20話『Mission8 反面教師【前編】』
翌日――。
今日もいつも通りの出社。だが、気分は晴れない。
なぜなら、2回目のデートのお誘いをした里実さんから、返事がきていないからだ。
メッセージに対して、既読はついている。
だが、現状は既読スルーされている。
メッセージの送信から、すでに15時間あまり。まだ希望は捨てたくない。
昨日の夜、別の予定があって、返事を後回しにされたのかもしれないし、本人の体調が悪くなってしまったのかもしれない。
俺自身、既読スルーをすることもまれにある。“まれ”、だが……。
はぁーーーーーーー。
俺はデスクで、人目もはばからず大きなため息をついた。
和也がまだ出社していなくてよかった。
ため息の理由を何が何でも吐かせようと、迫られただろうから。
PCの横に私用のスマホを置き、LINEの通知をチラチラと確認する。
しかし、5分、10分経っても、俺のスマホは無反応だ。
『里実さんとのデート、何か悪いところありましたか?』
昨日、ディーノさんから早く次回のデート日程の調整をするよう喝を入れられた後――すぐに聞いた。
すると、『悪いところはない。むしろかなり好感触』とのことだった。
ではなぜ、彼女へすぐメッセージを送ったほうがいいとディーノさんは助言をしたのか。
その理由は、「彼女の性格的にそうしたほうがいいから」だった。
ディーノさんの分析によると、彼女は自分に自信がなく不安になりやすいタイプで、過去にトラウマを抱えていそう、とのことだった。根拠は、長年の勘らしい。
なんともふわっとした理由で、俺はかなりモヤモヤした。
でも、ディーノさんの経験則は無視できない。
もし、本当に彼女が不安になりやすいタイプなら、マメにメッセージをするなど、ケアが必要だ。
今後の彼女との進展を見越して、そう思っていたのだが――。
そもそも進展を望めないかもしれない状況に追い込まれている。
――恋愛って難しいな……。
俺は、気持ちを切り替えようと、私用のスマホをバッグにしまった。
今週は、デートの約束が集中してしまい、大忙し。
今日と明後日の水曜日、木曜日、金曜日、土曜日と、怒涛のデートウィークだ。
里実さんのことでくよくよしている余裕などない。
今日のデート相手は、経理事務として働く彩音さん。30歳。
かなり積極的な女性で、相手からデートのお誘いを受けた。デート場所も彼女から提案され、新宿で鍋料理を楽しむ予定だ。
メッセージのやりとりから、彩音さんは自分にだいぶ好意を抱いてくれているのを感じる。
男として、当然、悪い気はしない。
それに、プロフィール写真がシンプルに可愛い。
くりっとした目、クセのない綺麗な長髪、色白の美しい肌――。おそらく、今やりとりしている女性の中で、ビジュアルだけでいうともっとも美人である。
――麗香さんにも引けを取らない美貌だろうな…。
今日のデートへの期待感を高めていると、そんな俺の浮ついた気持ちを見透かすかのごとく絶妙なタイミングで、麗香さんからメールが届いた。
新卒採用ページのインタビュー日程と当日のインタビュー内容についてだった。
麗香さんからの貴重なメールだからと、一言一句、丁寧に、心の中で復唱しながら読み進める。
そして、メールの最後の一文を読んだ瞬間――俺は驚いて、カッと目を見開いた。
『当日は私がインタビュアーとカメラマンを兼任します。よろしくね♪』
つまりは、彼女と会議室にふたりきりで巣ごもるということなのか……?
そんなシチュエーション、妄想しただけで卒倒してしまいそうだ。
当日、まともにしゃべることなど、できるのだろうか……?
そもそも女性との会話に不慣れである現状を考えると不安だ。
だが、幸いにも、今週はデートの予定が多い。
女性との会話に慣れるには絶好の機会だ。
取材日は、来週の水曜日――。
俺は、今日から始まるデートウィークを充実したものにすべく、一層気を引き締めた。
18時45分――。
俺は、彩音さんと約束した店に到着した。
いよいよ、デートウィークのはじまりを告げるゴングが鳴った。
今日はお店集合のため、早すぎるのはよろしくないと判断し、15分前に来た。
店はそこまで混んでおらず、すぐに座席に通してもらえた。
メニューを見ながら彼女の到着を待つ。
19時……。
19時5分……。
19時10分……。
彼女は一向に現れない。
遅れるとの連絡もないので、念のため「到着は何時頃になりそうですか?」とメッセージを送った。だが、既読もつかない。
そして、19時20分を回ろうとした時――。
「遅れてしまってすみません!」
彼女の到着を察知し、メニュー表から視線を外して顔を上げる。
――えっ?この人、誰だ………?
目の前には、プロフィール写真とは似ても似つかぬ人物が立っていた。
想像していた彩音さんの面影が、どこにもない。
目は細く、化粧が崩れてしまって、肌が荒れて見える。髪も綺麗なストレートヘアとは程遠く、ぼさぼさだ。太っていた頃の俺の全盛期と同じくらいふくよかな体型で、写真詐欺も甚だしい。
「あの……彩音さん…で合ってますか?」
彩音さん本人ではない可能性に賭け、念のため確認する。
「はい、そうです!」
間髪入れずに元気な返答がきた瞬間――俺の彼女への期待が、音を立てて崩れた。




