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26話『モテる女とモテる男』

「俺ですか?うーん……ぼちぼちです」

「ディーノさんに鍛えてもらってるんでしょ?」

「はい。いま、マッチングアプリでいろいろな女性と会って、経験値を積んでるところです」

「そうなんだ!どう?うまくいってる?」

「昨日、大失敗してだいぶ落ち込んでます」

「大失敗って?」

「相手の女性の名前を別の女性と間違えて呼んじゃいました」


 レイナさんは「アハハハハ!さすが、大河内 直!」と声を上げて笑い出した。

 笑いすぎて、目に涙まで浮かべている。


「……そんなに笑わないでください……ガチへこみしてるんですから…」

「いや~~ごめんごめん!なんか想像したら可笑しくなっちゃって!」

「ひどいです……」


 俺はそっぽを向いて、怒りの意思表示をする。


「直く~~~ん。ごめんって」


 そう言うと、レイナさんは俺の左腕に自分の右腕を絡め、そのまま俺の肩に頭をもたげてきた。

 レイナさんの柔らかい腕の感触に、俺は思わずドキッとした。


「許して?ね?」


 レイナさんは上目遣いで、俺を見つめる。


 ――恐ろしい……。


 彼女に対して抱いた、正直な感想だった。


 おそらく許しを請う時や、何かをおねだりするときの必殺技なのだろう。


 思惑がある、演技だ、とわかっていても、効き目大だ。


「まあ……そこまで謝られたら、許しますよ!」


 俺はドキドキしているのを彼女に悟られぬよう、突き放すように言った。


 俺の心の動揺を知ってか知らずかわからないが、レイナさんは「ンフフフ♪」と意味深に笑みを浮かべた後、絡めた腕を解放した。


「ま、失敗はしょうがないとして。アプリでうまくいってる人もいるんでしょ?」

「うまくいってるのは…1人…いや、一応、2人ですかね」

「でも、その2人って直くんが前に言ってた『告白したい女性』ではないんだよね?」

「……まあ……はい」

「何、その“間”。もしかして、本命が別の人にすり替わっちゃった感じ?」

「いや。そんなことはないんですけど……」

「ないけど?」


 俺は言葉につまった。

 里実さんの存在が、スルーできないほど自分の中で大きくなっているのを自覚しているからだ。


 まだ、1度しかデートをしていない。だから、これが恋愛感情だとは断定できない。

 だが、送ったメッセージに対する彼女の返事が遅いとへこむし、会いたいと思う相手だ。確実に気になる存在ではある。


 何と答えようか。

 言葉を探していると、先にレイナさんがぼそっと一言。


「ま、恋愛感情なんて、簡単に移ろうものだから」


 そう言ったレイナさんは、どこか寂しそうだった。


 俺は直感的に、話題を変えたほうがいいと感じた。


「そういえば、ディーノさんって一体、何者なんですか?」

「何者って…神格化しすぎじゃない(笑)?」

「だって、女性に対する愛情の注ぎ方が半端じゃないし…。無理してるんじゃないか、って思うほどで」

「無理はしてないと思うよ?でも…本当のところはわからないかな。どこか謎めいた一面もある人だから。でも、そういうミステリアスなところにも惹かれちゃうんだけど!」


 レイナさんはうっとりとした表情で、遠くを見つめた。


「あれだけ外見も内面も完璧だったら…モテまくりでしょう…?」

「それは間違いないね。ディーノさんはめちゃくちゃモテるよ。私も、ディーノさんに告白した女のひとりだし」


 レイナさんはさらっと、驚きの告白をした。


「え!?それ、ガチな告白ですか?ノリとかじゃなくて??」

「ガチなやつ!」


 レイナさんは「懐かしいな~」と言いながら微笑む。


「その……告白の返事って……?」

「言うまでもなく、断られたよ。撃沈!」


 そう言って笑う彼女を見る限り、とうに吹っ切れているのだろう。


「でも、昔好きだった男性と今も飲み友達って…なんかフクザツじゃないですか?」

「そんなことないよ?今は恋愛的な好き、じゃなくて、人間的に彼が大好き。だから、ずっと飲み友達でいたいかな」


 そう言って、レイナさんは目の前のワイングラスを手に取る。

 少し酔ってきたのか、頬がほんのりピンク色に染まっている。


 どこか遠くを見つめながら、グラスに口づけ、ゆっくりと少量のワインを流し込む。

 コクッと喉が動き、恍惚とした表情を浮かべた。


 一連の仕草がなんとも色っぽく、俺はゴクリと生唾を飲んだ。


 レイナさんは「あ!」と何かを思い出したように、俺を見た。


「ディーノさんね、私の告白に対してのフリ方がカッコよかったんだよね」

「“ごめん、君とは付き合えない”以外にフり方なくないですか?」

「No、No、No!甘いね~直くん」


 レイナさんは得意げに、ディーノさんのモノマネをする。

 だが、全然似ていない。


「全っ然、似てないですよ?」と言うと、彼女は「あら、そう?」とおどけた。


「直くんも、いつか何人もの人から告白される時があるかもしれないし。参考までに教えとくね」


 俺はごくりと生唾を飲んで、次の言葉を待った。


「『レイナちゃんだけじゃなくて、誰の彼氏にもなるつもりないって』って言われたんだ」

「それって……かっこいいフリ方なんですか?」

「アハハ!たしかに、カッコイイとは違うかも!


 でもさ、『君とは付き合えない』だと、自分の努力が足りなかったのかなとか、私に非があるのかなって落ち込んじゃうでしょ?


 『誰の彼氏にもなるつもりない』だったら、自分に非があるわけじゃないから。フラれても、傷つかなかったんだよね」


 言っていることはなんとなくわかる。

 だが――。


「“誰の彼氏にもならない”って……俺は絶対約束できないから、嘘になっちゃいますよ…?」

「アハハ!そうだね!まあ、直くんに限らず誰が言っても嘘になるだろうね。でもね、ディーノのすごいところは、約束を守って有言実行してること!本当に誰とも付き合ってるって話、聞かないし!」


 レイナさんは本格的に酔いが回ってきたのか、頬を赤らめ、いつものテンションより数段階か高い感じがする。


 現在の時刻を確認すると、23時を回っていた。


「もういい時間なんで俺、帰りますね。レイナさんもそろそろ帰宅されたほうが……」

「ヤダ。直くん、もっと一緒に飲もう?」


 そう言って、またしても俺の腕に絡みついてくる。

 これ以上、この人と飲み続けると、いろいろな意味でアブナイと思った。


「ごめんなさい……明日、早いので」


 俺は絡まった彼女の腕をほどき、席を立つ。


「また一緒に飲んでくれる?」


 上目遣いで俺を見る瞳に、そのまま吸い込まれてしまいたいという衝動に駆られた。

 理性と誘惑のはざまで揺れ動く感情に戸惑いながらも、なけなしの理性で、なんとか応える。


「もちろん、また飲みましょう」


 お互いにLINEを交換し、俺は『Lv.∞』(レベルインフィニティ)を後にした。


 帰宅中――。

 俺はレイナさんと過ごした時間を振り返る。


 彼女の奔放さに振り回された数時間だったが、だいぶ打ち解けることができた。

 トモミさん、ニナさんとはまた違った形で、いい友人関係が築けるのではないかと思う。


 そして、ディーノさんについても少しだけ知ることができた。


『誰の彼氏にもなるつもりはない』


 モテるのに、どうして本命の人を作らないのだろうか。

 この言葉の意味することとは何か――。


 答えの出ない問いに、俺はぐるぐると考えを巡らすのだった。

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