29話『愛の重さ』
週末の土曜日――。
11時55分。
彩音さんとの2回目のデートのため、俺は代々木公園駅に来た。
正直……気乗りはしていない。
ディーノさんに言われなければ、彩音さんを自分から誘うことは絶対になかった。
マッチングアプリをする目的は、あくまで恋愛経験値を上げるため。
決して、恋人を見つけるためではない。
だから、彩音さんを渋々デートに誘ったし、そうするべきだというのは頭ではわかっている。
だが――気持ちが追いつかない。
誰とデートをするかで、モチベーションが全然違う。
麗香さんや里実さんと会う時のような心持ちで、彩音さんとも接するのは無理な話なのだ。
いつもなら、Yシャツに袖を通してカッチリした印象でキメていくが、今日は2,000円の着古したUネックTシャツにジーパンというラフな装い。
それに、約束の30分前に到着するというルールを破り、今日は5分前到着だ。
単純に気分が乗らなかったというのもあるが――彩音さんが前回のデートで遅刻をしてきたこともあり、今日はギリギリでいいやという気持ちになってしまった。
今日は、代々木公園でピクニックデートをする予定。
自分からお店を提案するのが面倒だったので、『どこか行きたい場所ありますか?』と聞いたところ、彼女がデートプランをすべて計画してくれた。
正直、今となっては自分から提案すればよかったと後悔している。
公園デートなんて、恋人同士がすることではないか。
俺と彩音さんの心の距離感的にも、ふさわしくない選択だったと思う。
彼女は、ピクニックシートやお弁当などを用意してくるらしい。
完全に恋人とのデートのつもりなんだろう。
――早いところ、帰宅ムードにもっていこう。
彩音さんには申し訳ないが、俺の気持ちは完全に明日を向いている。
明日は、里実さんとの2回目のデートが控えているのだ。
里実さんとの1回目のデートのボイスレコーダーを聞き直したり、いままでの恋愛指南書の内容を読み返したり、服装やスキンケアの準備をしたり――やらなくてはならないことが山積みだ。
――今のモチベーションじゃ、「彩音さんに失礼だ」ってディーノさんに叱られるな…。
背中を押してくれる彼に報いるためという一心で、俺は気持ちを奮い立たせた。
「直さん!またしてもお待たせしてしまって、すみません…!」
今回は、約束の12時を回ってから5分後の到着だった。
「いえいえ、全然待ってませんよ」
「お弁当作りにこだわりだしたら、止まらなくなってしまって…」
彩音さんの両手は、大きなお弁当カゴと荷物で塞がっていた。
脈なしの自分のために一生懸命作ってくれたのかと考えると、少し申し訳ない気持ちになった。
「わざわざお弁当を作ってくださって、ありがとうございます。楽しみにしてます」
そうして、俺たちは目的地に向かった。
代々木公園に到着すると、休日にも関わらず予想以上に人が少なかった。
今日の気温は33℃。猛暑日の一歩手前で、湿度も高くジメジメとしている。
おそらく、この気候のせいなのだろう。
駅から5分足らずしか歩いていないが、彩音さんもすでに汗だくだ。
彼女の様子を見て、ふと気づく。
「配慮が足らずすみません……。荷物、持ちましょうか?」
俺の荷物は小さなショルダーバッグのみ。
荷物量的には、男女逆であるべきだ。
ディーノさんがこの光景を見ていたとしたら、きっと喝を入れられただろう。
「ありがとうございます。じゃあ、お弁当だけ持ってもらっていいですか?」
彼女から渡された大きな弁当カゴを持った瞬間――。
――重っ。
片手で持つのがしんどいほど、ずっしりとした重さ。
どれだけの量の食事を詰め込んでいるのだろうか。
一抹の不安を抱きながらも、さっさと腰を下ろせる場所を探そうと辺りを見渡す。
そして、木々に囲まれ心地よい風が通る日陰に、ピクニックシートを敷いた。
「いい場所にシート敷けましたね!」
「そうですね。風が気持ちいいです」
「さっきまで汗だくだったけど…ようやく引いてきました!」
彩音さんは前回のデートから学んだのか、汗拭きシートと制汗スプレーを持参していた。
汗対策を講じたからか、だいぶ落ち着いたようだった。
「早速お弁当食べませんか?私、お腹すいちゃって!」
「そうですね。ぜひ食べましょう」
彩音さんはカゴから重箱を取り出す。
その数は――1段…2段…3段…4段…5段。
そりゃ当然、重いはずだ。
「まず1段目は…ごはんです!2人分だからめいっぱい詰め込んでます」
真っ白いご飯の中央には、桜でんぶでハート型が作られている。
正直なところ、1段目からだいぶ重いプレゼンテーションだと思った。
「2段目はお魚料理、3段目はお肉料理です」
1種類や2種類ではない。煮る、焼く、蒸す、揚げる、茹でる――と、さまざまな調理法で作られたであろう料理がひしめいていた。
「それから、4段目は副菜で、5段目は口直しの甘い物を入れてます」
すべての料理を目の前にした時――俺は驚きを通り越して、感動した。
何時間前から準備をしていたのだろうか。
調理にかかる時間だけでなく、きっとレシピを考えたり、食材を調達する時間も相当かかっているはず。何日も前から準備を重ねていたのかもしれない。
これだけの料理を用意するのは、並大抵の気持ちじゃできない。
彼女の本気がこのお弁当に詰まっていると思った。
「すごいです……全部、美味しそうです!」
「そう言ってもらえて嬉しいです…」
「作るの大変でしたよね。本当にありがとうございます…」
「料理が好きなので、全然です!それに、直さんにたくさん食べてほしいって思ったから…」
そう言って、彩音さんは少し頬を赤くし、照れ笑いを浮かべた。
俺は、30分ほど前の自分を殴りたい気持ちになった。
これほどまでに自分のことを想ってくれる相手に対して、とても失礼なことを考えてしまっていた。
彼女とも真摯に向き合うべきだと思った。
「早速、食べてもいいですか?」
「もちろんです!」
俺はごはん、肉、魚、副菜とまんべんなく料理を取り皿に移し、一口食べた。
「美味しい!」
シンプルに美味しくて、自然と笑みがこぼれた。
その時――。
カシャッ。
カメラのシャッター音がした。




