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52話『鉢合わせ』

「あれ~!ディーノさん!」


 レイナさんは、真っ先にディーノさんのほうに駆け寄った。


「レイナちゃん、久しぶりだネ~!」

「いろいろバタバタしてて、連絡できなかったの~。この後、一緒に飲まない?」

「もちろん!ご一緒させていただきますヨ~!」


 ディーノさんは、俺と里実のほうに視線を向ける。


「そういうことだから、僕はここで。里実ちゃん、またぜひ一緒に飲もうネ!」


 そう言って、彼は踵を返して店内へと戻った。


 ――このまま……俺をスルーしてくれ……!


 そう念じながら、扉に向かって前に一歩、足を踏み出したのだが――。


「直くん」


 名前を呼ばれ、俺は硬直した。


「はい……」と応じながら、恐る恐る後ろを振り返る。


 すると、レイナさんはニコリと笑みを浮かべながら、俺のほうに近づいてくる。

 俺には、その笑みがとても不自然に作り込まれたもののように思えた。


 レイナさんは俺の腰に右手を当て、軽く自分のほうに引き寄せる。


 高いヒールを履いた彼女の視線の高さは、ちょうど俺と同じくらい。


 一瞬、近距離で目が合う。


 何かを期待しているからなのか――自分の心臓の鼓動が、ドクンドクンと激しく高鳴っているのを感じた。


 レイナさんはそのまま俺の右耳に、グロスでツヤツヤの唇を近づけて、小声でささやいた。


「来週のデート、楽しみにしてるねっ!」


 彼女は再び俺と視線を合わせると、ウインクして店の奥へと消えていった。


 俺は呆然と、彼女の後ろ姿を見つめていた。


「直」


 里実が俺の名を呼んだことで、ハッと現実に戻された。

 そうだ――横に里実がいたんだった。


 恐る恐る里実に視線を向け、目が合った瞬間――。

 彼女は一言。


「早く帰ろ?」


 無表情。いままで俺に見せたことがない顔だった。

 彼女の心情をまったく読み取ることができない。


 ――何かフォローを入れるべきか?


 一瞬悩んだが、余計なことを言ってボロが出てしまっても困る。


「そうだね」


 俺が応じると――彼女は俺の左手を取り、指先に自分の右手を絡めた。


 ……えっ。


 彼女からのはじめてのスキンシップ。

 予想もしていなかった意外な行動に、ドキッとした。


 里実の手は小さい。そして、俺の体温よりも少し高く、その温もりが指先から伝わってくる。


 だが――そんな彼女の手の温かみに浸る間もなく、里実は俺の手を引っ張りながら足早に『Lv.∞』(レベルインフィニティ)を後にした。


「「……」」


 店を出て、俺たちはしばらく無言で歩みを進める。


 彼女のほうが歩幅が小さいはずなのに、歩みが早い。

 俺は必死で彼女に続く。


 しばらくして、だんだん俺に合わせるように歩みを緩めた。


「……あの女性……」


 唐突に里実が口火を切った。


「直の友達?」


 緊張からか、先ほどとは違う意味で心臓がバクバクした。


「うん……もともとディーノさんの友人なんだけど……俺とも知り合い……だね」


『知り合い』という言葉でごまかしつつ、「恋人とかではないよ?」と明確に伝えた。


「うん。わかってる」


 俺とレイナさんが恋人関係ではないことを確信しているかのように、里実は力強く言った。


「だってあの人……全然、直とお似合いじゃなかったもん」


 誰に対しても優しく、柔和な態度で接してきた彼女が――誰かに対してトゲのある主張をしたのははじめてで、とても驚いた。


 確かに――俺自身、レイナさんとはタイプが全然違うと自覚しているし、第三者から、レイナさんとは釣り合わないと言われても納得はする。


 だが、『お似合いじゃない』という言葉が俺の心を少しモヤッとさせた。


「こんなこと…あんまり言いたくないんだけど……」


 里実はそう前置きしたうえで、こう続けた。


「あのお店、私にはあんまり合わなかったかも。なんか…背伸びして頑張らないといけない感じがして……。客層的にも……自分とは違うのかなって。ブックカフェとかで、自分の身の丈に合った時間を過ごす方が楽かもって思った」


 たぶん――里実は『港区に選ばれなかった人間』というレッテルを、自分に貼ったのだ。

 そして、自分と似た感覚を持つ俺に対しても、港区に似合わない男であってほしいと願っているのかもしれない。


「そっか…」


 俺は何を言うでもなく、彼女の話に相槌を打つにとどめた。


 本当は――里実にも『Lv.∞』(レベルインフィニティ)を気に入ってほしかった。


 あの格式高く、ピンと背筋が伸びる雰囲気、お客さんたちが作り出す艶やかな空気感――あの空間を「心地良い」と思ってほしかった。


 その後――彼女は「もちろん、あのお店が嫌とかじゃなくて。単純に私と相性が合わないってだけだから!」「ディーノさんって本当に素敵な人だった」などと、前向きなフォローを何度も入れた。


 しかし、俺はただ「うん」、「そうだね」、「ありがとう」と、淡白な返答に終始した。


 どうしても、心に残った違和感がぬぐえず、割り切れない思いでいっぱいだった。


 ◆


 翌日――。


 13時半。

 俺は銀座駅で麗香さんとの初デートに備えて、心を整えていた。


 約束は14時。


 だが、俺が銀座に来たのは10時半だ。

 今日行くお店の下見がてら、午前中から銀座の街をぶらぶらと歩いていた。


 銀座は、俺が抱いていたイメージ通り――高級感と品格を備えた街だった。世界の一流ブランドが軒を連ねており、ショーウィンドウを眺めているだけでもなんだか気分が華やいだ。


 一方で、路地裏に入ると、老舗の風格漂う店構えのお店があったり、歌舞伎座や新橋演舞場といった伝統を発信する地でもある。


 この街を楽しみ尽くすには、自分の今の稼ぎでは十分ではないが、時間をかけてもっともっと知りたい街だと思った。


 麗香さんとの初デートが銀座というのは――少々、背伸びをしすぎている感はある。


 だが、場所がどこであろうと、結局は彼女との対話が勝負だ。

 俺は、プライベートな麗香さんをまったく知らない。

 だから、時間をかけてじっくり向き合いたい。


 約束の15分前――。


 俺はバッグから『ディーノさんの恋愛指南書』を取り出し、改めて見返した。


 ★『初デートでは相手を質問攻めにする』

 女性は、話したい・聞いてほしい、という人が圧倒的に多い。自分語りNG。質問された時のみ誠実に回答。


 ★『お互いの感情を交換する』

 笑い、驚き、喜び、怒り、悲しみ…いろいろな感情をお互いに共有する。ただし、初デートでは怒りと悲しみの感情はハードルが高い。まずは“楽しい”という感情を徹底して引き出す。


 ――それから……。


 次のページをめくろうとした時――。


「大河内くん!」


 俺を呼ぶ声がして、前を見る。


 そして――白いロングワンピースの裾をなびかせ、満面の笑みを浮かべてこちらに向かってくる麗香さんの姿を捉えた。

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