48話『ライバル』
「渡さないって…どういうことですか?おふたりは付き合ってないですよね?」
あたかも麗香さんが自分のモノであるかのような言い方に、違和感を覚えた。
「ああ。付き合ってはないよ……今はね」
智也さんは「今は」という部分を明らかに強調し、俺に問う。
「俺と麗香、お似合いだろ?」
心の中では――その主張を否定できなかった。
間違いなく、誰が見てもお似合いのふたりだ。
だが――。
「いいえ。俺はそうは思わないです」
智也さんの麗香さんに対する言動を見ていると、思う。
智也さんは――麗香さんのことをまったく尊重していないのだと。
いつだって、自分の立場が彼女よりも上。対等に接しているようには、まったく思えない。
智也さんはフッと乾いた笑みを浮かべ、「強がるなよ」と言った。
「麗香って美人だろ?仕事もできるし。いい女だよな、ほんと」
その瞬間――新宿の街にブワッと強い風が吹いた。
「俺の隣が務まるのは、アイツしかいないから」
智也さんは――完全に自分に酔っているのだ。
まるで歌舞伎町の売れないホストのようだ。
歌舞伎町でNo.1になるのは、きっとディーノさんみたいな人だ。
常に相手ファーストで、思いやりに溢れた――そんな人だろう。
一方、智也さんはその真逆のスタイルを貫く人。
いつだって自分が主人公だし、自分の言い分が正しいと思い込んでいる。
そんな彼は、ディーノさんの足元にも及ばない。
俺はフッと笑みがこぼれた。
無意識だった。
「何が可笑しいんだよ?」
智也さんはそんな俺の様子を見て、当然食いかかってきた。
俺は「いや……」と否定することでひと呼吸おき、続けた。
「最終判断を下すのは、麗香さんです」
「……」
智也さんは黙り込んだ。
俺はそのまま畳みかける。
「恋愛って、お互いが人として誠実に向き合うことで初めて、成就するものだと思いますよ?千葉さんと麗香さんは――そんな関係を築けているようには見えなかったです」
智也さんは俺を睨んでいる。だが、反論してこない。
きっと――俺の言い分が的を射ていたからだろう。
ずっと見てきた。
大好きなカメラを取り上げられた時。
同じような写真ばっかり、何十分も撮っていると呆れられた時。
自身の写真を“中途半端にプロっぽい”と評された時。
麗香さんが、幾度となく悲しそうな表情を浮かべていたのを。
そして、智也さんはまったくそれに気づいていなかった。
その時点で――彼が麗香さんと結ばれる未来などきっとない。
「千葉さんに比べたら、麗香さんの隣を歩くには俺では見劣りするかもしれないです。でも、少なくともあなたよりは――彼女の気持ちに寄り添える自信があります」
まさか、自分の口から「自信がある」などという言葉が出てくるとは。
自分でも驚いた。
イメチェンをする以前の自信のなかった頃の自分は、もういない。
きっと――知らず知らずのうちに、いままでディーノさんから学んだことのすべてが、俺に自信を与えてくれていたのだろう。
「麗香の気持ちに……ね…」
智也さんは、俺を嘲るようにフッと笑った。
「随分、自信があるんだな。自分が選ばれるって」
俺の主張はかなり智也さんにダメージを与えたと思ったのだが――彼はまだ自分に自信たっぷりといった感じだ。
「出会ってからおよそ5年間――俺と麗香がどんな風に関係を築いてきたか、君にわかるのかな?」
麗香さんと過ごした時間の長さを武器にされると、敵わない。
今度は俺が黙り込んだ。
「わからないだろうね――アイツがシステムエンジニアとして部署に配属されてすぐ、仕事で失敗して泣きついてきたこと。人事部に異動が決まって、俺とふたりきりで決起会をしたこと。アイツが彼氏にフラれた時…真っ先に俺に電話してきたこと。君には何ひとつ――見えてないでしょ?」
ぐうの音も出ない。完全に形勢逆転だ。
「麗香は、君にもだいぶ気を許しているようだけど…勘違いしないことだね」
新宿の街に――再び強い風が吹いた。
「麗香は必ず、俺の元に戻ってくるよ?」
自信たっぷりな面持ちを浮かべ、智也さんは俺を上から見下ろす。
彼の身長はおそらく180cmほど。対する俺は170cm。
この10cmの差が、死ぬほど悔しかった。
でも――智也さんに負けたくない。負けるわけにはいかない。
どうしたって、麗香さんと過ごした時間の量では智也さんに勝てない。
だが、短い時間でどう過ごしたかという“質”でなら勝負できる。
「千葉さんが麗香さんと、どれだけ膨大な時間をどんな風に過ごしてきたかは、わかりませんが…俺はこれから少しずつ、自分なりに麗香さんと向き合っていきます」
智也さんから視線をそらさず、続ける。
「麗香さんにとって、特別な存在になれるよう――努力します」
今の俺なりに精一杯、目の前のライバルに対抗した。
「すみません。生意気言って。それでは失礼します」
俺は智也さんに深々と頭を下げ、彼に背を向けて歩き出した。
「……君さ」
声をかけられて立ち止まる。
「麗香のこと……本気なんだね?」
俺は振り返って、まっすぐに智也さんを見つめた。
迷いは一切なかった。
「はい。麗香さんが好きです」
いままでさんざん、麗香さんに対する“好き”の感情に頭を悩ませてきたが――。
この時は、この好きの意味が異性としてなのかとか、憧れからなのかとか、人としてなのかとか――そんなモヤモヤ抜きに自然と出た意思表示だった。




