30話『葛藤』
驚いて、彩音さんのほうを見た。
すると、カメラのレンズは料理ではなく俺の方を向いていた。
「いきなりごめんなさい。直さんが私の料理を美味しそうに食べる写真、残しておきたくて」
「……そう…ですか」
「やめてくれ」とは言えなかった。
お弁当を一生懸命作ってもらった恩があるからだ。
「私、彼氏になる人とはたくさん思い出を残したいタイプで」
「……そうなんですね」
「良かったら、一緒にツーショット撮りませんか?」
断ったら、きっと彼女を傷つける。
「…もちろん、いいですよ。今日の記念に…ね」
彼女は嬉しそうに俺の隣に移動し、顔を寄せる。
――ち…近い……。
頬と頬が付きそうなほどの距離だ。
カシャッ。
シャッター音が鳴ると同時に、すぐさま距離をとる。
「あ、もう一枚いいですか?」
そう言って、今度は俺の左腕に自分の右腕を絡め、肩にもたれかかってきた。
――さっきと同じ画角なのに、2枚も撮る必要あるのか…?
なんとか作り笑顔を浮かべ、写真に収まった。
はたから見れば、完全に恋人同士の距離感。
だが、申し訳ないことに全くドキドキしなかった。
そういえば、『Lv.∞』でレイナさんが今と同じように俺の腕に絡みつき、距離を詰めてきた時は――心臓の鼓動がドクンドクンと聞こえてくるほど、ドキドキした。
レイナさんに対する、このドキドキの正体は…緊張?興奮?それとも……?
「いい感じに撮れました!ありがとうございます!」
いずれにせよ、彩音さんが嬉しそうなので何よりだ。
「よかったです。さあ、残りも食べましょう!」
せっかく、自分のためにこんなにたくさん作ってくれたのだ。残すのは申し訳ない。
必死でお弁当を頬張る。
そんな俺の様子を見ていた彼女は、突然、しんみりとしたテンションで切り出してきた。
「本当は……不安だったんです」
「???」
「正直、前回のデートで脈なしかなって思ったので。でも、またデートに誘ってもらえて…本当に嬉しかったんです」
「また誘ったのは恋愛経験値を上げるためです」とは、口が裂けても言えない。
いい言葉が見つからず、とりあえず笑ってごまかした。
「マッチングアプリ、半年以上使ってるんですけど。1回目のデートすら、なかなかこぎつけられなくて…。直さんがはじめてなんです。また会いたいって、2回目に誘ってくれたの」
「……そうなんですね」
「だから、私…アプリでメッセージのやりとりをしてた他の男性全員に、お断りのメッセージを入れたんです」
「は……え…?それはどういう……」
「直さんとだけ、一途に向き合いたいって思ったから。その決意表明です!」
そこまでされると、正直困る。
プレッシャーをかけられるほどに、俺の罪悪感が増していく。
変に期待を持たせるくらいなら、いっそ本心を打ち明けたほうがいいのではないか――。
彼女にとっては酷な話だが、1日でも早いほうが傷は浅い。
だが、目の前には豪勢なお弁当がまだ半分以上残っている。
その様子が妙に虚しく見えて、本音を告白することを躊躇させた。
俺が下を向いたまま何も言わずにいると、彼女はさらに切り込んできた。
「私が直さんの彼女になれる可能性って…ありますか?」
その可能性は……申し訳ないが0%だ。だが――。
「……あり……ますね…」
今、このタイミングで言うべきではない――そう判断した。
「本当ですか!?嬉しい!!」
彩音さんは満面の笑みを浮かべた。
俺も張り付けた笑顔で応えながらも、心の中は後ろめたい気持ちに押しつぶされそうだった。
お弁当を食べ終えた後――。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「お粗末様でした。もうお腹いっぱい!もっと太っちゃう~困る!」
「運動しないとですね」
「少し散歩でもしてカロリー消費しませんか?」
「そうですね」
俺たちはピクニックシートをたたんで、ゆっくりと歩き出す。
すると、彩音さんが「あの……」と遠慮がちに切り出した。
「手をつないでもいいですか?」
「嫌です」と断る権利が、俺にあるだろうか?
いや、その権利は俺にはない。
彼女になれる可能性がある、と期待を持たせてしまった以上、断ることは許されない。
「……はい。……大丈夫です」
彩音さんは嬉しそうに、勢いよく俺の左手をぎゅっと掴んだ。
――痛ッ。
その力が予想以上に強く、びっくりした。
彼女の手は俺よりも大きい。
いや…大きいというより、脂肪による指の厚みがそう感じさせているのかもしれない。
そして、生暖かく汗ばんでいて、汗で俺の手もじんわりと湿った。
――我慢だ。直。
自分自身をなんとか奮い立たせる。
「んふふ~~幸せだな~~~」
俺の温度感とは裏腹に、彼女の俺への熱はヒートアップするばかり。
「あ、また写真撮ってもいいですか?」
そう言って彼女は、まず、手をつないだ手元の写真を撮った。
そして、スマホを持つ手を高く上げて「はい。撮りますよ~!」といろいろな角度からパシャパシャと連写した。
「結婚したら、休日はこうやってまったりお散歩デートするのが理想だな~」
――結婚!?
あまりの飛躍っぷりに、思わず手を離しそうになった。
これ以上、実現しえない俺との妄想を広げるのはよしてほしい。
だが、彼女の妄想は止まらない。
「子どもが大好きだから、私、3人は欲しいんです。直さんだったら、いいパパになるだろうな~!子どもができてもやっぱりラブラブでいたいから…浮気は絶対NGですよ?」
――いやいや、あなたと結婚する未来、訪れませんよ?
心の中で盛大に突っ込む。
実際は、「あはははは~」と笑ってごまかした。
こうして俺たちは、恋人同士さながらの時間を過ごした。
15時――。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、とっても楽しい時間でした!あの、この後って…」
「お伝えしてた通り、今日はこの後予定があって……」
「……そうですよね。名残惜しいけど…今度は、私から次のデートにお誘いしますね!」
彩音さんから次回デートのお誘い宣告をされたところで、俺たちは解散した。
――はぁ~~~~。いろいろ疲れた…。
身体的というよりも、精神的な疲労感。
彩音さんからの「恋人になって」アピール…いや、プレッシャーをかわすのに、全神経を注いだから。
正直このまま直帰したい気持ちだが――。
このあと、明日の里実さんとのデートの“準備”をしなくてはならない。
俺は渋谷駅に向かった。




