133_最上階の餌場
260617:123_ラビット・ファミリーに挿絵追加。普段の7割増し美化したイメージなのであしからず
―――カジノホテル・ベラシオン
―――東棟最上階スイートフロア
ベラシオン東棟最上階。そこに案内された俺たちは、支配人と数名のホテルスタッフに先導され、やたら豪華な廊下を歩いていた。
厚い絨毯に靴底が沈む。壁には本物なのか偽物なのか判断できない絵画が飾られ、間接照明が金色の縁取りを柔らかく照らしている。
窓の外にはデミエルの夜景。海沿いに並んだ高級ホテル群とカジノのネオンが、黒い水面に色付きの傷跡みたいに揺れていた。
正直、すごい。
すごいんだが、なんかこう、落ち着かない。
小市民根性が顔を出すと言えばいいのか、床の絨毯だけで俺の月給より高いんじゃないかと考え始めると足の置き場に困る。
「ぷぷ、珍しく緊張してるの面白い」
「うっせ、仕方ないだろ……こんな場所見たことも聞いたこともないんだからな」
「今こんなだと、部屋に着いた時が楽しみだね」
リタはそう言っているが、表情はいつも通りの無。けれど視線は壁や天井、廊下の奥、すれ違うスタッフの手元を順番に拾っている。
俺の隣を歩くリタの歩幅はいつもより少しだけ狭い。いつでも俺の前に出るか、後ろに引っ張れる位置取りだ。
そのさらに前では、エリーがウサギのぬいぐるみを抱えたままキョロキョロしている。
「見て見てオッキー、壁が光ってる!」
「嘘だろ!?」
「嘘だよ、壁は光らないよ」
笑顔から一転、何騙されてんだコイツって顔をしたエリーにちょっとイラッと来た。俺が怒ったのを察したのか、ぬいぐるみの前足を持って手を振ってくる。あざと可愛いなこんちくしょう。
というか、そのぬいぐるみはいつまで抱えているつもりなんだろうか。まあ、本人が気に入っているなら別にいいけど。
「部屋は広いかな?」
「最上階のスイートって言うんだから、狭いわけないだろ」
「じゃあ走れる?」
「走るなよ?」
「えー」
「いやマジで走るなよ? 迷惑だから」
先頭を歩く支配人が振り返って笑いかけてくる。ほら見ろ、裏で何と繋がっていようが、ホテルの支配人がそんなこと許すわけないだろ。
などと考えていると、先頭を歩いていた支配人が一つの扉の前で足を止めた。
「こちらでございます」
扉は両開きだった。
ただの扉なのに何故か威圧感がある。俺の中にある庶民センサーが警報を鳴らしている。これは高い、見ただけで分かる絶対に高いやつ。
支配人が認証端末に手をかざすと、扉の鍵が静かに外れた。解除音すら上品だ。軍の艦内扉みたいにガコンと開いてくれた方がよほど安心できる。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
扉が開く。
その向こうに広がっていたのは、部屋というより、ちょっとした家だった。
「うわぁ!」
「ほっほーう……これはまた、ええ部屋やなぁ」
真っ先にエリーが声を上げ、続いてハイデマリーが目を丸くする。
広いリビングに大きなソファ、人数分どころか全員が寝転んでも余りそうな長いテーブル。壁一面に近い大窓の向こうには、デミエルの海と歓楽街が広がっている。天井は高く、照明は柔らかい。白と金を基調にした内装は派手なのに下品じゃない。
テーブルの上には果物と酒、軽食が既に用意されていた。何も頼んでないのにこの準備の良さ、これが高級ホテルのスイートか。庶民感覚とのズレがヤバイ。
「なあ、ホンマにこれ全部タダなん?」
作戦通りとはいえ、あまりにもあまりにもな光景にハイデマリーの頬が引き攣っている。うんうん、俺も同じ気持ちだ。
「勿論です。先ほど申し上げました通り、皆様には当ホテルからの特別優待としてご提供させていただきます。ここからご滞在中――ひと月程度とお聞きしておりますが、その間当ホテルの施設、サービスは全て無料でご提供致します」
「はぇ~……タダより高いもんはないって言うけど、タダの高い部屋はええなぁ」
「マリー、言ってること滅茶苦茶だよ」
支配人は柔らかい笑みを崩さないまま部屋の説明を始めた。寝室がいくつ、バスルームがいくつ、専用バルコニーにはなんとプール付き、ルームサービス、専属スタッフの呼び出し、その他諸々。
途中から覚えられないと思った俺は半分聞き流した。軍のブリーフィングで敵機数と武装を言われた方がまだ入ってくるぞ。
