124_レッドギルド=アナトミア《右腕》
本章の敵役たちのターンです。
明日も12:30更新
―――エリュシオン銀河系 暗黒星雲内 未踏破地点
―――レッドギルド=アナトミア《右腕》本拠地ステーション
―――《右腕》統括 ヴェスナ・ブラキウム
「ふんふんふ~ん」
線の細い体躯に跳ねた黒い長髪、真紅のシャツの上から白衣を纏った女性―――ヴェスナ・ブラキウムは、鼻歌交じりに薄暗い廊下を歩く。
「たららったら~」
目を細め、唇の端を上げて薄い笑顔を浮かべる彼女の正体は、巨大レッドギルド、アナトミアを構成する”器官”の一つ。暴力や制圧・報復を担当する荒くれ組織、《右腕》を束ねる存在だ。
そんな彼女が歩くこの場所は《右腕》が本拠地としている宇宙ステーション、名前をカーテリゼーションという。
《右腕》は大胆にも、元は帝国軍が使用していた軍事ステーションを復旧し、エリュシオン銀河系の暗黒星雲内まで移動させて使用している。
濃いガスや塵に覆われた暗黒星雲に拠点を構えることで、カーテリゼーションは外部からのレーダーや光学観測、熱源による探査が効かず、帝国軍による追跡を断っている。正にレッドギルドにとって最高の隠れ家だ。
カーテリゼーションの一室。広めに設けられた独房に、ヴェスナは足を運んでいた。
目的は、つい最近捕えた戦利品たちの様子を確認するためだった。
「やあやあ諸君、調子はどうだい?」
独房への扉を開けた先には、十数人の捕虜が地面に座っていた。拘束はされておらず、独房と言うには似つかわない食事まで用意されていたが、誰もそれに手を付けていなかった。
「おや? 誰も食事に手を出していないじゃないか」
それに気付いたヴェスナは地面に置かれたトレー、その上にあるパンを一つ掴んで千切り、口の中へと運んだ。それを見た捕虜―――全員男性―――たちは、表情を歪めて顔を逸らした。
「思うに、君たちは好き嫌いが激しいタイプなのかな? 好き嫌いはダメだ。フードプリンターが発明されて以降、私たち人間は栄養補給という名の食欲を満たすため、そこいらの岩すら食べて来たのだからな。先人の知恵を馬鹿にしてはいけないよ」
聞き分けのない生徒を相手にする先生のように、ヴェスナはパンを齧りながら独房内を歩く。ひとりの捕虜の手前で止まってパンを差し出すが、彼もまた顔を逸らしてしまった。
「むぅ、諸君らも頑なだな。もうこれで何日目だ?
そんなに嫌かい? ついさっきまで生きていた、活きの良い食料を使ったタンパク質の塊だぞぅ?」
言って、手に持ったパンを全てのみ込んだ。
「見た目はただのパンじゃないか。まあ、私の部下が出したタンパク質が塗りたくられたモノが素材だが。……おや? とすれば、このパンは質の悪いジャンク品かな? 何せ頭が空っぽな連中のタネ混じりなのだからな! はーーーっはっはっは!!」
「このっ、気狂いどもが……! 貴様らに人の気持ちが分かってたまるか!!」
それを見た捕虜の一人が、震えながらヴェスナに飛び掛かった。
彼女は飛び掛かって来た男の腕を掴んで捻り上げ、袖の下に隠してあったナイフを首元へと当てた。
「元気があってよろしい。けど今は動かない方がいいぞ? 総頚動脈は案外脆いし、声帯を切ると後の会話が面倒なのでね」
男の喉が鳴る。いつでも頸動脈を切り裂ける位置にナイフを這わせながら、ヴェスナは皮膚の感触を楽しむように、しかし皮膚には傷を付けないようにナイフの角度を変えながら微笑んだ。
「フフ、殺しはしないさ。エリオット君は買い手が見つかっているからね」
ひとしきり男の反応を楽しんだヴェスナは、尻もちをつくように倒れた男、エリオットを離した。
「さて、諸君らには困らせられたものだ。君たちは買い手が付いている優良品、出荷までの商品管理は私たちの仕事だ。
