31話『Mission10 “好き”を伝えよ!【前編】』
翌日――。
13時50分。
約束の30分前ちょうど。俺は渋谷駅に到着した。
今日は待ちに待った、里実さんとのデート。
ブックカフェでまったり過ごした後、夜はレストランで食事と、長く時間を共にする予定だ。
デートプランも準備も完璧である。
今日を迎えるにあたっては、ディーノさんに事前に電話でアドバイスを求めた。
里実さんは自分にとって、間違いなく気になる存在だ。
だからこそ、2回目のデートの誘いに対して、既読スルーされた時間が長かったのが気にかかる。
ディーノさんは以前、里実さんの性格についてこう分析していた。
『里実さんは自分に自信がなく不安になりやすいタイプ。過去にトラウマを抱えていそう』
あくまでディーノさんの予想ではある。
だが、“自分に自信がなさそう”というのは、そうかもしれないなと思っている。
いままで出会ってきた女性――麗香さんやレイナさん…それから、トモミさんやニナさんも。みな、自分に自信がある側の人間だろうと感じている。
でも、里実さんは彼女たちと同じではないと、なんとなく思う。
なぜ、と言われるとそこまで強い根拠があるわけではない。
だが――強いて理由をつけるなら、俺自身が自分に自信がない側の人間で、里実さんからは同じにおいを感じるから。
まあ、まだ、数時間程度しか時間を共にしていない相手だから、的外れの予想かもしれないが。
ディーノさんが、そんな里実さんとのデートに効果的だろうと授けてくれたアドバイス。
それは『“好き”をたくさん伝えてあげること』だった。
はじめに聞いた時は、率直に「え?」と疑問だった。
まだ里実さんに対する感情が好意なのかどうかはわからない。
それに、そもそも俺は麗香さんが好きだ。
麗香さん以外の人に「好き」を伝えるなど、本末転倒である。
「俺の好きな相手は麗香さんだから、それはできません」
そう言うと、「“好き”という言葉にもいろいろな使い方があるんだヨ」とディーノさんは言った。
「キミが今イメージしている“好き”は、異性に対する好意。そうじゃなくて、対象を変えて“好き”を伝えることもできる。例えば、物や趣味に対する“好き”がわかりやすい。それ以外にも、行動や考え方、性格に対しても使える言葉だから、“好き”って言葉は万能。
“あなたのままでいいんだよ”って相手を肯定する言葉だから、どんな対象に対して使っても、言われた相手はきっと嬉しい気持ちになるヨ」
俺は、複雑すぎて解けないと思い込んでいた数学の問題が、たった3行の解説だけですむシンプルな回答だった時のような、胸がすく思いがした。
誰だって、自分を肯定してほしいと思うし、認めてもらいたい。
自分に自信がない人なら、なおさらそうだ。
好き=相手への共感、関心、受容。
そう考えれば――誰に対しても、抵抗なくこの言葉を使える。
今日は、里実さんにたくさんの“好き”を伝えて、安心させてあげたい。
約束の時間の10分前――。
「直さん、こんにちは。お待たせしました…!」
里実さんが到着した。
小走りで来たのか、少し息が切れている。
「いえいえ、全然待ってないですよ」
「毎回、待たせてしまって…」
「いやいや、僕の性分なんで。こうして待っている時間も好きなんです」
里実さんは俺の言葉を聞いて、ホッとした様子だった。
「今日のブックカフェ、本当に楽しみにしてました!」
「僕も、行ったことがないから楽しみです!」
昨日――下見のために来店済みだが。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい!」
俺たちが向かったのは、渋谷でも有名なとあるブックカフェ。
本好きの里実さんなら、ブックカフェは絶対喜んでくれるだろうと提案した。
調べると、都内には本当にたくさんのブックカフェがあった。
勉強や読書のため利用すること自体はあるが、行くのは自分が住む巣鴨近郊のお店ばかり。コンセプトやプレゼンテーションに凝った個性溢れるお店がたくさんあることを、俺は知らなかった。
