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44話『新たな一歩』

 トモミさんとニナさんは「え、誰?」と困惑した様子だ。


 対する、ディーノさんは――予想外の回答に驚いたようで、目を大きく見開いた。

 だが、それも一瞬のことで、すぐにいつもの飄々とした態度に戻った。


「レイナちゃんと……これは驚いたネ!」

「ディーノさんはその女の人、知ってるの?」

「ウン。僕の飲み友達」


 “飲み友達”か――。


 レイナさんがディーノさんに告白したのは、だいぶ過去のこと。

 とはいえ、実際の距離感や関係性は、俺にはわからない。


 ふたりの関係を深読みして、相談のしづらさを感じていたのだが…。

 そこまで気にせず、本音で話してもいいということか――。


「まさかの第4の女、登場!」

「直くん、モテモテだね!」

「てか、直くん……初チュー?」


 キスの話を深掘りされるのは恥ずかしい。

 赤く火照った顔を隠すため、俺は下を向いたままボソッと「……はい」と応じた。


「ヤバ!本命でもなく、里実さんでもなく、第4の女と初キスって!」

「俺も……まさかキスするなんて、思ってなかったですよ…」

「どういう流れだったの?」

「……さっき、ニナさんとトモミさん、俺のカオス状態を予想してたじゃないですか?まさに『偶然キスしちゃった展開』です」

「だから、動揺してビール吹き出したのね?」


 ニナさんとトモミさんは、ニヤニヤしながら、うんうんと納得げに頷いている。


「どこでそんな親しくなってたノ?キミたち、1、2回、顔合わせた程度の間柄だったよネ?」


 ディーノさんが珍しく前のめりで聞いてきた。


『Lv.∞』(レベルインフィニティ)にふらっとひとりで行った時、レイナさんもひとりで飲んでて。はじめてふたりで飲みました。その時は、普通に友達って感じで。それで昨日――会社の飲み会の最中にレイナさんから突然、電話がかかってきて。彼氏と別れて泥酔状態で」


 ディーノさんは「なるほどね」と、妙に納得した様子で頷いた。


「昨日、実はレイナさんの誕生日だったんですよ。お酒も入ってたし…お互いの意思でというより、事故みたいなキスだったので――もしかしたら、レイナさんも雰囲気にのまれて…」

「それはないと思うナ~」


 ディーノさんは即座に俺の見解を否定した。


「レイナちゃんはとっても一途だし、まっすぐな子。見た目で判断されて、遊んでそうだとか言われることはあるけど、実際の彼女はそうじゃない。ちゃんと自分の意思で、キミと近づきたいと思ったから、キスしたと思うヨ?」


 ディーノさんの人物分析は的確だ。

 たぶん、正しい。


 ということは――。


「レイナさんは、俺に好意があるってことですか?」


 ストレートに聞いた。


「そうだね。断定はできないけど、確度は高いと思うヨ」


 ――そうか……。


 予想が確信に変わり、俺の心の中は波立っていた。


 彼女からの好意は嬉しい。

 だが、素直に喜べる心境でもないというのが、正直な気持ちだった。


「でも、意外だナ~!直は、レイナちゃんのタイプでは全然ないはずなんだけどネ~」

「そうなんですか?」

「ウン。見た目は筋肉隆々でガタイのいい人、性格は…自信家でナルシストなところがある、ノリのいい男性がタイプだから」


 俺はそれを聞いて、すぐさまディーノさんに当てはめてみる。


 ――全部当てはまるじゃん……。


 シンプルに、ディーノさんはレイナさんのタイプど真ん中なのだろう。

 と同時に、自分にはひとつも当てはまらないなとも思った。


「レイナちゃんが好きになる人は、タイプ的に浮気傾向が強くて、恋愛で悲しむことも多くてネ。ずっと、直みたいな真面目な子と結ばれてほしいとは思ってたけど、タイプじゃないなーって…」


