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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
132/143

129_《左目》は賭博場にて兎を見る①


 アナトミアの行動指針が決まり、ルシアンは通信を切った。

 まだ通信を繋げているベルナルドに声を掛け、ベラシオンのV.I.Pルームを出る。そのままエレベータで別の階層、このホテルの持ち主であるベルナルドから借り受けている別のV.I.Pルームへと移る。


 デミエルの夜は醒める気配もなく瞬いている。夜が更ければリゾート惑星といえども、混沌とするエリュシオンに相応しい姿を表に見せ始める。酒、金、女、賭け事。眠りという概念を、街そのものが欲望で染め上げていく。


 デミエル滞在中の仮宿として使っている部屋の中。ルシアン・オクルスは、椅子の背にもたれながら端末を操作する。

 テーブル上に浮かぶラビット商会のデータ。競馬場で僅かに確認した人物と、データ上の人物像を己の中で合算していく。


「アニキ、至急お伝えしておきたいことが」


 控えていた部下の一人が、低い声で呼んだ。


「何だ」


 ルシアンは顔を上げず、続きを促す。


「監視班より報告です。該当対象をベラシオンの監視カメラで確認しました」


「該当対象?」


「ラビット商会です」


 その一言で、ルシアンは持たれていた椅子を座り直し、端末で見ていた情報を全て消した。


 代わりに、ベラシオン一階カジノフロアの監視映像がいくつも展開される。

 赤と金を基調にした絨毯、星屑のように煌めくシャンデリア。ディーラーが卓上でカードを切り、スロットの電子音と客の笑い声が絶えない空間。


 その喧騒の一角にラビット商会の面々はいた。

 ルシアンは昼間に競馬場で見た面々と監視カメラに映っている人数、人相が一致することを確認した。つい先程議題に上がっていた面子が、呼びもしないのに自分たちの領域に足を踏み入れている。このような偶然も起こるのだなと、ルシアンは独り言ちた。



 監視カメラの先では、先頭に立つハイデマリーがカジノフロアを堂々と見渡していた。初めて踏み込んだ場所のはずなのに、まるで自分の庭へ戻ってきたような顔をしている。

 その背後には、何故かマフィアのような恰好をしているラビット商会の面々。

 ドレスコード必須とはいえ、何故カジノに遊びに来たマフィアボスの護衛のような恰好をしているのか。自身の常識から少し外れたラビット商会の挙動に、ルシアンは何時になく頭を捻った。


「コントロールルーム、ルシアン・オルクスだ。ホールの指向性集音マイクをホール入口で立っている集団へ向けろ、会話の内容が知りたい」


 それだけ指示し、ルシアンは耳に通信用のインカムを取り付けた。

 そのままの足で部屋を出てエレベーターホールを目指す。行き先はカジノ地下、監視カメラ映像や従業員に司令を出すコントロールルームだ。


『オッキー見て見て! 床まで光ってるよ!』


『なんていうか……凄い場所だな。確かにこんな場所ならドレスコードが必要になるか。お前は気後れしないのか?』


『そりゃちょっとは構えちゃうけど、でも楽しそうな場所だし!』


『楽しいだけで済めばいいんだけどな』


『勝てばいいんだよ勝てば!』


『そりゃそうだ』




「何か意図があっての訪問かと思ったが、そうではなさそうだな」


 オキタとエリー、二人の会話を聞き流しながらルシアンはコントロールルームへと入る。

 ベラシオンのオーナー、ベルナルドではなく、《左目》統括の登場にコントロールルームは騒めき立つも、義眼を鈍く光らせるルシアンにコントロールルームは落ち着きを取り戻す。


