様子で本を読むフリを続ける、自分の姿が写し出されていた。
「不意打ちはなしですよ!」
「ごめん、ごめん!」
謝罪の言葉とは裏腹に、彼女は満面の笑みだ。
「新卒採用ページの時に、大河内くんを撮れなかったこと――ずっと後悔しててさ」
「俺も麗香さんに撮ってもらえなくて残念すぎました…」
「じゃあ、今日はたくさん撮らせて?」
麗香さんはそう言って、続けざまにカシャッ、カシャッとシャッターを切る。
「ちょっと、ちょっと!撮る時は言ってください?決め顔を準備しないといけないんで!」
「あはは!そんなことしなくても、十分カッコいいよ?」
麗香さんは大事そうにカメラを持ち、撮ったばかりの俺の写真を見つめた。
「うん……ほんと、カッコいい」
彼女は再びそう小さく呟き、俺にこう問いかけた。
「大河内くん、今すっごくモテてるでしょ?」
俺の現在の状況を見透かしているかのように、力強く確信を持って放たれた彼女の言葉に――俺はひどく動揺した。




