19話『里実さん』
「はい。直です。里実さん…ですよね?」
「はい。そうです。すみません…先に並んでいただいて」
「全然、大丈夫ですよ。むしろ急がせちゃって申し訳ないです」
「いえ!さっき、ひどい顔してましたよね。恥ずかしい…」
里実さんはそう言って、顔を真っ赤にして下を向いた。
なんて、愛らしい人なんだろうか――。
アプリのプロフィール写真では気づかなかったが、里実さんはかなり小柄だ。数cmのヒールのある靴を履いて、おそらく身長155cmくらいといったところだ。
体型は程よくぽっちゃりとしていて、健康的。目はくりっとしていて大きく、愛嬌抜群だ。
いま出会ったばかりだというのに、俺は彼女のことをぎゅっと抱きしめたいと思った。
その衝動をこらえるため、俺は思わず天を仰いだ。
「お次でお待ちの2名様。ご案内いたします」
ちょうどいいタイミングで俺たちの番が回ってきた。
店内に入ると、ショーケースにはさまざまなケーキがずらりと並んでいる。
「うわ~~どれも美味しそう!選べないです…」
「マンゴータルトが1番人気だそうですよ」
「そうなんですね!マンゴータルトはマストで、あとは…」
複数頼むのかと、少しだけびっくりした。
でも、ちょっと欲張りなところも可愛らしい。
結局、俺はマンゴータルトとコーヒーを、彼女はマンゴータルト、バスクチーズケーキ、モンブランとコーヒーをチョイスした。
先にお会計をするシステムのため、俺はレジに移動した。
すると、昨日来た際に俺を席に案内してくれた女性店員さんが立っていた。
店員さんは彼女をチラッと見た後、俺に軽く会釈をしてニコッと笑みを浮かべた。
どうやら、俺のことを覚えており、状況を瞬時に察したようだ。
お会計後、「ぜひごゆっくりと、素敵な時間をお過ごしください」と、意味深に背中を押された。
席に着くなり、彼女は俺に「ありがとうございます」と言った。
「ケーキ代……自分の分は自分で払おうと思っていたので、いっぱい頼んじゃって…。図々しくてすみません…」
「いえいえ!お気になさらず。ケーキ、お好きなんですか?」
「はい!カフェに来るときは必ずコーヒーと一緒にオーダーします」
「カフェで本を読むのが好きなんですよね?」
「そうですね。時間を気にせず、カフェでゆったりと過ごすのが何よりの幸せです!」
「俺も本を読むのが好きで。どういった本を読むんですか?」
「とくに小説を読むのが好きです」
「作家さんは誰が好きなんですか?」
彼女にとって幸せな時間が、「カフェで小説を読むこと」だと判明したので、俺は徹底してその話を掘り下げた。
すると、彼女は嬉しそうに、好きな作家、ジャンル、最近読んで感動した一冊、自宅の本棚事情など、彼女自身のことをたくさん話してくれた。
楽しそうに話す彼女を見て、俺も幸せな気持ちになった。
すると、しばらくして彼女から思わぬ話題の転換を食らった。
「私のことばっかり話しているので、ぜひ直さんのことも知りたいです」
聞き役に徹することしか頭になかったので、一瞬、戸惑った。
この場合は、どうしたらいいのだろうか。
ディーノさんの『自分語りはNG』という言葉が頭をよぎる。
だが、彼女からの要望だし、自分自身のことは教えません、なんて不自然でしかない。
どんな質問が来るやら想像がつかずドキドキしながら、「もちろん。何でもお答えします」と応じた。
「直さんは、システムエンジニアをされてるんですよね?」
「はい、そうですね」
「もし差し支えなければなんですが…お勤めの企業を聞いてもいいですか?」
「JTテクノソリューションズです」
「……大企業ですね。職場には女性ってけっこういるんですか?」
「いえ、そこまででは…。SEは男性が多いので。男性7、女性3くらいの割合ですかね」
「職場恋愛ってけっこう多いですか?」
「う~ん……部署にもよるとは思いますが…そんなにはないかなと。僕の所属部署には女性が3人だけいて、1人は既婚者、残る2人が独身です」
「そうなんですね……」
職場の恋愛事情を聞かれるとは思っておらず、動揺して自分でも自覚するほど返事がしどろもどろになってしまった。
そして何より、話している間ずっと麗香さんの顔がちらついてしまった。
「気になりますか?職場の恋愛事情」
「……その……えっと……直さん、カッコいいから。モテそうだなって。アプリ使わなくても、職場に恋人がいそうだなって思って」
あああああ。なんてこった。これはもう、確定的だ。
間違いなく、俺は彼女に意識されている。
ああ。ディーノさん。俺はどうしたらいいですか…。
正直に、麗香さんの存在を打ち明けるべきですか…。
でも――目の前にいる彼女が、愛おしくてたまらない。
彼女を傷つけたくはないし、この瞬間をぶち壊すことはしたくない。
「職場に恋人はいません。だから、アプリにも登録しました」
余計なことは言わずに、事実だけを伝えた。
「そうですよね。すみません、突っ込んだ話をしてしまって…」
「いえいえ。全然大丈夫ですよ!」
彼女はバツが悪そうな表情を浮かべている。
これはマズイと思い、なんとか笑顔を取り戻そうと、話題の切り替えを試みる。
「最近、楽しかったことって何かありますか?」
あまりの急な話の転換に、彼女は少しびっくりした様子を見せた。
心の中で「あ、唐突すぎたかな」と、反省した。
だが、彼女はその後、1週間前に行った北海道での家族旅行の話をしてくれた。
彼女の表情も無事明るさを取り戻したところで、席の終了時間が来てしまい、俺たちは店を出た。
「今日はごちそうさまでした。本当に楽しかったです!」
「こちらこそ、ありがとうございました。とても楽しかったです!また連絡しますね」
「……はい。ぜひ…よろしくお願いします」
そうして彼女と別れた後――。
俺は、電車の中で言いようのない達成感と満足感に浸っていた。
今回は、ちゃんとした手応えがある。その根拠として、彼女の笑顔を何度も引き出すことができた。
それに、俺自身も会話を楽しめた。彼女には、なんとなく自分と似ているところがあって、波長も合う。背伸びせずに自分らしくいられる相手、という感触だ。
これならディーノさん、トモミさん、ニナさんも文句なしだろうと思い、録音データをすぐに3人に送った。
15分後――。
ディーノさんから早速返事が来た。
『「また連絡します」って何!?』
『今すぐ、次のデートへのお誘いと日程調整!』
『早く!!!!!!!!!』
「!」の多さに、緊急性を察知した。
対応にマズイ部分があったのかもしれない。
俺はすぐに、里実さんにメッセージを送った。
『今日は楽しかったです!ありがとうございました』
『もしよければ、来月の土日で、またデートに行きませんか?』