『では室内設備の確認に行ってまいります。ミス・リターナ?』
「分かってる」
支配人の説明を遮らないように、リタとシズが部屋の中へ入っていく。
リタは壁や天井を見ながらゆっくり歩き、シズは時折立ち止まって周囲に視線を向ける。いや、視線を向けているように見えるだけで、たぶん俺たちが見ているものとは別のものを見ているのだろう。
アレンとエレンは窓際へ向かった。二人は並んで夜景を見下ろし、同じ角度で首を傾げている。
「これは見事ですね、エレン」
「ええ、アレン。人の欲望が光になっているようです」
「綺麗な表現に聞こえますが、内容は結構最低ですね」
「そうでしょうか。褒めていますよ?」
双子の会話は相変わらずどこかズレている。
でも本人たちが楽しそうならいいか。いや、楽しそうなのか? 顔が良いから全部それっぽく見えるだけかもしれない。
「オッキー! ベッドルーム見に行こう!」
「俺を誘うな。リタに怒られるだろ」
「何でリタが怒るのさ」
「え?」
「え?」
エリーが本気で首を傾げる。
あっやべ、素で……おいやめろ、その純粋な顔は俺に効く。俺が悪いみたいになるだろ。
「子供みたいにはしゃがない」
リタが戻ってきて、エリーの額を指で押した。
「むぅ、子供じゃないってば」
「じゃあ落ち着いて」
「大人はベッドで跳ねないの?」
「跳ねない」
「本当に?」
「……フフ」
「リタも自信ないじゃん!」
リタが少しだけ視線を逸らした。
いや逸らすなよ、意味深な視線をこっちに流して来るな。色々含んでるのは察するけど、この場では断言してくれ。
『特に問題ありませんでした、ミス・ハイデマリー』
奥からスキャンを終えたシズが戻ってきた。
「なら使えるってことやな」
ハイデマリーはソファへ飛び乗るように座った。
いや、飛び乗るな。支配人の口元が一瞬だけ動いたぞ。プロ根性で笑顔を維持しているが、たぶん内心では少し困っている。
「食事、飲み物、追加のご用命などございましたら、いつでもお申し付けください」
「ほな、とりあえずワインを赤と白の両方、何本か頼むわ。あと軽く摘まめるのも見繕って。うちの子ら、よう食べるんよ」
「かしこまりました」
「ほんで、その代金は~?」
「全て当ホテル負担でございます」
「最&高」
「マリー、顔が悪い」
「ぶほっ」
ニチャァと笑うハイデマリーへ送られたリタの渾身のツッコミに吹き出してしまった。くくっ、これは、確かに顔が悪い…!
「なんやりーさん、どっからどう見てもウチのツラはええやろ」
「黙って普通にしてればね?」
「うーん、最近のりーさんちょっと辛辣」
支配人は最後まで完璧な笑顔で頭を下げ、スタッフたちと共に部屋を出ていった。
扉が閉じ、鍵のかかる音が消えた所でハイデマリーが指を鳴らした。
「ほな現状把握といこか」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気が一変、ソファで浮かれていたハイデマリーの眼から笑いの色が消えた。さっきまで勝者気取りでふんぞり返っていた商会主が、俺たちを率いるボスのそれに切り替わる。
「シズ、部屋の支配権は?」
『限定的に取得済みです』
「限定的? 全部はあかんかったか」
『いえ、私の機能が足りないとかそういう意味ではなく。環境管理、照明、音声補助は介入可能。ホテル基幹システムへの深度侵入は痕跡が残るため、現時点では推奨しません』
「つまり?」
『ミスター・オキタの寝室を極寒にする程度ならすぐにでも可能です』
「それはやめとけ?」
「おん、なら十分や。りーさんはどうやった?」
「罠を張っているにしては綺麗すぎる。殺す気ならもっと雑でいい」
「監視する気なら?」
「露骨だし、足りない。これだと何の意味もなさない」
リタが窓の外を見た。その横顔は静かだが、目だけは細い。
「アレンとエレンはどうや? ここなら使えるか?」
腕のリングを外している双子を見ながら問いかけるハイデマリー。カジノの入口で双子とリタに付けられたリングだ。P.Pの使用を検知するだの、集中を乱すだの、そんな説明を受けた気がする。
「下ではこれ見よがしに光らせて使えないフリをしていましたが、どこでも使えますよ」
「私たちにしてみれば、集中を乱される程度です。拘束具と呼ぶには少々お粗末ですね」