里実さんと同じように、俺も本が好きだ。
調べれば調べるほど、すべての店に行って、コンプリートしたい気持ちが高まった。
そして、里実さんなら…きっと、喜んで一緒に都内のブックカフェ巡りに付き合ってくれるだろうと、妄想が膨らんだ。
今回のデートにふさわしい一軒を選ぶのは、本当に骨が折れた。
結局、今日行くお店も含めて3軒の候補を出し、里実さんに選んでもらった。
歩き始めること数分ーー目的の店に到着した。
「………すごい!!」
入店するなり、里実さんから感嘆の声が漏れた。
大きな目をさらに丸くし、瞳をキラキラさせながら嬉しそうだ。
「圧巻ですね……!」
俺ははじめて来店した風を装い、きょろきょろと辺りを見渡す。
店内はひとりで来店している人が多いが、2人組のカップルや複数人での来店客もちらほらいる。
ここは、おしゃべりOKという珍しいタイプのブックカフェ。
そのため、店内はシーンと静まり返っているわけではなく、賑やかさがある。
だが、大声や笑い声で溢れた騒がしさではない。
教養のある人たちが作り出す心地よいざわめきといった感じだ。
事実、会話に耳を澄ませてみると、好きな作家の新刊の感想を言い合っていたり、勉強を教え合っていたりと、彼らからは知的さがにじみ出ていた。
「いらっしゃいませ」
「14時半に予約していた大河内です」
「お待ちしておりました」
俺たちはソファ席に通され、横並びで座った。
「なんか……近いから…緊張しますね」
ソファ席はゆったりとしているというよりも、かなりコンパクト。
だから、ふたりで座ると自然と距離が近くなる。
里実さんの頬は赤い。
その火照りを冷まそうと、パタパタと小さな両手を振り、懸命に顔に風を送っている。
「そうですね。緊張しますね……」
俺も里実さんをマネて、両手をパタパタと振る。
その様子を見た里実さんは、ほっぺたをぷっくりと膨らませて唇を少し尖らせ、「マネしないでください……!」と、控えめながらも怒りの意思表示をする。
俺たちは顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。
――ああ。なんて幸せで心地良い時間なんだろう…。
里実さんといると、癒される。
心をひどくかき回されることがなく、本当に平和で穏やかだ。
1分でも長く、この幸せな時間が続いてほしいと思った。
ドリンクとケーキをオーダーし終え、店内の本を見て回る。
文芸書・小説から、趣味・実用書、ビジネス書や専門書まで、本当に多種多様な本が用意されていた。
「里実さん、どのジャンルが気になります?」
「私は、ミステリーが好きなので新しい一冊を読もうかなと…」
「俺もミステリーが大好き…なので、同じことを考えてました」
「好き」という言葉を意識しすぎて、勢いあまって「大好き」と言ってしまった。
相手に好意を伝える意味合いではないのに、顔じゅうが一気に熱くなるのを感じた。
だが、里実さんはそんな俺の心の内などつゆ知らずといった感じで、特段気にしている様子はなかった。
「直さんもなんですね!嬉しいです!!」
「せっかくだから…相手がおすすめするミステリー作品を読み合いませんか?」
「いいですね!!どれをおすすめしようかな~~~♪」
こうして、お互いにお気に入りの作品を選び合った。
席に戻ると、里実さんは「早く読みましょう…!」と、早速1ページ目に手をかける。
「あ、ちょっと待ってください!」
俺はバッグの中から、丁寧にラッピングされたものを取り出す。
「これ…里実さんに…」
「えっ……これ…プレゼントってことですか?」
「……はい」
里実さんは驚いて、目をまん丸にした。
「ありがとうございます……私、何も用意してなくて…すみません」
「いえ!その…買い物をしていた時、ふと里実さんが好きそうだな、贈りたいなって思って買っただけなんで。大したものでもないですし。重く考えないでくださいね!」
「……ありがとうございます…嬉しい……」
里実さんは、言葉通り嬉しさを噛みしめている様子だった。
「今、開けてもいいですか?」
「もちろんです!」




