32話『Mission10 “好き”を伝えよ!【後編】』
里実さんはラッピングをベリベリベリッと無造作に破くことなく、丁寧に包み紙を開けていく。
「……うわぁ!ブックカバーですね!!可愛い…!!」
彼女は大事そうに、隅々まで感触やデザインを確かめている。
パステルピンクに白い小花がさりげなくあしらわれている、和風なブックカバー。
控えめでいて可愛らしく、やわらかい雰囲気を纏う彼女にぴったりだと思い、即決だった。
「優しい色味とデザインが里実さんっぽいなって思って…。このブックカバーにしたんです」
「そうなんですね……嬉しいです……!」
里実さんはそれ以上、言葉にならないといった感じだった。
「俺、ブックカフェで本を読ませてもらう時は、必ずブックカバーを使うんです。誤って汚しちゃったらまずいし…何より、お気に入りのブックカバーを使うと読書が一層楽しくなる気がして」
「……わかります。私も、たくさんブックカバー持ってます」
「そうなんですね。もし同じ系統のをお持ちだったらすみません…」
「実は、ピンクは持ってないんです。自分に似合わない色だって思ってるので」
この時――俺は、ディーノさんとYシャツを買いに行った日のことを思い出した。
俺も彼女と同じように、服装や色に対して自分に似合う、似合わないを決めつけていた。
でも、ディーノさんは言った。
『キミに似合わない服なんてない。思い込みによって可能性を狭めている』と。
俺は彼女のほうに身体を向け、視線を合わせた。
きっと彼女には、この言葉が刺さるはず。
「……里実さんに似合わない色なんて、ないと思いますよ」
彼女は一瞬驚いたような表情を見せた後、恥ずかしそうに視線をそらした。
そして、「ありがとうございます」と小声でポツリ。
耳まで色白の肌を赤く染めていた。
プレゼントを喜んでもらえたようで、俺はひとまずほっと胸をなでおろした。
この“プレゼント作戦”は――ディーノさんの行動の受け売りだ。
彼は女性と会う時には必ず、お土産を持参する。
内容は相手の好みに合わせてチョイスしているらしく、マカロン、チョコレート、和菓子など、さまざま。
レイナさんをはじめとする『Lv.∞』で一緒に飲んだ女性たち、それからトモミさん、ニナさんにも渡していた。
彼女たちの反応を見る限り、ひとりとして喜ばない女性はいなかった。
それを見て、初手で相手の心を掴むのにプレゼントは効果的かもしれないと思った。
昨日――彩音さんとのデートで疲弊した身体に鞭を打って、ブックカバー探しに奔走した甲斐があった。
今も、昨日の重すぎる弁当カゴのせいか、全身筋肉痛だ。
だが、里実さんの笑顔ひとつで、そんなことどうでもいいと思えた。
俺たちがブックカフェに滞在したのは――およそ2時間半。
折り入ったプライベートな話はせず、本を読むことに没頭した。
時々、お互いの進捗状況を確認し合っては、「このシーン、意外すぎません?」「この人、絶対犯人ですよね!?」「あ……もうちょっとで予想外な展開なんで早く読んでください!」と、お互いが読む本にまつわる会話を交わした。
心地よい沈黙の時間と、たまに訪れる穏やかでいて温かい共有の時間。
たまらなく心安らぐひと時だった。
名残惜しさはあったが、次のレストランの予約は18時。
場所も移動しなくてはならない。
17時を回ったところで、「そろそろレストランに向かいましょうか」と、彼女に声をかけた。
レストランに向かう道中――彼女は、堰を切ったように話が止まらなかった。
「私の犯人予想は、主人公である栄太郎の叔父です。職業が薬剤師ってところが怪しさプンプン。それに、栄太郎とつかず離れずの絶妙な距離感を維持している感じも、犯人臭を漂わせてます。あ…でも職場の先輩の佐伯さん説も捨てがたい…」
「え~~?どうですかね~~?犯人、言っちゃおうかな~?」
「直さん、それは絶対ダメです!」
そう言うと、彼女は勢いよく自身の右手で俺の口をふさいだ。
彼女はヒールのあるサンダルを履いているが、身長が足りないようで少し背伸びをした格好になる。
その様子を上から見ていて、なんとも言えない背徳感を感じた。
少しして、里実さんは我に返ったのか「すみません!」と言って、すぐに手を引っ込めた。
