22話『大失態』
土曜日――。
16時。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「それでは、こちらで失礼します」
先ほどまでデートをしていた29歳の国語教師・奈津美さんを見送る。
そして、その姿が見えなくなったのを確認し、ハーッと深いため息をつく。
――疲れた……。
月曜日の彩音さん、水曜日の咲さん、木曜日の友恵さん、金曜日の皐さん、そして今日の奈津美さんと、今週はデート三昧。
初対面の女性たちとの会話だから、何かと気を使う。
それに、自分なりには全力で相手と向き合っても、当然、全勝できるわけではない。
咲さんと皐さんは、俺が送った2回目のデートのお誘いをスルー。
俺自身、手応えがなかったので、このふたりについては諦めている。
友恵さんについては、まだ返事が返ってきていないが、デートの感触は悪くはなかったので様子見。
そして、今デートをした奈津美さんも、手応えは悪くなかったと思う。
身体的にも精神的にも疲労困憊の状態だが、今日はこのあともう1件、18時からデートの約束がある。
お相手は、26歳のアパレル店員・奈々子さん。
仕事、趣味、恋愛観、好きな男性のタイプと、情報が事細かにプロフィールに書かれていたはずだが……。
脳が疲れているのか、まったく記憶を引き出せない。
デート前までに相手の情報を徹底して頭に叩き込む俺だが、強すぎる疲労感で思考が停止してしまっている。
――少し休憩して、奈々子さんの情報をインプットし直したほうがいいな。
今いるのが有楽町駅。次のデートは渋谷駅。
17時半には現地に到着したいので、有楽町にいられるのはあと1時間弱といったところか。
俺は駅前の百貨店に移動し、空いているベンチを探した。
だが、土曜日ということもあって、1席も空いているベンチを見つけられない。
焦りが募る。
トイレ近くのベンチに狙いを定め、空いた瞬間を逃さず、ようやく座ることができた。
リミットまで、残り30分。
俺は急いでマッチングアプリを開き、改めて奈々子さんのプロフィール情報を確認する。
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【仕事】
某ブランドでアパレル店員をしています!
シフト制で平日休みなので、少し不規則な勤務スタイルです。
大変なことも多いですが、お客様が自分のアドバイスをもとにお洋服を購入してくれた瞬間は、本当に幸せでやりがいを感じます!
【趣味】
多趣味なので、インドアもアウトドアも両方あります♪
・インドア趣味
映画鑑賞、料理、ハンドメイド
・アウトドア趣味
キックボクシング、旅行、カメラ
【恋愛観】
尽くすタイプです。彼のためなら、ファッションもメイクも料理も掃除も、惜しまず努力します。
ただ、その分、相手も自分に尽くしてほしいです(笑)
【好きな男性のタイプ】
浮気絶対NG!
一途に自分だけを想って向き合ってくれる、誠実な男性がタイプです♪
連絡は毎日、おはようからおやすみまで、マメだと嬉しいです!
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――ああ……。情報量が多い……。
プロフィール情報をきちんと入力してくれているのは、本来ならばとてもありがたいことだ。この内容なら、話のフックとなるネタも多いし、会話には困らないだろう。
いつもの自分なら、この程度の情報量をインプットするなど、造作もないこと。
だが、今は疲れと焦りと緊張で、コンディションは最悪。
情報を入れるほど、頭が重くなる。
残り10分…。
5分…。
1分…。
――もう行かないとまずい。
俺は重い腰を上げ、駅へ向かう。
そして道中、ずっと彼女の情報を心の中で復唱し続けた。
17時30分――。
渋谷駅のハチ公前に到着した。
当然だが、奈々子さんらしき女性はまだいない。
俺は再びマッチングアプリを開き、彼女のプロフィール画面とにらめっこを続ける。
――趣味が、映画、旅行、カメラ、それから……。
ポン――。
ふいに、マッチングアプリ上でメッセージが入った。
奈々子さんからだった。
『直さん、もしかして白色のYシャツにジーンズのジャケット、黒色のパンツスタイルですか?』
俺は、びっくりして周りをキョロキョロと見渡す。
すると、プロフィール写真と同一人物――おそらく奈々子さんであろう女性が、笑顔でこちらに近づいてきた。
「奈々子さんですよね?早いですね……」
まだ17時35分だ。あまりに早い到着で驚いた。
「直さんこそ。お早い到着で!」
奈々子さんは満面の笑みだ。
「今日のファッション、すごく好みです。直さんに似合っていて、とっても素敵です!」
「ありがとうございます。奈々子さんも、ワンピースとてもお似合いです。パステルイエローの色味が、奈々子さんの明るい第一印象とマッチしてると思います」
「本当ですか!?嬉しい……!」
奈々子さんは頬を少し赤らめて、ニコっと笑った。
最初の掴みが良かったからか、レストランに向かう道中、会話がかなり弾んだ。
ディーノさんの指南通り、自分語りをしないよう彼女に質問することを意識したが、彼女からも程よく質問され、テンポよく対話ができている感覚だった。
しばらくして、目的地のイタリアンに到着。
メニューをオーダーし終え、彼女と真正面から向き合った時――。
俺は、妙に緊張してきてしまった。
彼女は表情豊かで女性らしく、魅力的だ。
ぜひとも2回目のデートにつなげたい。
だが、そうした思いがプレッシャーになってしまっているのか、手汗が止まらない。
頭が真っ白になり、いままでどうやって彼女と自然に会話をしてきたのか、わからなくなってしまった。
ごくり、と生唾をのむ。
――とにかく話を切り出さなくては……。
「……奈津美さんは、旅行が趣味なんですよね?最近どこに行かれましたか?」
「……」
「どうされました?」
「…………奈津美って、誰ですか?」




