40話『誕生日プレゼント』
23時40分――。
「まさか…26歳の誕生日を直くんとふたりきりで過ごすことになるとは…全く想像できなかったな~」
「それは、俺も同じくです(笑)」
目の前には、オリーブ、ミックスナッツ、チョコレートなどの、レイナさんが大好きなおつまみたち。そして――グラス1杯で1万円もする高級シャンパン。
さすがにこの時間じゃケーキを用意できないので、代わりに、お店で出しているシャンパンの中でも3番目に値段が高いものを選んだ。
本当は1番が良かったのだが…値段を聞いて、諦めた。
「全然、誕生日パーティー感がないですけど…」
「いいよ、いいよ!気持ちだけで十分嬉しい!ありがとうね」
レイナさんはシャンパンを手に取る。
「あ」
俺は、彼女からシャンパンを取り上げ、代わりに水を持たせた。
「まずは水、飲んでください。すでに泥酔状態なんですから」
「え~~もう、だいぶ覚めたって!ちゃんと会話できてるじゃん?」
「電話口で、全然呂律が回ってなかったし。それに、グラス落として割ったでしょ?」
「あれは…足元がちょっとふらついただけで……」
「それを“泥酔してる”っていうんです!」
俺はグラスを持ったレイナさんの手に自分の手を添え、無理やり彼女の口元にあてた。
コクッ、コクッ。
レイナさんの喉元が小さく動き、水が流し込まれていく。
グラスを口元から離すと、口の端から水が一滴、スーッと下に流れた。
ゴクリ。
生唾を飲み込みつつ、彼女の口元を食い入るように見つめた。
そして――ふと我に返った俺は、反射的に彼女に触れていた手をパッと離した。
レイナさんといると、なぜだか自分の理性が働きにくくなる。
麗香さんといる時、里実といる時とはまた違う――レイナさん独特の雰囲気にのまれてしまいそうになる。
気を付けなくては――。
「ほら。水飲んだから!早く乾杯しよ~?」
今度は、レイナさんが俺の右手に無理やりシャンパンを持たせた。
「そうですね…では、改めて」
俺はわざとらしく、コホンと咳払いをして気を取り直した。
「レイナさん。26歳のお誕生日おめでとうございます。レイナさんにとって、素敵な1年になりますように。乾杯!」
「かんぱ~~い!」
レイナさんは、シャンパンを一口。
「ん~~最高っ!」
そう言って、二口、三口とシャンパンを流し込む。
「ちょっと!大切に飲んでくださいよ!」
「はい、はい~~」
おつまみに手を伸ばしつつ、レイナさんは適当に返事をした。
「調子いいんだから、もう…。会社の飲み会わざわざ抜けてきたのに…」
ボソッと、小さな声で不満を垂れると、レイナさんは即座に反応した。
「え?そうなの?それはごめん…。もしかして……本命の子もいた?」
一瞬ドキッとした。
「……ええ。いました」
今は麗香さんのことをあまり考えたくない。
いろいろ頭が整理できていないことも多いからだ。
「どんな感じなの?その子と」
俺の心の内とは裏腹に、レイナさんは麗香さんのことを突っ込んでくる。
「う~~ん。まあ…ぼちぼちですよ?」
適当にはぐらかそうとしたのだが。
「ぼちぼちって何?いい感じってこと?それともいい感じじゃないってこと?」
レイナさんも一歩も引かない。
「……自分でも…よくわからないんですよ。今、いろいろ頭の中が混乱してて…本命の麗香さん、マッチングアプリの里実さん…自分がどちらに好意を持ってるのかとか、相手は俺のことどう思っているのかとか。恋愛経験ゼロだから…もう…訳わかんないんです…」
今まで自分の心の中だけで自問自答し、ため込んできた感情――。
勢いあまって、レイナさんに吐露してしまった。
それに対し、レイナさんはただ「そっか」とだけ言った。
そして、口を真一文字に結んで無言になってしまった。
――俺、何かまずいこと言ったか?
どこがまずかったのか、先ほどの言葉を振り返ってはみるが…レイナさん的にどこに引っかかりがあったのかよくわからない。
次の言葉を探していると、レイナさんは唐突に「トイレ」と言って立ち上がった。
しかし、彼女が一歩目を踏みしめたところで――ヒールが右に傾いたのを、俺は見逃さなかった。
――危ない!
俺は咄嗟にテーブルをどけて、彼女よりも大きな一歩を踏み出し、よろけた彼女を抱き留めた。
だが、うまく支えきれず、そのまま俺が下になる形で床に倒れ込んだ。
「……イテテ」
床には、先ほどのシャンパングラスが転がっている。
当然、残りのシャンパンの中身はこぼれてしまっているが、幸いなことにグラス自体は割れていなかった。
「レイナさん、大丈夫ですか?」
見上げる形で彼女に視線を送ると、レイナさんは目をそらさず、まっすぐに俺を見ていた。
「ねぇ……なんで、大切な飲み会抜けて来てくれたの?」
「……なんでって…だいぶ酔ってたみたいだったし…心配だったから…」
レイナさんに床ドンされた状態になっており、逃げ場がない。
「でも、本命の子がその場にいたんでしょ?私なんてほっとけばよかったじゃん?」
近い――。俺と彼女の顔の距離は十数cmほどしかない。
「それは……レイナさんも俺にとって大事な人だから…」
「大事な人…ね……」
レイナさんはふいに俺の左腕を取り、腕時計を見た。
「今ね、23時59分」
彼女のハッキリとした声が、正確な時刻を俺の脳内に刻んだ。
と同時に――直感した。このあと何が起こるのかを。
「直くんの頭の中、一層、混乱させちゃうかな?」
まずい。このままじゃ――。
でも、なぜだか身体が動かない。
酔いのせいなのか。それとも別の理由からなのか――。
「誕生日プレゼント、もらうね?」
そう言って――レイナさんは、迷いなく俺にキスをした。
40話をお読みいただきありがとうございました!
次話から新章『カオス編』に突入します。
女性たちとの駆け引きがさらに主人公を惑わせます。ぜひお楽しみください♪
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