25話『レイナさん』
人間模様がわかりやすいよう、冒頭に相関図を入れています。
はじめて六本木に来たあの日――。
俺は、この街にふさわしくない人間だと自分を卑下し、申し訳なさや恥ずかしさを抱えてこの地に足を踏み入れた。
だが、そんな風に思う自分はもういない。
あれから数か月しか経っていないが、俺の人生は一変した。
外見が劇的に変わったことで、周りからの評価が上がった。
少しずつ自分に自信もついて、心の変化も実感し始めている。
女性と会話を重ねる機会が増えたことで、過度に臆することも少なくなった。
もちろん、昨日のように失敗をすることもある。
まだ、自分がこの街にふさわしい男だなんて到底思っていない。
でも、着実に階段を上っている実感はある。
だから今――この地を踏みしめることに、特別、違和感はない。
周りを歩く港区男子からすれば、自分なんてまだまだだろう。
でも、自分に対して少し自信がついてきたおかげか、彼らと比較して自分が情けないとか、肩身が狭いとか、恥ずかしいとか――そうは思わなくなった。
俺は軽い足取りで、『Lv.∞』に向かった。
キーーーーー。
扉を開くたびに鳴る、この木製ならではの重低音。
なんだか妙な懐かしさを覚えるとともに、心地よさを感じた。
「いらっしゃいませ」
いつもの店員さんが、俺を見るなり優しい笑顔を浮かべた。
「お久しぶりでございます」
「ご無沙汰しています」
「今日は、おひとりでしょうか?」
「はい。今日は、ひとりで飲みたい気分で」
「かしこまりました。カウンターのお席をご案内いたします」
俺は一番端のカウンター席に通された。
まだ夕食を食べていないので、お腹がぺこぺこだ。
チキンカレーと、赤ワインをオーダーした。
料理が来るのを待つ間、俺はなんとなくキョロキョロと辺りを見渡す。
――さすがに、見知った顔はいないか…。
はじめてこの店に来た日のことは鮮明に覚えている。
俺を小馬鹿にしてきた客の顔も、全員はっきりと記憶している。
さらに磨きがかかった自分の姿をひけらかしたかったのだが。残念だ。
「つまんないな~」と思いながら、ふとカウンターの別席に座る客たちに視線を向ける。
――あれ、あの人……。
頬杖をつき、ボーっと一点を見つめてワインを嗜むひとりの女性。
――レイナさん……?
下を向いているが、間違いない。
黒髪のロングヘアを緩く巻き、手には複数の金色の指輪、耳には見覚えのある大ぶりの金色のピアス。
身体のラインがわかる、黒色のタイトなニットワンピースを着て、クールな港区女子オーラを放っている。
だが、明らかにいい気分ではなさそうな表情を浮かべている。
はじめはムスッとして、怒っているような表情に見えた。
しかし、チラチラと観察していると、なんとなく何かを我慢しているような…つらそうな表情にも見えた。
俺は、先ほどデータとして打ち込んだレイナさんの情報を思い出していた。
彼女は明るい性格だけれど、寂しがり屋で抱え込みやすいタイプ――そう記載されていた。
もしかしたら、何かに思い悩んでいるのかもしれない。
自分が話しかけたところで、ディーノさんのように彼女の心を癒せるとは限らない。それどころか、感情を逆なでしてしまう可能性だってある。
だが、見て見ぬフリはできなかった。
「あの……」
俺は、勇気を振り絞ってレイナさんに声をかけた。
「ナンパ?気分じゃないから、どっかいって」
彼女は俺と目線すら合わせない。
なんとかこちらを見てほしいと思った。
だが、どう言葉をかけたらいいか…。
彼女のそばに立ち尽くしていると、「しつこいんだけど!」と声を荒げてこちらを見た。
「……あれ??大河内 直???」
「…あ、はい…。大河内 直です」
「え、何?どうしたの?……もしかして、ディーノさんいる!?」
「いや、いないです。今日は僕ひとりです」
「なんだ……いないのか…」
レイナさんは明らかに残念そうな表情を浮かべている。
「あの……もしよければ…一緒に飲みませんか?」
人生初のナンパだ。内心ドキドキしていた。
「………まあ、いいよ。隣空いてるから、来なよ」
「ありがとうございます!」
こうして、俺のはじめてのナンパは意外にもあっさりと成功した。
「なんか、あんた、変わったね?」
「え、そうですかね?」
「うん。雰囲気もそうだけど、まさかあんたからお誘い受けるとは。びっくりだよ」
「なんというか…レイナさんの後ろ姿が寂しそうだったというか…」
俺はストレートに言葉にした。
「なにそれ!大河内 直ごときが、私を慰めようって?笑っちゃうわ!」
レイナさんはそう言って、フッと笑みを浮かべた。
「俺はディーノさんみたいに、気の利いた言葉はかけられないですけど。話を聞くだけだったらできるので」
「……」
レイナさんは黙り込む。
しばらくして、彼女は重い口を開いた。
「彼氏にね、今日のデート、ドタキャンされたの」
俺は心の中で「デジャブ!」と叫んだ。
「たぶんだけど……浮気されてるんだよね」
「……どうしてそう思うんですか?」
「女の勘ってヤツだね」
女の勘は侮れない。
トモミさんとニナさんの顔を瞬時に思い浮かべた。
「別れないんですか?」
「直くんにはわからないかもしれないけど、そう簡単じゃないのよ。女の心情ってのはさ」
レイナさんは遠くを見つめた。
彼氏さんのことが心底好きなんだろうなと感じた。
「知っての通り、俺には恋愛の経験値が全然ないので…どうしたらいいとか…わからないんですけど。ただ言えるのは……」
「言えるのは?」
「レイナさんは、魅力的な女性だってことです」
彼女は驚いた表情を見せた。
「何それ………」
「いや、本心というか。あの…初めて会った時。レイナさんの他に、何人も女性いたじゃないですか?でも、一番レイナさんが美しかったというか…。自分磨きちゃんとしてるし、自信に溢れて…凛としてて。その…目を引かれるというか…」
俺は、口にしながら途中で恥ずかしくなり、おどおどとした言い方になってしまった。
ちょうどそのタイミングで、オーダーしていたチキンカレーが届いた。
「どうもで、ご、ござります……」
恥ずかしさMAXの精神状態だったため、まるでロボットのようなしゃべり方で変な返事をしてしまった。
その様子を見ていたレイナさんは、プッと噴き出して「キョドリすぎだよ!」と笑った。
そして、「でも、ありがとうね」と優しく微笑んだ。
「そういえば、直くんのほうはどうなの?」