 ディーノさんはジーっと俺を見て、一言。


「僕の恋愛指南のおかげかナ!?」


 そう言って、笑った。


 間違いなく、その通りだ。

 ディーノさんと出会えなかったら、誰かに好意を向けてもらえる未来など、きっと訪れなかった。


 俺が感慨にふけっていると、「ところでさ」とニナさんが会話の転換を試みる。


「レイナさんにキスされて、直くんはどう思ったの?」


 どうやら女性ふたりは、俺の初キストークをもっと深掘りしたいようだ。

 興味津々といった面持ちで、俺の回答を待っている。


 この話題は墓穴を掘りそうなので、可能なら避けたいのだが…。

 俺は慎重に話を切り出す。


「どう思った…というのは?」

「え?まんまの意味。嬉しかったとか、嫌だなとか、もっとしたいなとか。あるじゃん?」


 男とは欲望に忠実な生き物だ。

 だから、本心は「もっとしたいな」である。


 だが――そのまま素直に話してしまうと、確実に女性陣の反感を買ってしまう。


「う~ん。嫌…ではなかったですかね」


 当たり障りのない返しをした。


「え~何その返し。つまんない~」

「じゃあさ、初キスの感触は?」

「えぇ……う~ん……やわらかくて、それから、あったかくて……」


 レイナさんの唇の感触を思い出し、俺は顔の温度が一気に上がるのを自覚した。


 これ以上は正常な受け答えなどできない。

 頭を下げて、ふたりに懇願した。


「もう勘弁してください……!」


 その様子を見て、ふたりともケラケラと楽しそうに笑っていた。


「直」


 ディーノさんに呼ばれて彼のほうを向くと、楽しそうなふたりとは対照的に、真剣な面持ちを浮かべていた。


「いろいろ混乱してると思うけど、レイナちゃんの好意とも向き合ってあげてくれないかナ?」


 彼がレイナさんをとても大切に想っていることが、その一言だけで伝わった。


「レイナちゃんに対しては、彼女の好意を意識しすぎたり重く考えすぎたりしなくて大丈夫。彼女自身、よそよそしくされるの嫌だと思うから。友達感覚で…ふたりで出かけたり、飲みに行ったり、一緒に過ごす時間を作ってほしいナ」


 キスしてしまった以上、“友達感覚”というのはだいぶ難しい。

 どうしたって相手を意識するし、よそよそしい態度になってしまう。


 恋愛経験ゼロの俺に求めすぎだなと、正直思った。


 だが、いずれにせよ彼女の好意とはきちんと向き合わなくてはならない。


 レイナさんとは『Lv.∞』(レベルインフィニティ)以外では会ったことがない。

 とりあえず、どこか遊びに行こうと、誘ってみるか――。


「はい……わかりました」と、ディーノさんのお願いに応じた。


「空前のモテ期到来で大混乱だね~~!」


 ニナさんは相変わらずニヤニヤしながら、こちらに視線を向けている。


「前は、『マッチングアプリで初デートにこぎつけられない!』とか悩んでたのにね」


 ついこの間のことなのに、なんだか随分前のことのように思えた。


「アプリでやりとりしてる他の子って、今どんな感じなの?」

「来週も、ちょくちょく新しい方とデートの予定入ってますね」

「今やりとりしている人の中で、気になる人いる?」

「……今は正直――今日相談した4人のことで手一杯で…」

「それなら、アプリ消してもいいんじゃない?」

「これ以上、ごちゃごちゃしても面倒だしね。デート中に別の人と偶然鉢合わせ、なんて展開もなくはないわけだし」


 なんと恐ろしい展開だろうか……。

 俺は身震いした。


 そんな偶然ないだろう――とは、断言できない。

 レイナさんとのキスだって、1ミリも予想できない展開だった。


 さまざまなリスクを考えると、もうこれ以上、恋人候補は増やせない。


「ディーノさん、アプリ消しちゃって大丈夫ですか?」


 念のため確認した。


 ディーノさんも「ウン。アプリはまたいつでも始められるからネ」と同意してくれた。


 こうして――俺の恋人候補は麗香さん、里実、そして、レイナさんの3名に絞られたのだった。


 その日の帰り道――。


 3人と別れた後の電車の中で、マッチングアプリでやりとりしていた女性たちにメッセージを送った。


『申し訳ありません。素敵なご縁があり、アプリを退会することにしました。皆さんにもいい出会いがありますよう、願っています』


 全員に送り終えた後、俺はアプリを消した。


 少しばかりだが、心が軽くなった気がする。


 結局、好きの気持ちが誰に向いているのかはっきりさせることはできなかったが、3人とだけ向き合えばいいと明確になったのは大きかった。


 俺はマッチングアプリを消してすぐに、Instagramを起動した。

 そして、麗香さんとのDMの画面を開く。


『大河内です。気になっているカフェがあるんですが、一緒に行きませんか?』

『来週か再来週の土日とか、ご都合どうでしょうか?』

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