何でもないように言う二人に、リタが少し顔を引き攣らせながら言う。
「能力を使おうとすると特殊な音波が発して、かなり集中力が削がれると思うのだけど……」
「ふふ、リターナ氏もまだまだ人間の域を出られていない、ということですよ」
いや、それはたぶん二人が規格外なだけ……。何でもないように言う二人にちょっと引いた俺とリタだった。
「……話を元に戻す。ここは檻じゃなくて餌場。たぶん、向こうもそのつもり」
「せやろな。こっちに食べさせて、太らせて、どう動くか見るつもりや」
「こっちも食べるんだろ?」
「もちろんや」
ハイデマリーは悪い笑みを浮かべた。その顔だけ見れば、800万クレジットの賞金首と言われても納得できる。
「ベラシオンはアナトミアの庭で、こっちは招かれた客。なら遠慮なく使わせてもらうだけや」
「招かれたというか、勝手に上がり込んで椅子に座ったんだよね」
「細かいこと言わんの。とにかく尻尾巻いて逃げるまでは各自、大胆かつ慎重に遊ぶようにしてや~」
そこまで言って、ハイデマリーはへにゃっとソファへ倒れ込んだ。
どうやらカジノでだいぶ無理をしていたようで、シズが甲斐甲斐しく世話をし始めた。
「なら、ワシは少し外すかの」
アンドーがふらりと立ち上がる。
全員の視線がアンドーに集まるが、本人はいつも通りのだらしない笑みを浮かべていた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ここはお前たちが居れば問題なかろう。大人には大人の付き合いというものがあってな」
「え? アンドーどっか行くの?」
「ちょいとホテル街のバーに行ってくる。美女との待ち合わせがあるんでな」
「うわぁ……」
エリーがウサギのぬいぐるみを抱き締めながら、露骨に嫌そうな顔をした。
「エリー。男にはな、夜景より綺麗なものを見に行く夜があるんだ」
「なに? オッキーはアンドーの肩を持つの? サイッテー」
「褒め言葉として受け取ろう。アンドー、ここは俺に任せて行ってこい」
「誰も褒めてないよ!」
アンドーは笑いながら上着を羽織る。
カジノで着ていたスーツは妙に似合っていた。普段は油と酒と猥談の匂いがする整備員なのに、こうして身なりを整えると、ただの遊び慣れた中年に見えるのがズルいよなぁ。
ただ、歩き出す前に一瞬だけアンドーの目が変わった。
ほんの一瞬だ、たぶんエリーは気付いていない。ハイデマリーも疲れてそれ所じゃなさそうだ。
「アンドー」
少し近づいて小声で話し掛ける。
「どうした?」
「……いや、何でもない。気を付けろよ?」
そう言うと、アンドーは少しだけ口角を上げた。
「歳を取るとな、遊びも仕事も似たような顔になる。お前さんもいつか分かるさ」
「なるほど、俺にはまだ使えない言い訳だ」
「ひとつ勉強になったな、ルーキー」
俺はため息を吐いた。追いかけるべきか、一瞬だけ考える。
けど、やめた。
アンドーが何も言わないなら、今は聞かない方がいい。普段こそ適当だが、本当に必要な時はちゃんと言う。そういう奴だ。少なくとも、俺たちを売るような男じゃない。
それに俺が背中を見て違和感を覚えたなら、アンドーも俺が気付いたことくらい分かっているはずだ。
「朝までに帰れよ。年寄りはそれほど長くもたないだろうけど」
「ワシを何だと思っとる」
「言っていいのか?」
「やめとけ、おぼこなエリーの耳が腐る」
「もう手遅れだよ!」
エリーが叫ぶ。
アンドーは愉快そうに肩を揺らし、扉へ向かった。
『ミスター・アンドー、位置情報は共有状態を維持します』
「おう。覗きは勘弁してくれよ?」
『必要と判断した場合は行います』
「世知辛い……」
アンドーは最後にひらひらと手を振った。
「じゃあな。若い衆は羽目を外しすぎんように早く寝ろよ」
「それをアンドーが言う?」
「説得力というものが迷子ですね」
「迷子どころか家出では?」
アレンとエレンが揃って首を傾げる。アンドーは笑いながら扉の向こうへ消えた。
何をしに行ったのかは分からないが、ただ会いに行くだけじゃないんだろう。本当に遊びに行った可能性も……まあ、それもなくはないか。
「よし、じゃあルームサービスが来たらそれ食べて寝るか。まずは部屋割り決めようぜ」
「じゃあオキタと同じ部屋で」
「!? じゃあボクも!!」
無理。
今回は閑話、次回はがっつりアンドー回です