「各員状況は把握しているな? これよりコントロールルームはラビット商会への対応を最優先とする。

 指向性集音マイクはラビット商会へ向けろ、会話は全て拾え。

 監視カメラ、専用モードに切り替えろ。ひとりにつき1台は絶対に捉えるようにしろ」


「承知しました」


「ホールの従業員に通達、これよりホストシフトへ移行する。ただし、こちら側の行動は悟らせるな。あくまでも自然に誘導することを心掛けろ―――おい、支配人は?」


「急ぎこちらへ向かっています。接触させますか?」


「させるな。そのままこちら向かわせろ」


 態勢が整い始めたところで、ルシアンは漸く監視カメラの映像に注視できるようになった。


 画面の中では、オキタは面倒そうに振舞いながらもエリーの歩幅に合わせている。

 純粋に遊びに来たエリーを危なっかしく見ているだけの眼つき。だが、その視線が時折周囲を見回していることにルシアンは気付いていた。


 ディーラー、監視カメラと非常口の位置。警備員の配置状況に、上階へ向かうエレベーターの場所。同行者の距離。

 遊びに来た客の顔をしていても、骨の奥には軍人が残っている。やり易いなと、ルシアンはオキタへの評価を一段階下げた。



 その後方にはエレンとアレンが並んで歩いている。

 よく似た顔立ちの双子の兄弟。ベルナルドが執着しているエルフではあるが、こちらはターゲットではない。


 二人の手首には、P.Pの使用に反応するリングが嵌められていた。リタの手にも同じリングが嵌められてある。

 これはカジノというクレジットを賭ける場所で、不正行為をした場合に分かりやすく知らせるための処置だった。天然のP.Pホルダーである双子と、後天的にP.Pに近い能力を持つリタには入口検査で漏れなく処置対象となったのだった。


 エレンとアレンが指先でリングを触る。リタは表情を動かさず、リングの位置だけをわずかに直した。

 その際に三つの光が僅かに漏れ出たのを、ルシアンは見逃さなかった。


「リングの反応は?」


 部下が端末を操作すると、コントロールルームのモニターにリングの発光光度と波形が表示される。


「三名とも低出力状態です。反応はありますが、周辺干渉は成立していません」


「やはりな」


 ルシアンは薄く目を細めた。


 アナトミアの手が入っているとはいえ、カジノホテル=ベラシオンは客に夢を見せる施設だ。一般人ならともかく、夢を覗く客まで歓迎するほどアナトミアは善良ではない。

 フロア全体に仕込まれた特殊な遮断壁と遮断波が能力を鈍らせている。加えてディーラーと警備員も思考を消すのではなく、必要な情報を読ませない訓練を受けている。 リングを持った者が近づいた際には無関係の感情を全面に出させ、必要としている情報を掴ませない。アナログだが、案外これが最適解だったりもする。



 映像の中で、エレンがわずかに眉をひそめた。アレンが困った顔を向け、二人してどうしたものかとリアクションをしている。


 それはリタも同じだった。

 表情は崩していない。だが、その立ち位置が変わった。


「やはりな。このリタという女は、オキタと違い対人スキルも持ち合わせている」


 リタがエリーとハイデマリーの間から半歩前へ出る。そしてオキタを一瞥し、アイコンタクトを受けたオキタがさりげなく一行の横へ流れた。裏側から守れないのなら見せ札となることを厭わない行為に、ルシアンはリタへの評価を上げた。