「ごめんなさい…ひとりではしゃいじゃって…」
「いえいえ。俺はこうして感想言い合ったりするの好きですよ。本好きの友人は多くないうえ、同じ一冊を読んでいるなんてこともそう多くないので」
「…ありがとうございます。私も直さんと同じです。本好きの友人がいないんです。同世代の友人は…美容やファッション、それから推しのアイドルやアーティストの話ばっかりで。逆に私は、そっちの話題についていけなくって…」
「そうなんですね」
「あの……無理とかしてないですか?」
突然、予想外の問いかけをされて動揺した。
「え……無理をするっていうのは…?」
「私って…同世代の20代半ばの女の子と比べて華やかな感じじゃないし、女の子らしい女の子じゃないから…。無理して、私に合わせてるんじゃないかと思って…。直さんは外見も内面もかっこいいから…隣を歩くのにふさわしい女の子が別にいるんじゃないかって」
俺は思った。
里実さんに対するディーノさんの人物分析は、正しかったのだと。
どうしてそんなに自分に自信がないのだろうか。
里実さんは里実さんのままで、十分魅力的なのに。
彼女の不安を少しでも軽くしてあげたいと思った。
「俺は、里実さんだからデートにお誘いしました。あなただから、また会いたいって思ったんです」
里実さんは驚いて、立ち止まる。
「実は……俺、もともとめちゃくちゃ太ってて。数か月前までは、今より15kg以上も」
「え……!?」
「趣味がアニメと資格勉強でインドアだからか、人とのコミュニケーションも得意じゃなくて。『話し上手でもなければ、聞き上手でもない』『つまらない』『話しかけづらい』って直接言われたこともあります。本当に取るに足らない人間です」
「そんなことは……!」
「だから、こうして里実さんが楽しそうに隣を歩いてくれているだけで、俺にとっては奇跡みたいなことなんです」
「……」
「里実さんこそ、俺の今の話を聞いて、幻滅してないですか?」
「そんな!むしろ…親近感が湧きました。何から何まで、私には隙のない完璧な男性に見えていたので…」
里実さんは「安心しました」と言って、はにかんだ。
口をついてでた言葉に、俺自身が驚いていた。
太っていた頃の自分の話など、黒歴史も同然。
女性に対して何のアピールにもならないし、むしろ隠すべき過去だ。
なぜ――自分は彼女にその話をしたのだろうか。
彼女以外の女性相手だったら、話しただろうか?
いや――里実さんだから知ってほしいと思った。
彼女から目が離せない。
いや――離したくない。
俺と里実さんは無言のまま見つめ合い、何とも言えない甘い雰囲気が流れる。
――抱きしめたい。キスしたい。
俺の中の理性は、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
少しずつ彼女との距離を詰める。
すると、そんな俺の欲望に気づいたのか、里実さんは目線をそらした。
「……それにしても!15kgの減量ってすごいですね!」
彼女は通常よりもハイトーンで意気揚々と話す。
この甘い空気を、なんとかかき消そうとしているようだった。
「私だったら、頑張ろうとしても途中で折れちゃうから…ダイエットのモチベーションって何だったんですか?」
そう言われて、俺はハッとした。
一気に現実に引き戻された感覚だ。
ダイエットのきっかけをくれたのは、麗香さん。
そう――俺が好きなのは、麗香さんだ。里実さんではない。
そして、このまま里実さんと一緒にいるのはマズイと、直感が告げている。
このあと行くレストランはムード満点。
お互いの距離が縮まることが約束されている。
麗香さんを差し置いて、異性としての好意を込めた“好き”――と失言してしまうかもしれない。
だからといって、このタイミングでレストランをキャンセルなんてできない。
俺は里実さんに対してどう振る舞えばいいのか――?
「すみません…ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」
俺はその場を離れ、急いでディーノさんにLINE電話をかけた。
ピロリロリン…
ピロリロリン…
ピロリロリン…
ピロリロリン…
――ディーノさん、緊急事態です…!出てください…っ!!!




