37話『トラブルメーカー』
「付き合ってるようにしか…」
和也が言いかけたところで、麗香さんが「やめてよね!」と、智也さんの手をさっと振りほどいた。
「付き合ってないよ?」
麗香さんは俺のほうを見て、力を込めて言葉を発した。
俺に訴えかけているように思えて一瞬ドキッとしたが、たぶん真正面にいるからだろうと、すぐに冷静さを取り戻した。
「麗香は冷たいな~?俺ら、ベストカップルだとか、付き合ってほしいだとか、けっこう言われてんだし……付き合っちゃう?」
実際、そういった声は社内でよく聞く。
会社でもトップクラスの美男美女であり、同期であり、同じ部署の所属。
ストーリー的にも、彼らをカップルに推す人間が多いのも納得だ。
「付き合いません!」
麗香さんはきっぱりと言い放つ。
それに対し、智也さんは「え~~?」と不満げだ。
智也さんのそれがパフォーマンスなのか、本心なのか――俺にはわからなかった。
「そういえば……新卒採用ページ、ふたりともとっても素敵に仕上がりそうだよ?」
麗香さんが恋愛話から話題をがらりと転換させた。
これ以上話が膨らむと面倒なことにもなりかねないので、かなりありがたかった。
「棚橋さんが撮ってくれた写真、めっちゃいい感じでしたよ~あざっす!」
お酒が入ると、和也は先輩・後輩・店員さんと、誰かれ構わず、わかりやすく失礼な言動をし始める。だから、コイツが失言をしないように俺が気をつけないといけない。
すかさず、「ありがとうございます、だろ!」と注意した。
「麗香は、写真にやたらこだわるからな~。同じような写真ばっかり、何十分もかけて。全然、違いとかわかんないし」
「わからないんじゃなくて、わかろうとしないんでしょ?」
麗香さんはムッとした表情で続ける。
「大河内くんの写真だけ智也が撮ったから、他の人と比べて全然仕上がりが違うし!大河内くん、ほんとごめんね…」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
そう――。事前に麗香さんから掲載予定の写真を共有してもらったのだが、智也さんが撮影した写真の仕上がりは、素人目に見ても、良いとはいえないものだった。
「俺が撮影するくらいのほうが、リアルさが出ていいだろ?中途半端にプロっぽく撮るより、見た人も親近感が湧くって!」
「でも……」
麗香さんは何かを言いかけて、口を閉ざした。
何かを耐え忍ぶように、顔をこわばらせている。
俺には自分の好きを否定されて、心を閉ざしてしまったように見えた。
「そうっすよね!俺も千葉さんに同意っす!リアルさ大事っす!」
――おいおい!ものの数十秒前に「麗香さんの写真はいい感じ」って褒めてただろ!
考えなしの和也に、心底イライラした。
智也さんは「そうだろ~?」と得意げに、和也と意気投合している。
だが、俺は1ミリたりともふたりに共感できない。
ふたりにとっては水を差す行為かもしれないが、麗香さんが悲しそうにしているのは我慢ならなかった。
空気が悪くなるかもしれない。
それでも――。
「あの」
3人の視線が俺に集まる。
「写真って、ずっと思い出として残るものだから…丁寧に時間をかけて撮ってもらえるって、とてもありがたいことだと思います」
俺は、ディーノさんのことを思い浮かべていた。
俺のマッチングアプリのプロフィール写真を撮るため、彼は数時間にもわたり何百枚という撮影に付き合ってくれた。
その時の写真フォルダを見返すたび、あの写真たちが自分に自信を与えてくれる。
「だから……和也、棚橋さんに感謝しろよ!」
場の雰囲気が沈まないように、ベシッと音が鳴るほど強めに和也の肩を叩いた。
「痛って!おい、強いって!」
「ごめんごめん」
「…もちろん、棚橋さんには感謝してるっす!あざっす!」
「だから…ありがとうございます、だって!相手、先輩だろ!」と、和也を再び正した。
その時――俺は斜め前に座る智也さんのほうを、あえて見ないようにした。
俺に対して、いい視線を投げかけているわけないと思ったからだ。
先ほどの発言は、智也さんの撮影に対する姿勢を否定していると捉えられかねない。完全に喧嘩を売ったな、と思う。
だが、後悔はない。
麗香さんの尊厳と、写真への“好き”の気持ちを守るためだ。
俺はむしろ、自分の行動を誇りに思った。
その後――。
しばらくは、大きな波風も立つことなく、楽しく会話が進んだ。
麗香さんは、俺と和也に対して困ったことや悩んでいることがないか、新卒フォロー中心の質問を投げかけてきた。
自分のことよりも他人ファースト。彼女は本当に仕事熱心だし、とことん優しい。外見も内面も完璧というにふさわしい人だと、改めて思った。
間違いなく大好きな“先輩”だ。
一方、対照的だったのが、智也さんである。
彼は俺たちにまったく質問をしない。自分を語るタイプの人なのだ。
自分が新卒だった時の話。自分が社内で表彰された時の話。自分の趣味の話――。
申し訳ないが、心底つまらなかった。
俺が『Lv.∞』で女性をオトす実演をした時――レイナさんが「正直、つまらなかった」と言っていた意味が、今ならよくわかる。
自分と共通点が一切なく、興味もない話を延々と聞かされるのは、苦痛でしかないということを。
時折、心なしか智也さんの自分に対する視線が冷たく、鋭さを持っているように感じた。その視線は、俺を見下したものであることは明らかだった。
だが、俺はその視線にケチをつけるでも、反抗するでもなく、ただ見て見ぬフリをしてやり過ごしていた。
しかし、2時間が経過した頃――。
異変が起き始めた。
「ね~~~直ってば。ねえええええええって!!!!!」
和也が完全に酔っぱらって、制御不能と化してしまったのだ。
「和也、シー!周りの方に迷惑かけるから…声のボリューム下げて」
「なんだよ~~~つれないなあ!イメチェンしてから、お前、変わっちまったもんな~~?ねえ、千葉さん!」
智也さんは俺を一瞥した後、「まあな」と同意した。
「ですよね!!!千葉さん!俺の心の友!!!!」
和也は席を立ち、智也さんの膝の上に座って背中に手を回した。
さすがにマズイと思い、「おい!和也!先輩だぞ」と注意した。
すると、和也はくるっと俺の方を見て一言。
「う~~ん。おしっこ、ここでしたい」
――おいおいおい!
とりあえず和也をトイレに連れて行かなくてはと、席を立とうとしたのだが――。
「おい!離れろって!今日のスーツ高いんだぞ!……くっそ。全然離れない…ちょっと、俺、コイツをトイレに連れて行くわ」
和也は智也さんに抱きかかえられる形で、トイレに連行された。
必然的に、俺と麗香さんだけが取り残された。
もちろん、隣のテーブルには部長たちがいる。
だが、お互いの会話に一切干渉していないため、ふたりきりも同然だ。
「和也のこと…すみません…ご迷惑をおかけしちゃって」
「ううん。大丈夫だよ」
俺と麗香さんの間には、少しの沈黙が流れた。
ふと、麗香さんが席を立った。
麗香さんもトイレに行くのかな、と思ったのだが――。
彼女は、空席になった俺の隣の席に座った。
「隣、座ってもいい?」
――いい?というか、もう座ってますよね!?!?




