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21話『Mission8 反面教師【後編】』

「今日、直さんに会えるの、とっても楽しみにしていました♪」

「……はい。僕も……楽しみにしていました」


 俺は何とか言葉を絞り出す。


 外見だけで判断してはダメだと、心の中で自分に言い聞かせる。

 俺だって以前は太っていたし、外見にまったく気を使ってこなかった。


 だが、期待していた分、落胆が大きすぎる。


「何鍋をオーダーしますか?」

「もつ鍋にしませんか?ガーリックが効いていて、とっても美味しいんです!」


 ――ああああああ…………。


 俺は心の中で叫んだ。

 俺も、彼女と同じ失態を百花さんとの初デートでしてしまった。


 ガーリック料理をレコメンドするのはNG――。

 トモミさんと、ニナさんが渋い表情を浮かべて言ったあの言葉が、鮮明に思い出された。


 以前の自分だったら「ガーリック最高ですね!」と返していただろう。


 だが、今は違う。

 彩音さんは、ニオイを気にしないのだろうか。


 逆に、俺のことを異性として意識していないからなのか――。

 それならそれでいいのだが。


 俺は、彩音さんに恋愛感情は抱かないと確信し、「もつ鍋にしましょう」と応じた。


 そして、相手にどう見られてもいいと割り切った俺は、ついでに、ガーリックチャーハンを追加オーダーした。


「直さんは、どんな女性が好みなんですか?」


 注文を終えると同時に、直球の質問がきた。

 相手からこの手の質問がくるのは初めてだったので、しばらく考える。


「そうですね……。周りをパッと明るく照らす、太陽みたいな人ですかね」

「え~~抽象的すぎますよ。もっと具体的に知りたいです!」

「う~ん。笑顔が素敵で、愛嬌があって、守ってあげたくなるような……」


 俺はそこまで口にして、言いよどんだ。


 ――今、誰のことを想像した?