「悪くないが、それだけだな」


 元軍人のオキタ。そして、対人であればオキタより厄介になり得るリタ。二人が見える場所にいるだけで、質の悪い客は距離を測るだろう。一目で面倒な連中だと分かるからだ。



「それよりもこの男だ、一行の中でこいつだけが読めん」


 ルシアンはラビット商会のメンバーを思い出す。

 名はアンドー。得た情報によると()()()()()()()()()()が、それにしては動きが自然過ぎる。


 あからさまな威圧も鋭い視線もない。勿論武器へ手を伸ばす素振りもない。端末でゲームのルールを確認しながら、時折エレンとアレンに遊び方を説明している。


 だが、その立ち位置が絶妙だった。


 エリーが前へ跳ねれば、その斜め後ろ。

 ハイデマリーが勝手に歩けば退路側へ。

 リタが正面へ立てば、彼は視界の外側へ沈む。

 エレンとアレンがリングを気にすれば、二人の肩越しに周囲の手元だけを見ている。


「面白いな」


「オキタではなくアンドーが、ですか?」


 部下がルシアンへ問う。


「オキタとリタは分かりやすい。あれは相手に見せるための行動だ」


 映像の中で、アンドーがカジノスタッフの一人とすれ違う。当然何も起きないが、アンドーの歩幅が半歩遅れるのをルシアンは見逃さなかった。

 遠目の監視カメラでは詳細を確認できないが、何かしらの意図を持った行動だと推測できる。腰の通信端末の位置、スタッフの顔の確認など、挙げればきりがない。


「本当に注意すべきなのは、ああいう奴のことを言う」


「ただの整備員ではないのですか?」


「さあな、少なくとも俺の眼にはそう見えん」


 その時、ルシアンは懐に入れていた通信端末のバイブレーションに気が付いた。

 発信者の名はベルナルド。何のために連絡を入れて来たか想像に容易かったルシアンは、一瞬だけ眉間に皺を寄せて通信を繋いだ。


「何だ。幹部会で言い忘れたことでもあるのか?」


 立体映像が立ち上がると、僅かに上気しているベルナルドの顔が現れた。


『ルシアン、いい報せというのには鮮度が命だろう?』


 ベルナルドは笑っていたが、それは機嫌のいい商人の笑みではない。欲しかった物を見つけた子供の顔に近かった。


『来ているんだろう?』


「何がだ」


『おいおい、ここは僕のホテルだよぉ? 彼女たちがベラシオンに入ったことくらい、僕の耳にも届いてるよぉ』


 ルシアンは舌打ちと共にコントロールルームを一瞥した。その場にいた者たちは即座に首を横に振る。


『エリーちゃん。いや、正確にはラビット商会の小さな看板娘、と言った方がいいかなぁ?』


「お前は動くな」


 反論は許さない、その意図が込められたルシアンの声は冷たかった。

 けれども、ベルナルドは楽しそうに目を細めるだけだった。


『まだ何も言っていないよぉ』


「言わなくても分かる。今はまだ、お前からの接触を禁じる」


『極上の獲物が目の前にいるのにお預けなんて酷いなぁ。僕はただ直接見ておきたいだけなんだよぉ? 映像じゃ質感が分からないじゃないかぁ』


 ねっとりとしたベルナルドの声に部屋の空気が濁る。ルシアンの部下たちは表情を動かさないが、その沈黙には如何ともしがたい温度があった。


 ベルナルドはそんなこと気にもせず話を続ける


『リタちゃんも悪くない。硬い殻の下にどんな柔らかい部分を隠しているのか気になるねぇ。ハイデマリーちゃんは想像通りかなぁ。ああいう子はね、傷を付ける場所を間違えなければとてもよく鳴るんだぁ』


『けれど、エリーちゃんは別格だよぉ。画像だけじゃ分からなかったけど、こうして動いている姿を見ると……ふふ、駄目、駄目だよねぇ』


「ベルナルド」


 ルシアンは名を呼んだ。

 それはとても静かな声だった。それだけに、部屋の空気が完全に止まった。


「お前の趣味に付き合う気はない。勝手に顔を出せば、その時点で計画から外す」


『僕の庭で、それは横暴じゃないかなぁ?』


「横暴なのはお前の欲だ。もう一度言う、お前はまだ動くな。

 これは警告ではない。実働部隊からの命令だ」


 ベルナルドは一目で見て分かる不機嫌な顔を浮かべた。


『じゃあどうしろと? 目の前に餌が来ているのに、匂いだけ嗅いで帰れとでも言うのかい?』


「そうは言っていない。連中には此処に長く居たいと思って貰う」


 ルシアンは監視映像へ視線を戻した。そこでは、エリーがスロットマシンを指差している。


『ボクこれやりたい!』


『スロットォ? 機械任せは操作し放題だから止めとけって』


『やるの! オッキーはちょっと待ってて!』


 横にいるオキタは呆れた様子で、スロットマシンに座るエリーを眺めている―――が、クレジットをコインに交換していなかったからか、すぐさま席を立ってフロントへ向かって歩き出した。


