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28話『予期せぬ邪魔者』

「あの……棚橋…さん?」

「うん?なあに?」

「事前質問になかった内容じゃないですかね?イメチェンのこと…」

「そうだったっけ?」


 麗香さんはそう言って、おどけた。


「イメチェンの理由が、採用ページに活かせるかもしれないでしょ?」


 興味津々と言った感じで、えらく楽しそうだ。


 俺は渋々、質問に答える。


「……社会人として、身だしなみをちゃんとしないとって思ったんです。外部の方とお会いする時に失礼にならないように」


 ――本当は…あなたに認められる男になるため、だけど。


「イメチェン後から、毎日出社してるよね?うちの会社は基本、週1出社すれば週4は在宅でOKだけど。毎日出社するようになった理由は?」

「……先輩や上司と直接コミュニケーションが取れると、成長も早いかなと思ったからです」


 ――本当は…毎日出社すれば、あなたと会える可能性が高まるから、だけど。


「確かに、他部署の人も含めて社内交流に積極的になったよね。それも、自己成長のためってこと?」

「はい、その通りです」


 ――本当は…あなたに関する情報網を張り巡らせるため、だけど。


「じゃあ、イメチェンをきっかけに、仕事以外のことで何か変化はあった?」

「……そこまで大きな変化はないですかね」


 ――本当は…めちゃくちゃあったけど。


「え~~?これだけイメチェンしたら、プライベートでも何かしら変わったことあるでしょ~?」

「自分のプライベートのことは、新卒の方にはあまり関係ない気が…」

「……ま、それもそっか」


 麗香さんはコホンと咳ばらいをした後、「失礼しました」と言って姿勢を正した。


 想定外の質問に動揺はしたが、なんとかそれっぽく答えられたと思う。

 だが、回答は嘘で固めており、本心はまったく別のところにある。


 『③嘘をつくな。誠実であれ』とのディーノさんの助言に反する言動だ。


 しかし――イメチェンの発端が目の前にいる麗香さんにある以上、本心を語ることはできない。


「それじゃ、気を取り直して…はじめますね」


 その後は、事前質問通りにインタビューが進んだ。


 システムエンジニアを志したきっかけ、この会社を選んだ理由、今の仕事内容、会社の雰囲気、将来どんなキャリアを歩みたいか――。


 これらの質問に対しては、嘘偽りなく、真摯に回答した。


「それじゃ、インタビューはこれで以上です。ありがとう!次は撮影に移りますね~」


 麗香さんは準備にとりかかる。


「撮影って…スマホじゃないんですね」


 ずいぶん本格的なカメラを持っていて、少しびっくりした。


「ミラーレスだけどね。私のこだわりで、人事部でカメラ買ってもらったんだ♪」

「もしかして…カメラお好きなんですか?」

「うん。実はそうなの。プライベートでは一眼レフを持ってて」

「本格的ですね!棚橋さんの撮った写真、見てみたいです!」

「え……そんなに上手くないし、人に見せられるクオリティじゃないよ」


 首と両手をブンブンと激しく振って、麗香さんは謙遜する。

 だが、俺にとってはどんな1枚であれ、麗香さんが撮ったというだけで価値がある。


「俺にはカメラが上手いとか、上手くないとかわからないですけど……俺は、棚橋さんの感性で撮った写真を見てみたいです!」


 麗香さんはなぜだか一瞬、驚いた表情を見せた。

 そして、「そっかぁ」と嬉しそうにほほ笑んだ。


「これ、私のInstagramのアカウント」


 そう言って、自分の私用のスマホから俺に写真を見せてくれた。


「うわぁ!すごい……!」


 そこには、夕日、海、森林といった自然、道端の猫、花といった動植物、何気ない日常の風景など、さまざまな写真が収められていた。


 そんなに上手くないと本人は謙遜していたが、俺の目にはプロレベルのクオリティに映った。


 アカウントのフォロワーは1万人以上。固定ファンもしっかりついている。


 ただ1つ気になったのが、本人はもちろん、他人も含めて人物の写真が1枚もないことだ。当の本人は、インフルエンサーとして活躍できるほどの美貌の持ち主。宝の持ち腐れではないかと思った。