 俺の心の中には常に麗香さんがいる。

 今の俺があるのは、間違いなく彼女のおかげだ。


 だが、彼女は「守ってあげたくなる」ような、そんな存在なのだろうか。


 俺は、この言葉を発した時。確実に、もう1人の女性の存在を思い浮かべていた。

 里実さんだ――。


 彼女からの返事はまだない。

 でも、諦めきれていない自分がいる。


 この感情は――。

 俺はこれ以上考えないほうがいいと思い、思考を停止した。


「まあ、笑顔が多い女性が一番ですよね。アハハハハ……」


 適当な具合で、言葉を締めくくった。


「笑顔が多い……私、愛嬌があるってよく言われます!」


 そう言って、彩音さんはニコっと微笑む。


「……………」


 俺は何も言わず、張り付けたような笑みを浮かべて応じた。


「お待たせいたしました。もつ鍋とガーリックチャーハンになります」


 ちょうどいいタイミングで、店員さんがメニューを運んできてくれた。


 もつ鍋は強烈なガーリックのニオイを放っている。さらにはニラもたっぷり入っており、服にまでしっかりニオイが付きそうだ。


 本音では、俺はもつ鍋が大好物だ。

 だから、未来の彼女とは、ニオイを気にせずもつ鍋を食べられる関係を築くのが理想ではある。


 だが――。


 ――タイミングも、相手も、違うんだよなぁ。


 俺は、もつに火が入っていくのをボーっと眺める。

 鍋からはもくもくと煙が立ち、具材がぐつぐつと沸き立ち始めた。


 しばらくして、彩音さんは「暑いですね」と言って、羽織っていたカーディガンを脱いだ。


 ノースリーブの青色のワンピース姿。

 格好だけ見れば女性らしいのだが、脇あたりにできた大きな汗染みに気づいてしまった。

 加えて、額や鼻の下、人中のあたりに大量の汗をかいている。


 彼女は店のおしぼりで、必死に顔の汗をぬぐった。

 そして、「あの……」と申し訳なさそうに切り出す。


「ティッシュとか持ってませんか?煙のせいか、鼻水がでてきてしまって」


 ハンカチは携帯しているが、ティッシュはない。


 一瞬、ハンカチを渡そうかとも思ったが…なぜ、自分がそこまでしなくてはならないのかと、思いとどまった。


「すみません…ティッシュ、持ってないです」


 俺がそう言うと、「店員さんにティッシュもらえるか聞いてきますね」と、彩音さんは席を立った。


 椅子に残された彼女のバッグに目をやると、スマホしか入らないほどの大きさ。

 ティッシュやハンカチなど入れる余地もなさそうだし、財布すら入っているかどうか。


 ――ハンカチ、ティッシュ、それからブレスケアアイテムも常時携帯するようにしよう……。


 俺は彼女の言動を、反面教師として見ていた。


「箱ティッシュもらってきました!お騒がせしました…」


 そうこうしているうちに、鍋ができあがっていた。


「鍋もできてますし、早く食べましょう」


 俺は、この時間に楽しさを見出すには目の前の料理を食べるしかないと思い、彼女より先に、自分によそって食べ始める。


「う~~~~~~ん。美味しい!」


 もつ鍋に対する率直な感想だった。


「ですよね!?喜んでもらえて嬉しいです!」


 彼女も一口。


「う~~~~~ん。これこれ!」


 幸せそうに、口いっぱいに具材を頬張る。


「あ!ガーリックチャーハンをもつ鍋に入れたら、もっと美味しいかもです!」


 そう言って彼女は、俺の了承も得ず、もつ鍋にチャーハンを入れた。


 ――えっ……それ、俺がオーダーしたメニューだよな……?


 彼女がガーリックチャーハンを食べたいと言ったのではない。

 俺が食べたいからオーダーしたのだ。


 店員さんが彼女の近くにガーリックチャーハンを配膳してしまったため、俺はまだ一口も食べていない。

 それに、いつの間にか、すでに彼女が半分ほど食べてしまっていた。


「やっぱり、美味しい!!!直さんもほら!食べてください!」


 そう言ってニコっと笑った彩音さんの前歯には、ニラが挟まっていた。


 ――帰りたい…………。


 俺は心の中で大きなため息をついた。


 その後、彼女からは俺の仕事、趣味、恋愛観について――と、質問攻めに合った。


 愛想よく応じてはいたものの、正直言って、態度はあまり良くなかったと思う。

 次のデートにつなげなくてもいいやと思った瞬間、一気にモチベーションがなくなってしまった。


 だが、そんな俺の温度感とは裏腹に、彩音さんは俺に好意を持ってくれたようで、帰り際に「私、直さんのこと気になってます」と、告白まがいのことを言われた。


「あなたの好意には応えられない」と、はっきり言いたかったが、ディーノさんの顔がちらついた。


 どんな相手であれ、女性を悲しませるような言動は決してしない人だ。

 ここではっきりとNOを突き付けるのは、彼の美学に反するような気がした。


 俺はとりあえず「ありがとうございます」と、お礼だけ伝えた。


 22時。

 彩音さんと解散して、帰宅の途につく。


 一応、今日の報告も兼ねて、ディーノさん、トモミさん、ニナさんのグループLINEに録音データを送った。


 すると、30分ほど経ってディーノさんから返事があった。


『好感触!!』


 続けて、可愛らしいウサギがパチパチと拍手をするスタンプが送られてきた。


『ありがとうございます』

『次のデートのお誘いは?』

『いえ、まだです』

『早くしなよ?』

『え、俺からはイヤです』

『!!!!!ナニ言ってんの??』

『彼女とは…ちょっと…』

『相手から好意を持たれてるだけでありがたいことなんだから。ダメ!』


 ディーノさんは、彼女と直接会っていないからわからないのだ。

 俺はもう、彩音さんとのデートでモチベーションを上げることができない。


 ただ…反面教師として彼女を見れば、学びのある時間ではあった。


 ――彩音さんとの関係を維持して、経験として活かすというのもありなのか……?


 どうしたものかと考え込んでいると、マッチングアプリのメッセージ通知が入った。


 ――彩音さんからの次のデートのお誘いかな。


 そう思って開いてみると、里実さんからだった。


『お返事遅くなってしまってすみませんでした』

『ぜひ、また直さんとお会いしたいです』

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