46話『既読スルー』
「……おはようございます」
翌週――。
俺は、重い足取りで出社した。
オフィスを見渡すと、出社人数は多め。
今日は、新卒採用ページに関わった人たち全員での飲み会が催される日だから、みな、それに合わせて出社を調整したのだろう。
にもかかわらず、誰ひとりとして俺に挨拶を返してこない。
おそらく、俺の声が小さすぎたから聞こえてすらいないのだろう。
「はぁ…」
俺は席につくなり、小さくため息をついた。
ここ最近、ずっとこんな調子だ。
彩音さんとの別れが、心にダメージを与えたのは言うまでもないのだが――。
俺はInstagramを起動し、麗香さんとのDM画面を開く。
画面に表示されるのは、俺が送ったカフェデートへのお誘いメッセージのみ。
既読はついているものの、麗香さんからの返事はない。
俺は再び「はぁ…」とため息をつき、デスクで頭を抱えた。
俺の記憶では、そもそも誘ってきたのは麗香さんのはずだ。
なのに、どうして既読スルーされるのだろうか。
思い当たる理由があるとするなら――彼女とのいい雰囲気を壊す形でレイナさんの電話に出てしまったこと、もしくは、人事部の飲み会を途中で抜けたことのどっちかだろう。
どちらにせよ、機嫌を損ねてしまったことに間違いない。
今日の飲み会で、どうにかふたりきりで話す時間を作りたい。
「おっはよ~~」
和也が出社した。
「おはよ」
俺は素っ気なく挨拶に応じた。
「なんだよ~今日も陰気な雰囲気が漂ってんな~」
そう言って和也は、「いいことあるといいな♪」と続け、俺の肩をポンと叩いた。
「おまえさ、先週の飲み会。先輩たちに相当迷惑かけたうえ、めちゃくちゃ失礼な態度とってたぞ!ちゃんと謝ったのか?」
和也と会うのは飲み会ぶり。
いつもと変わらぬ調子のいい態度に腹が立った。
「いや~なんかところどころ記憶が飛んでてさ!もちろん謝りはしたよ!」
口先だけで、和也はまったく反省しない。
だから、きっと今日の飲み会でも地雷になることが目に見えている。
「ほんと…気をつけろよ…」
言っても意味のない言葉だとわかってはいるが、一応、釘をさしておいた。
「そういえばさ、飲み会の時、結局何が理由で途中帰宅したわけ?」
「え?だから、妹が骨折したって…」
「直、妹いないんだろ?」
なぜ、俺に妹がいないことを和也が知っているのだろう。
以前の飲み会で、自分の家族構成について話したことがあったか――?
「…俺、和也に家族のこと話したことあったか?」
「いや、ない。麗香さんが『妹いない』ってボソッと言ってたからさ。お前の帰り際に」
――そういうことか……。
麗香さんが気を悪くした原因は――おそらく俺が嘘をついたからだ。
一度嘘をつくと、それが火種となり、嘘が嘘を呼ぶ。
結果として100%、いい結果を生まない。
それは、先週の彩音さんとの別れを経て、痛いほど学んだ。
今日、必ず――きちんと麗香さんに嘘を謝って、真実を伝えなくては。
「で、途中帰宅の本当の理由は?」
俺が黙ったままだったからか、和也は再び問いかけてきた。
俺は自分の腕時計を和也に見せ、「始業時間過ぎてる」と、仕事をするよう促した。
和也は「なんだよ……」「数分くらいいいだろ」などブツブツと文句を言いながら、パソコンに向かった。
和也に弁解する必要なんてない。
とにかく、麗香さんへのケアが第一優先。
でも――どう説明したら納得してもらえるだろうか。
レイナさんとの関係を――どう表現して言葉にしたらいいだろうか。
ここで間違えたら、完全に終わる気がする。
『聞かれたことには、正直に。嘘をつくのはもってのほか。紳士的であれ』
新卒採用ページのインタビュー前に、ディーノさんからもらったアドバイス。
その言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
当然、仕事にもまったく身が入らないまま――いたずらに時間だけが過ぎていった。
そして、19時――。
新宿の居酒屋チェーンで、飲み会はスタートした。
集まった人数は18人。年次も所属部署もバラバラだ。
座席位置はとくに決まっていなかったが、新卒は新卒同士、部長は部長たちで自然と固まって座った。
「え~皆さん、新卒採用ページのインタビューにご協力をいただきありがとうございました。皆さんのおかげでとてもいいページに仕上がりそうです。今日は経費で落とせますので、好きなだけ食べて飲んで、楽しんでください!それでは……乾杯!」
乾杯の音頭を取ったのは――智也さん。
こういう挨拶の類は、だいたい麗香さんが担当することが多いのだが……。
周りを見渡す限り、彼女の姿はない。
俺が会社を出る時は、まだ自席で仕事をしていた。
もしかすると、遅れてくるのかもしれない。
「お~い、直!ボーっとしてないで、飲め飲め~~!」
和也をはじめとする仲の良い同期たちに囲まれ、酒を煽られる。
「俺、今日は気分じゃなくて…」
「相変わらずの優等生ぶりだな!知ってるんだぞ!直がお酒強いこと!」
そう言って、俺の口元に無理やりビールのグラスを近づけ、強引に飲ませようとする。
「おい!やめろよ!」と、悪ノリをなんとかかわそうと身体をよじらせた時――。
「遅くなってすみません…」
麗香さんが到着した。
その場にいる全員の視線が一斉に彼女に集まり、一瞬の静寂に包まれる。
偶然か必然か――ここにいる18人のうち、俺とバッチリ目が合った。
一瞬の出来事だったが、俺には数秒間、長く視線が交わったように感じた。
「麗香!」
静寂を切り裂き、俺と麗香さんの視線を断ったのは――智也さんの大きめの声だった。
麗香さんはそそくさと、智也さんのほうへ向かった。
俺たち新卒チームが飲んでいる場所から、人事部チームで飲んでいる場所までは遠い。
ここからどのようにして、彼女とふたりの時間を作ればいいだろう。
直接話しに行けば、確実に冷やかしの的になる。
俺はふと、Instagramのアプリを起動した。
そして、ピンク色のハートのラテアートの写真以降は更新がない、麗香さんのアカウントを開く。
一か八か。
これで既読スルーされたら…諦めよう。
そう決心して、彼女に再びDMでメッセージを送った。
『今日の飲み会のどこかで、ふたりで話す時間をいただけませんか?』




