35話『困惑させる女たち』
翌日――。
『おはよう☀』
『昨日は本当に楽しかったよ』
『幸せな時間をありがとう!』
『これ、昨日の写真』
里実から――LINEで昨日の写真が送られてきた。
夜景の写真と、それからツーショットで撮った写真の2枚。
――よかった。ちゃんと笑えてるな。
俺はホッと胸をなでおろした。
『写真、ありがとう!』
『俺もめっちゃ楽しかったよ』
『次、どこ行こうか?』
『他の候補に挙げてたブックカフェ巡りでもする?』
チン――。
エレベーターが15階に到着した。
俺はスマホをカバンにしまい、歩を進める。
「おはようございます」
いつも通り、フロア全体に向けて挨拶をした。
だが、挨拶はろくに返ってこない。
週1出社のみ強制で、あとは在宅が許されている働き方。
そもそも、出社率が高くない。
そのうえ、月曜日は一番人気がない出社日だ。
まあ、休日明けに出社したくない気持ちは理解できる。
俺は、始業の準備をしながら、人事部のフロアのほうをチラッと見た。
すると、麗香さんはすでに出社していた。
彼女の存在を確認してすぐに、目線をそらした。
そして、そのまま私用のスマホに目を落とすと、里実からのLINEメッセージの通知が来ていた。
俺はその通知を消し、Instagramをそっと開く。
――あ…新しい投稿してる……。
ホーム画面トップに、麗香さんが投稿した最新の写真が表示されていた。
おそらく、彼女のアカウントの過去の投稿をすべてチェックしたので、関心度の高いアカウントとして、トップに表示されているのだろう。
投稿時間は14時間前。ということは――昨日の18時半頃。
まさに、里実との甘いひと時に夢中になっている最中だ。
投稿写真は、ピンク色のハートのラテアート。
そして、「ピンク色のラテアートははじめて!愛と感謝を込めて」と言葉が添えられていた。
ハッシュタグを見ると――。
「#写真を撮るのが好き」「#感性の合う人と繋がりたい」「#写真褒められた」「#嬉しかったよ」「#ありがとう」
ドキッとした。
――もしかして…俺のこと?
いや、いや、そんなはずはない。
希望的観測を即座に否定する。
彼女は1万人のフォロワーを抱えるほど、固定ファンを獲得している。
日常的に写真を褒められているに違いない。
でも――俺に対するメッセージである可能性もゼロではない。
そう思うと、根拠のない淡い期待が膨れ上がる。
再び、チラッと彼女のほうに目を向けた。
パソコンに向かって、何やら熱心に作業をしている。
――ま、目が合うことなんてないよな。
彼女と視線が交わらなかったことを少し残念に思いつつ、今度は里実とのLINEを開く。
『私…巣鴨に行ってみたい』
『直にとっての普通の日常を知りたいから』
これは……どうしたものか――。
巣鴨は下町感が強く、デートでレコメンドできるような場所がない。
あえてのんびりとした昭和レトロな雰囲気を楽しむ、というのも悪くはないが…。
ディーノさんの顔が脳裏に浮かんだ。
港区のカリスマである彼が、このデートを是とするのか非とするのか。
その返答も気になったので、ディーノさんに相談してみたいと思った。
ちょうど、昨日のデートの録音をトモミさん、ニナさん含めたグループLINEに入れようと思っていたところだ。
『おはようございます!』
『里実さんとの2回目のデート、録音送りますね』
『あの…折り入って相談したいことがあって』
『今週、集まれるタイミングありますか?』
グループにメッセージを入れ終えたあと、すぐに里実とのLINEに切り替えた。
『巣鴨かぁ……』
『デートスポットがあんまないよ?(笑)』
『巣鴨の良さそうなスポット、探す時間もらっていい?』
メッセージを打ち終えてから、時計を見る。
時刻は始業の9時、2分前。
――そろそろ仕事するかぁ。
私用のスマホをカバンにしまい、パソコンを起動した。
すると、麗香さんからチャットでメッセージが来ていた。
俺との個人チャットではなく、グループチャットが作られていた。
グループのメンバーを確認すると、和也や智也さんも入っており、おそらく新卒採用ページのインタビューに関わった全員が招待されているのだろう。
『お疲れ様です!』
『みなさん、先日は新卒採用ページのインタビューにご協力いただきまして、ありがとうございました。』
『突然で恐縮なんですが…打ち上げができればと思っています!』
『下記のリンクから候補日をご確認をいただき、〇と×でご都合を教えていただけると幸いです』
『よろしくお願いいたします』
――打ち上げか……。
正直、今は何とも言えない複雑な気持ちを抱えている。
里実に対する好きの気持ち。それから、麗香さんに対する好きの気持ち。
それぞれの“好き”の感情の意味合いを、見出すことができていない。
まあ、打ち上げは今日明日の話ではないのだから、時間とともに心の整理をしていけばいい。
そう思ったのだが――。
『P.S.実は本日、人事部メンバーだけで打ち上げの予定です。今日ご出社されている方、ご都合の合う方は、当日参加も大歓迎です♪ぜひ正午までに、棚橋に個別連絡ください!』
――これは……!?
目の前のメッセージにくぎ付けになっていると、後ろから「大河内くん」と声をかけられた。
誰が声の主か、振り返らなくてもわかる。
「……はい…」
ゆっくりと後ろを向くと、そこには――麗香さんがいた。
目が合うと、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
「今日、仕事終わり予定ある?」
俺のパソコンに「P.S.」のメッセージが表示されているのを見つけるなり、「これこれ!」と楽しげに指さした。
「…いや…その…人事部の飲み会ですよね?俺が参加しても…大丈夫なんですか?」
「否定してくれ!」と心の中で願ったが――。
「もちろん!いいに決まってるよ~!」
ああ。そりゃそうだよな。わかってた。わかってたけども。
せめて、心の整理をする時間がほしかった。
「予定があります」と言って断れば、それで済む話ではあるのだが。
彼女からの直接のお誘いを断るなど、俺には絶対にできない。
まあ、麗香さんとふたりきりというわけでもなければ、隣の席になることも――きっとないはずだ。
今日は、ただただ飲み会という場を楽しもう。
「……わかりました。予定も特にないので参加します」
「本当!?ありがとう~~!お店はあとで、個別チャットで送るね!」
麗香さんは颯爽と立ち去った。
俺は、グループチャットに入っているメンバーと、フロアの出社状況を一人ひとり照らし合わせる。
――入社1年目のメンバーで出社してるのは…俺だけだな……。
がっくしと肩を落とす。
部長、係長クラスの人たちも今回のインタビューに参加したのか、グループチャットに入っていた。役職付きの人は出社傾向が高いので、ちらほらいる。
だが――部署も立場も違うから、一切接点がない。名前と顔が一致している程度だ。
彼らはきっと忙しいだろうから、直近の予定調整は難しいだろう。
仮に今日参加したとしても、新卒の俺と話すことなどない。
飲み会を楽しめばいいと思ったが、俺は今日、一体誰と話せばいいのか――。
接点があるのは、麗香さんと智也さんくらいしか思いつかない。
いろいろと気まずすぎる。
ポン――。
麗香さんから、今日のお店の詳細が送られてきた。
俺は、数時間後に訪れる飲み会の場を想像し、キリキリとした胃の痛みに見舞われた。




