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45話『別れ』

 週末の土曜日。

 この後――14時に、彩音さんと約束がある。


 だが、今日はデートではない。

 彼女に別れを告げるために来た。


 先週末――彩音さんとの2度目のデートの後、すぐに彼女から3回目のデートのお誘いをされていた。


 しかし、翌日には里実とのデートがあったし、その翌日には人事部の飲み会への参加、そしてレイナさんとの初キスなど、イベントが盛りだくさんで…返事を後回しにしていた。


 ディーノさんたちに相談したことでいろいろと決心がつき、4日経って、ようやく彼女にメッセージを返した。


『お返事遅くなってすみません』

『お話したいことがあります』

『週末、お時間をいただけませんか?』


 彼女からはすぐに返事があった。


『はい!もちろんです』

『今週の土曜日とかどうですか?』

『また、私がデートプラン考えましょうか?』


 彼女はデートをする気満々、といった感じだった。


『いえ。デートプランは考えなくて大丈夫です』

『直接、少しお話したいだけなので』


 正直――メッセージで終わらせたほうが楽なのに、とは思った。

 相手もわざわざ時間を作ってくれているわけで、その貴重な時間を別れを告げるために使うなんて、酷なことである。


 だが、ディーノさんの「直接会って伝えたほうがいい」という主張もわからなくはない。

 マッチングアプリでメッセージでだけつながっていた人と、彩音さんを同じ括りにするのは違う。


 たった2回だけだが共に時間を過ごし、そのうえ、ありがたいことに相手は俺に好意を抱いてくれた。

 その気持ちに対して、直接感謝したいと思うのはごく自然な成り行きだとも思う。


 時刻は13時55分。


 ――そろそろだな……。


 俺は新宿駅の東口改札前で、背筋をピンと伸ばした。


 どう感謝を伝えるべきか――。

 ちゃんと考えてきた。


 大丈夫。きっと伝わる。


 自分に何度も何度も暗示をかけた。


 14時まで残り1分――。


「直さん!」


 改札を挟んだ先から、自分の名を呼ぶ声がした。

 やたら声が大きくて、身体がびくっとした。


「彩音さん。今日はわざわざお時間ありがとうございます」

「いえいえ!今日、とっても楽しみに来ました♪」

「あの……」

「私、実は今日のデートプラン、何パターンか考えてきたんです!」


 そう言って、彼女は意気揚々と語りだす。


「1つ目は歌舞伎町周辺で楽しむプランで、映画を観たり歌舞伎町タワーとかでブラブラするのがいいかなって。2つ目は、新宿御苑で前回みたいにまったりお散歩っていうのもありかなって。それで、3つ目は…」

「あの!」


 俺は少し大きめの声を出して、彼女を制した。


「ありがとうございます。デートプランとか…本当に親身に考えてくれて」

「いえ!私が好きでやってることですし。何より、直さんに喜んでほしいから」

「そういう、一生懸命でまっすぐに相手を思いやれるところが、彩音さんのいいところだと思います」

「ありがとうございます…え…いきなりどうしたんですか?」


 彼女は俺の醸し出す妙な雰囲気を察してか、表情を曇らせた。

 かろうじて笑顔は浮かべているが、どこか引きつっているように見えた。


「本当に感謝しています。でも…」

「直さん!立ち話もなんですから!さ、行きましょ?」


 彩音さんは俺の言葉をさえぎり、ひとり足早に歩き出す。


「……ごめんなさい」


 俺は彩音さんの背中に向かって、言葉を投げかけた。

 すると、彩音さんはくるっと俺のほうを振り返る。


「……何がですか?」


 彼女の表情は、明らかに怒気をはらんだものだった。


「他で……いいご縁があって……ごめんなさい」


 彼女の凄みに圧倒され、準備した言葉が一気に全部飛んでしまった。


「彩音さんなら……きっと俺じゃなくても…」

「私は、直さんじゃなきゃ嫌なんです。直さんがいいんです」


 彼女は必死で俺に訴えかけてくる。


「直さん、私に『彼女になれる可能性ある』って言いましたよね?手をつなぐことも了承してくれたし…お弁当だって…あんなに…美味しそうに食べてくれたし……あれから1週間しか経ってないのに…いいご縁って言われても……」


 彼女の目から一筋の涙がつたった。


「あれは全部……嘘だったんですか?」


 はじめから――彩音さんは恋人候補ではなかった。

 彼女には、嘘ばかりついた。

 でも、この場を穏便に収めるには、嘘に嘘を重ねるしかない。


「嘘じゃないです…」


 またしても、偽りの言葉を並べる。

 胸が痛い。


「じゃあ…彼女候補として残れるってことですよね?」


 また嘘を重ねるのか?彼女に期待を持たせていいのか?


 俺は何も言わず、黙った。


「いいご縁って……もしかして恋人ができたってことですか?」


 彩音さんは質問に質問を重ねる。


 もう――嘘をつきたくない。


「……恋人は……できてません」


 嘘を重ねることに耐えきれず、正直に答えた。


 すると、彩音さんは安堵の表情を浮かべた。


「じゃあ…まだ可能性はあるってことじゃないですか!」


 彼女は俺の腕をとり、「さ、行きましょう」と無理やり引っ張る。


 どこで……言葉を間違えたんだろう?

 もう、どうしたら彼女にわかってもらえるのか――わからなかった。


 俺は彼女の手を振りほどき、新宿駅東口の改札前という大勢の人が行き交うこの場所で――土下座する形でひざまずいた。


「他に…向き合いたい人がいるんです…。本当に…本当に、ごめんなさい……」


 地面に頭がつくほど、頭を深く下げた。


 きっと――周りの群衆は、俺の姿を好奇の眼差しで見ていることだろう。

 だが、これ以外の形で彩音さんに納得してもらう術を、俺は持ち合わせていなかった。


 彩音さんは何も言わず、数秒間、頭を下げ続ける俺の姿を見つめた後――。

「頭を上げてください」と、言った。


 俺が言われた通り、頭を上げた瞬間――。


 ガッといきなり、胸倉をつかまれた。


「中途半端な優しさ見せんな?」


 怒気を込めてそう強く言葉を放つと、勢いよくドンと後ろに倒された。


 ――痛ッ。


 咄嗟に地面に手をついたことで、ズルっと手のひらを擦りむいた。

 その部分が、ジンジンと痛む。


 だが、きっとこれとは比べ物にならない大きな傷を、彩音さんに与えてしまった。


 結局――感謝を直接伝えたいというのは自分都合の話。

 それをどう受け取るかは、相手次第だ。


 今回は、結果として最悪な別れの告げ方になってしまった。


 たぶん……嘘に嘘を重ねたことが、この結果を招いた。

 どれも彼女のための嘘だと、自分に言い聞かせてきたが――やはり嘘はご法度だと思った。


 今後――麗香さん、里実、レイナさんの3人のうちふたりとは、いつの日かお別れをしなくてはならない。


 もちろん、彼女たちが俺に対して明確に好意をもってくれるなら、の前提だが。

 確度の高い未来ではあるので、綺麗な別れ方についても学ぶ必要があると思った。


 周りの群衆たちは、地べたに座り込んでいる俺を好奇の目で見ている。

「ヤバ、修羅場?」「浮気かな?女の子、泣いてたよね?」と、みなヒソヒソとこの状況を推理している。


 だが、今の俺には見物人たちの視線など、どうでもよかった。


 ――彩音さん、本当にすみませんでした……。


 俺を押し倒した後、ひとり新宿の街へと足早に歩き出した彼女の背中を見つめ、届くはずのない謝罪を――何度も繰り返した。

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