表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/56

37話『トラブルメーカー』

「付き合ってるようにしか…」


 和也が言いかけたところで、麗香さんが「やめてよね!」と、智也さんの手をさっと振りほどいた。


「付き合ってないよ?」


 麗香さんは俺のほうを見て、力を込めて言葉を発した。


 俺に訴えかけているように思えて一瞬ドキッとしたが、たぶん真正面にいるからだろうと、すぐに冷静さを取り戻した。


「麗香は冷たいな~?俺ら、ベストカップルだとか、付き合ってほしいだとか、けっこう言われてんだし……付き合っちゃう?」


 実際、そういった声は社内でよく聞く。


 会社でもトップクラスの美男美女であり、同期であり、同じ部署の所属。

 ストーリー的にも、彼らをカップルに推す人間が多いのも納得だ。


「付き合いません!」


 麗香さんはきっぱりと言い放つ。

 それに対し、智也さんは「え~~?」と不満げだ。


 智也さんのそれがパフォーマンスなのか、本心なのか――俺にはわからなかった。


「そういえば……新卒採用ページ、ふたりともとっても素敵に仕上がりそうだよ?」


 麗香さんが恋愛話から話題をがらりと転換させた。

 これ以上話が膨らむと面倒なことにもなりかねないので、かなりありがたかった。


「棚橋さんが撮ってくれた写真、めっちゃいい感じでしたよ~あざっす!」


 お酒が入ると、和也は先輩・後輩・店員さんと、誰かれ構わず、わかりやすく失礼な言動をし始める。だから、コイツが失言をしないように俺が気をつけないといけない。


 すかさず、「ありがとうございます、だろ!」と注意した。


「麗香は、写真にやたらこだわるからな~。同じような写真ばっかり、何十分もかけて。全然、違いとかわかんないし」

「わからないんじゃなくて、わかろうとしないんでしょ?」


 麗香さんはムッとした表情で続ける。


「大河内くんの写真だけ智也が撮ったから、他の人と比べて全然仕上がりが違うし!大河内くん、ほんとごめんね…」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ」


 そう――。事前に麗香さんから掲載予定の写真を共有してもらったのだが、智也さんが撮影した写真の仕上がりは、素人目に見ても、良いとはいえないものだった。


「俺が撮影するくらいのほうが、リアルさが出ていいだろ?中途半端にプロっぽく撮るより、見た人も親近感が湧くって!」

「でも……」


 麗香さんは何かを言いかけて、口を閉ざした。

 何かを耐え忍ぶように、顔をこわばらせている。


 俺には自分の好きを否定されて、心を閉ざしてしまったように見えた。


「そうっすよね!俺も千葉さんに同意っす!リアルさ大事っす!」


 ――おいおい!ものの数十秒前に「麗香さんの写真はいい感じ」って褒めてただろ!


 考えなしの和也に、心底イライラした。


 智也さんは「そうだろ~?」と得意げに、和也と意気投合している。


 だが、俺は1ミリたりともふたりに共感できない。


 ふたりにとっては水を差す行為かもしれないが、麗香さんが悲しそうにしているのは我慢ならなかった。

 空気が悪くなるかもしれない。


 それでも――。


「あの」


 3人の視線が俺に集まる。


「写真って、ずっと思い出として残るものだから…丁寧に時間をかけて撮ってもらえるって、とてもありがたいことだと思います」


 俺は、ディーノさんのことを思い浮かべていた。


 俺のマッチングアプリのプロフィール写真を撮るため、彼は数時間にもわたり何百枚という撮影に付き合ってくれた。


 その時の写真フォルダを見返すたび、あの写真たちが自分に自信を与えてくれる。


「だから……和也、棚橋さんに感謝しろよ!」


 場の雰囲気が沈まないように、ベシッと音が鳴るほど強めに和也の肩を叩いた。


「痛って!おい、強いって!」

「ごめんごめん」

「…もちろん、棚橋さんには感謝してるっす!あざっす!」


「だから…ありがとうございます、だって!相手、先輩だろ!」と、和也を再び正した。


 その時――俺は斜め前に座る智也さんのほうを、あえて見ないようにした。

 俺に対して、いい視線を投げかけているわけないと思ったからだ。


 先ほどの発言は、智也さんの撮影に対する姿勢を否定していると捉えられかねない。完全に喧嘩を売ったな、と思う。


 だが、後悔はない。

 麗香さんの尊厳と、写真への“好き”の気持ちを守るためだ。


 俺はむしろ、自分の行動を誇りに思った。


 その後――。


 しばらくは、大きな波風も立つことなく、楽しく会話が進んだ。


 麗香さんは、俺と和也に対して困ったことや悩んでいることがないか、新卒フォロー中心の質問を投げかけてきた。


 自分のことよりも他人ファースト。彼女は本当に仕事熱心だし、とことん優しい。外見も内面も完璧というにふさわしい人だと、改めて思った。


 間違いなく大好きな“先輩”だ。


 一方、対照的だったのが、智也さんである。

 彼は俺たちにまったく質問をしない。自分を語るタイプの人なのだ。


 自分が新卒だった時の話。自分が社内で表彰された時の話。自分の趣味の話――。

 申し訳ないが、心底つまらなかった。


 俺が『Lv.∞』(レベルインフィニティ)で女性をオトす実演をした時――レイナさんが「正直、つまらなかった」と言っていた意味が、今ならよくわかる。


 自分と共通点が一切なく、興味もない話を延々と聞かされるのは、苦痛でしかないということを。


 時折、心なしか智也さんの自分に対する視線が冷たく、鋭さを持っているように感じた。その視線は、俺を見下したものであることは明らかだった。


 だが、俺はその視線にケチをつけるでも、反抗するでもなく、ただ見て見ぬフリをしてやり過ごしていた。


 しかし、2時間が経過した頃――。


 異変が起き始めた。


「ね~~~直ってば。ねえええええええって!!!!!」


 和也が完全に酔っぱらって、制御不能と化してしまったのだ。


「和也、シー!周りの方に迷惑かけるから…声のボリューム下げて」

「なんだよ~~~つれないなあ!イメチェンしてから、お前、変わっちまったもんな~~?ねえ、千葉さん!」


 智也さんは俺を一瞥した後、「まあな」と同意した。


「ですよね!!!千葉さん!俺の心の友!!!!」


 和也は席を立ち、智也さんの膝の上に座って背中に手を回した。


 さすがにマズイと思い、「おい!和也!先輩だぞ」と注意した。


 すると、和也はくるっと俺の方を見て一言。


「う~~ん。おしっこ、ここでしたい」


 ――おいおいおい!


 とりあえず和也をトイレに連れて行かなくてはと、席を立とうとしたのだが――。


「おい!離れろって!今日のスーツ高いんだぞ!……くっそ。全然離れない…ちょっと、俺、コイツをトイレに連れて行くわ」


 和也は智也さんに抱きかかえられる形で、トイレに連行された。


 必然的に、俺と麗香さんだけが取り残された。


 もちろん、隣のテーブルには部長たちがいる。

 だが、お互いの会話に一切干渉していないため、ふたりきりも同然だ。


「和也のこと…すみません…ご迷惑をおかけしちゃって」

「ううん。大丈夫だよ」


 俺と麗香さんの間には、少しの沈黙が流れた。


 ふと、麗香さんが席を立った。


 麗香さんもトイレに行くのかな、と思ったのだが――。


 彼女は、空席になった俺の隣の席に座った。


「隣、座ってもいい?」


 ――いい?というか、もう座ってますよね!?!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