47話『弁解』
「……ありがとうございます。時間作ってもらって」
「……ううん。大丈夫」
麗香さんにDMでメッセージを送った後――。
30分ほど経って、既読がついた。
だが、すぐに返事はなかった。
半ばもう諦めて、やけ酒でもするかと思っていたところで――「いいよ」と返事がきた。
同じタイミングでふたりして抜けると何かあるのではと勘ぐられると思い、俺たちは時間差で席を立ち、居酒屋が入るビル横の路地裏で落ち合った。
「あの…この間の飲み会、途中で抜けてしまってすみませんでした…」
「全然いいよ。妹さんの骨折だったら仕方ないし」
彼女は俺が嘘をついたことを知っている。
それでも、嘘を問い詰めることはしない。
だが、ここで真実を告げなくてはならないと思った。
「本当にすみません……俺…嘘をつきました」
「……え?」
「妹が骨折した、というのは嘘なんです」
麗香さんは驚いた表情で俺を見た。
「本当は…友人が泥酔してしまったので、介抱しに行きました。悩みを…ひとりで抱え込んでしまう友人なので、自分以外に話を聞いてあげられる人がいないだろうと思って…」
「……」
「その友人が……女性だったので、咄嗟に嘘をつきました。麗香さんに…あらぬ誤解を…されたくないと…そう思って…」
俺は「すみませんでした」と、再び謝った。
これが偽らざる真実。
どう受け取るかは、麗香さん次第だ。
もはや賭けだった。
麗香さんは黙ったまま、じっと俺を見つめた。
嘘か真かを見極めているような――そんな目だった。
ここで視線を外したらいけない気がして、彼女が言葉を発するまで、一切逸らすことなくその瞳を見つめ続けた。
しばらくして、麗香さんは「そっか」と言って、彼女のほうが先に視線を外した。
「私こそ謝らないとだね。本当はね……嘘ついてるのわかってた」
麗香さんは再び俺を見つめて「ごめんね」と言った。
「新卒採用ページの対象者をピックアップする時――大河内くんのデータを見てて、たまたま…家族構成を知ったんだよね。一人っ子だって」
「そうだったんですね……」
「嘘ついてまで飲み会抜けるって…よっぽど大事な人に何かあったんだなって思って。例えば……彼女…とか?」
「それは、絶対に違います!」
語気を強めて否定した。
「うん。それは嘘じゃないって…なんとなく伝わった」
そう言って、彼女は微笑んだ。
久しぶりの麗香さんの笑顔に、俺は胸をほっとなでおろした。
「それにしてもさ、ほんっと大河内くんって人が良すぎるよ!ほんっと、優しい」
麗香さんはどこか遠くを見つめながら、ボソッと小さな声でこう続けた。
「その優しさを…自分にだけ向けてほしいって思うのは、私のわがままだよね」
――どういう意味だ……?
言い換えると――。
麗香さん以外の女性たちに優しくしないでほしい、と。
そういう解釈で合っているだろうか。
――つまり…嫉妬に近い感情を抱いてるってことか…?
麗香さんは、思わせぶりな態度を取りすぎている。
核心には触れず、どれもどこか曖昧だ。
その態度一つひとつに俺は一喜一憂し、頭を悩まされている。
ハッキリさせたい。
彼女が俺を異性としての好きなのか、同僚、仲間として好きなのかを――。
「……来週の日曜日、空いてますか?」
「……え?次の日曜日だよね?……空いてるけど…」
「レインボーのラテアートが楽しめるカフェが、銀座にあって。行きましょう。ふたりきりで」
あえて『ふたりきり』というワードを強調した。
俺のことを意識してほしい――。
そんな切実な気持ちを込めた。
麗香さんにその想いが伝わったのかどうかはわからないが――。
「うん。もちろん!」
彼女はコクリと小さく頷き、朗らかに笑った。
その笑顔は――俺が彼女に一目惚れをした時の、ほっと気が抜けたような安堵の気持ちを含んだ笑みと重なって見えた。
「そろそろ…戻ろっか。かなり話し込んじゃったから、いなくなったってみんな心配してるかも」
「そうですね。日曜日のこと――またDMで連絡します」
「うん…楽しみにしてるね」
こうして、俺たちはそそくさと飲み会に戻った。
麗香さんから遅れること5分後――飲み会の場に俺が戻ると、和也たちが質問攻めにしてきた。
「直!遅すぎ!どこ行ってたんだ?」
「別卓にナンパでもしに行ってたのか?」
「可愛い子いたか?俺にも紹介してくれ!」
まったく見当違いのことをネタに、さも本当の話かのごとく盛り上がる。
男とは女性と違い、勘が鈍いし、単純な生き物だなと改めて思う。
まあ、そのおかげで――誰も、麗香さんもその飲み会から長時間姿を消していたことに気づいていないのが幸いだが。
俺は「違うって!腹下してトイレごもりだって!」とごまかしながら、その後の追求をなんとか逃れた。
23時。
「改めて皆さん、たくさんご協力をいただきありがとうございました!それでは、一丁締めで締めたいと思います」
麗香さんの「よ~おっ!」の掛け声とともに、「パン!」と1回手締めをして、会はお開きとなった。
帰宅の途につこうとした時――。
「大河内くん」
智也さんに呼び止められた。
「このあと、少し時間もらえない?」
智也さんが俺に用があるとするなら――それはきっと、麗香さんに関わることだろうと直感した。
「はい。大丈夫です」
一気に戦闘モードに入った。
場所を移動した俺たちは、人気のない薄暗い路地裏で向かい合った。
「俺、まどろっこしいの嫌いだから、単刀直入に言うけど」
智也さんはそう、前置きしてから強烈な一言を放った。
「君に麗香は渡さないよ?」