『ふぅん? じゃあ君の案を聞こうじゃないか』


 ルシアンは数秒、沈黙した。

 その間にラビット商会一行が両替カウンターへ向かっている。アンドーを一瞥し、やはり計算された立ち位置を取っていることを確認した。


「連中をある程度勝たせ、《右腕》が来るまでこのホテルに釘付けにする」


『ほう』


 ベルナルドの笑みが別の形に変わった。


「派手には勝たせない。警戒されるほどではなく、偶然に見える範囲で勝たせる。数ゲーム、流れが向いていると思わせる程度でいい。その後で、ホテル側から声をかける」


『内容は?』


「カジノ側の特別優待でいい。上客候補への招待、もしくは場を盛り上げた礼。理由はいくらでも作れる。連中にはベラシオンのスイートを無料提供する」


 部下の一人が、素早く端末へ指を走らせた。

 利用可能な部屋、導線、警備網、監視範囲が一覧化される。


「奴らはデミエル・リゾートの小島を拠点にしている。あそこは距離がある上に、船と装備が揃っている。《右腕》とはいえ洋上から上陸し、対象だけを拉致するのは難しいだろう。連中が最大限に戦闘力を発揮できるのがTSFを使った戦闘なら、それ自体を封じ込んでしまえばいい」


『ベラシオンに置けば、僕たちの掌の上か』


「少なくとも、本島での拠点にできれば行動を制限できる。対象の拉致とオキタの戦闘記録は同時にとる必要も無い、削れるところから削ればいい」


『なるほど。小島の巣穴から、こちらの鳥籠へ移すわけだねぇ』


 ベルナルドの声に湿った愉悦が混じったが、ルシアンはそれを無視した。


「ただし鳥籠と思わせるつもりはない。豪華な宿に便利な足場を偶然手に入れた幸運、そう思わせる」


『そして僕は?』


「出るな」


『僕はぁ?』


「出るなと言った」


 ベルナルドは唇を尖らせるように笑った。


『一目だけでも?』


「駄目だ」


『遠くからなら?』


「駄目だ」


『変装は得意だよぉ』


「余計に駄目だ」


 通信越しで睨みあう二人の間には、しばらくの沈黙があった。

 ベルナルドは不満そうに息を吐いたが、諦めた顔ではなかった。欲望が人の形をして椅子に座っているような男だ。言葉で止めても、勝手に動こうとするのをルシアンは知っている。


『ルシアン。僕はね、彼女たちを壊したいわけではないんだ』


「嘘を吐くな」


 ベルナルドは笑った。怒ってはいない。むしろ、その拒絶すら楽しんでいる。


『仕方ないねぇ、今夜は君の盤面に従うとするよ。ただし映像は回して欲しいな。なるべく鮮明に、特にエリーちゃんの表情が見える角度で』


「監視記録は共有しない」


『ルシアン……』


「共有しない」


 今度はベルナルドの目が、わずかに細くなる。


「お前に餌をやると、勝手に檻を開ける。だからやらない」


『……つれないねえ』


「必要な情報だけは渡す。それ以上を求めるなら《脳》に話を通せ」


 その名を出した瞬間、ベルナルドの表情から薄い遊びが消えた。


『分かった、君に任せるとするよぉ』


「なら切るぞ」


『最後にひとつ』


「何だ」


『エリーちゃんが笑ったら、教えてくれないかい?』


 ルシアンは無言で通信を切った。その後、頭を押さえながら短く息を吐いた。


「悪趣味な男だ」


 その場にいる誰も答えなかった。

 何故なら、部屋にいる全員が同じことを思っていたから。



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