 だが一方で、麗香さんはそこらじゅうにいる承認欲求が強めのインフルエンサーとは違うのだとわかって、どこかホッとした。


「個人的には、この夕日の写真が好きですね。赤とオレンジと黄色のコントラストが幻想的です。あと、この森林の写真も見ているだけで心が癒されます。それから、このコーヒーの写真。黒いラテのアートは、はじめて見ました!これは都内のお店ですか?それとも…」


 ハッとした。

 気づけば、まくし立てるように一方的に話してしまっていた。


 恐る恐る、視線をスマホから麗香さんへ移す。


 すると、麗香さんはにっこりと嬉しそうな表情を浮かべながら俺を見ていた。


「大河内くんがこんなに食いついてくれるとは思わなかったな」

「いや……あの、すごく素敵な写真ばかりで…なんか…すみません…」


 俺は恥ずかしくなって目線をそらした。


「面と向かってこんなに感想を伝えてくれた人は、はじめてかも。嬉しかったよ。ありがとうね」


 そう言って麗香さんが見せた笑顔に、俺は胸が痛いほどにキュッと締め付けられた。


 ――ああああああああああ!


 感情の高ぶりを発散すべく、心の中で叫び続けた。

 今すぐ声に出してしまいそうだった。


 だが、ここで取り乱してしまってはカッコ悪い。


 平静を保たねば。


『深呼吸』


 ディーノさんからの激励のメッセージを思い出し、俺は下を向いたままゆっくりと呼吸を整える。

 

 そして、自分の心臓の鼓動がだいぶ落ち着いてから、「あの……」と遠慮がちに切り出してみた。


「アカウント、フォローしても大丈夫ですか?」


 彼女と接点ができるチャンスだ。この好機を逃すまいと思った。


 すると、麗香さんは即答で「もちろん!」と応じてくれた。


 俺は心の中で「Yes!」と再び叫んだ。


「大河内くんはどんなInstagramアカウントなの?」

「ご期待に応えられなくて申し訳ないんですが、投稿は1件もしてないんです。たまにストーリーズを上げるくらいで。見る専門のアカウントですね」

「なんだ~、つまんないの~」


 麗香さんは残念そうにしていたが、過去に変な投稿を残していなかった自分を、心底褒めたたえたい。


 麗香さんと相互フォローをし終え、ようやく本格的に撮影に入ろうとした時――。


 コンコンコン。


 会議室のドアを叩く音がした。


「はい」


 麗香さんが返事をすると同時に、ガチャっとドアが開く。


 ドアを開けた人物は――智也さんだった。


「麗香~~遅いよ。もう11時40分。10分過ぎてるよ」

「ごめん、ごめん。インタビューが長引いちゃって」

「これから撮影?」

「うん、そう」

「俺が撮るよ。麗香だと、こだわり強くて時間かかるっしょ?」


 そう言って、智也さんは麗香さんからカメラを奪った。


「大河内くん、麗香の段取りが悪くてごめんね」

「いえ……俺は全然、大丈夫です」


「大丈夫」という言葉とは裏腹に、全然大丈夫ではない。

 俺は、はらわたが煮えくり返りそうだった。


 麗香さんの段取りが悪い?ふざけるな。

 彼女に対して失礼極まりない言動だ。


 そして何より、麗香さんとのふたりきりの時間をまんまと邪魔された。


 ――許せない……。


 怒りの感情を抱えたまま、撮影に突入した。


 智也さんの撮影は、ものの1~2分程度で終了した。


 椅子に座っているカット、パソコンに向かっているカット、壁に立って微笑むカットの計3カット。


「はい、撮りま~す」と言って、それぞれのカットを10枚ずつ程度、パシャパシャと適当に撮るだけで、さっさと終えた。


 俺自身、うまく笑えていたかどうかわからないし、そもそも智也さんの撮影の仕方でいい写真が撮れているとは到底思えない。


 新卒採用ページへの掲載という貴重な機会を、台無しにされた気分だった。


 撮影を終えると、智也さんは「麗香、早くランチ行こう~~腹減ったよ!」と彼女を急かした。


「大河内くん、バタバタしちゃってごめんね。今日はありがとうね」


 麗香さんは俺にそう言って、智也さんとともに会議室を後にした。


 彼らが去った後――俺は、会議室のドアを睨みつけた。


 ――アイツにだけは、絶対負けるもんか。


 この日、智也さんに対する負の感情を、一日中、止めることができなかった。

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