だがねぇ、君たちは食事もしないし、このままでは私が同業に文句を言われる所だが―――」
コツコツと、再び独房を闊歩するヴェスナ。その顔には薄気味悪い笑顔が張り付いている。
「生憎と、君たちみたいなのはごまんと見て来た。と言うか、揃いも揃って全員同じ反応だね? そろそろ違うパターンを用意してくれたら嬉しいのだが、ね!」
「うぐ!?」
ヴェスナは薄笑いを浮かべながら、エリオットの股間を踏みつけた。
「さあ、今日も今日とてご褒美の時間だよ」
そう言って、ヴェスナは部屋に備え付けられている大画面のモニターに電源を入れた。
そこに映っているのは、言葉にするには悍ましい光景。
『ははは! ションベン垂らしてねぇでもっと腰振れよ!!』
『―――ッ! ―――!?!?』
『ああ!? 聞こえねぇよクソアマ!』
『男共の飯に加工されたくなかったらもっと媚びてみろや!!』
『ッ―――! ―――!!!』
捕虜となった男たちと同じ船、もしくはそれよりも前から捉えられていた女性が嬲られている光景だった。画面の向こう側で流れる光景に、何時も通りでよろしいとヴェスナは首を縦に振った。
「どうだい? 女のいない空間で、この嬌声を聞かされる気分は? ―――ああ、皆まで言わなくていいさ。そのオッ立てたイチモツを見れば分かる」
踏んでいる股間を足裏で確かめながら、ヴェスナはエリオットに微笑みかけた。
彼らがここに閉じ込められて1週間以上。極限の状況に置かれている捕虜たちは、それぞれが人として超えてはならないライン、その限界を迎え始めていた。
そんな彼らの限界を、今までの経験から手に取る様に理解しているヴェスナは優しく彼らに語り掛ける。
「……君たちも参加してみないかい?」
「は……?」
エリオットは最初、ヴェスナが何を言っているのか理解できなかった。
彼がそれを理解できたのは、ヴェスナがにやにやと笑みを浮かべ、足の位置と角度を変え始めてからだった。
「……っや、やるわけないに決まってるだろ! 彼女たちは仲間なんだぞ!?」
怒鳴るエリオットにヴェスナは気をよくした。何故なら、返答前にエリオットの喉が鳴ったのを見逃さなかったからだ。
ヴェスナは更に笑みを深めて追い立てる。
「嫌? おいおい、私はチャンスをやってるんだぜ? それも人生最後のチャンスだ」
「君らはこれから人間以下の存在になる。そうなる前に、仲間だった女を抱くチャンスを与えてやろうとしているんだぜ」
「提案は今回だけ、今を逃がしたらもう二度としない。そのチャンスを掴むために何をすればいいか分かるよな?」
「喰え」
睨みつけるヴェスナの眼光に、エリオットの呼吸が浅くなっていく。
はっ、はっ、はっ……。喉は乾き、腹の奥はとうに空っぽ。数日振りに胃が動く感覚を覚えている。
浅い呼吸を繰り返し、震える目で地面に転がるパンを見るエリオット。空腹を耐えて来たエリオットには、それはとても柔らかそうに見えた。
そう見えた瞬間、エリオットは自分でも信じられないほど鮮明に、その味を想像してしまった。
「……っ」
腹が鳴った。しまったと思った時にはもう遅かった。
ヴェスナの口元が、にたりと歪む。
違う、これは違うのだとエリオットは頭を振る。
これは仲間だ、仲間だった。このパンも、スープも、肉も、全部人間だ。喰えば終わる。喰った瞬間、自分はもう元には戻れない。
それなのに。
脳裏に浮かぶのは倫理観ではなく、目の前の食事。船の仲間と笑い合った記憶を、空腹が思い出と思考を削り取っていく。
人としての尊厳、仲間を裏切る行為、これから自分を待つ運命。
それら全てを押し潰すほどに、エリオットは腹が減っていた。
そして極限の環境の中でエリオットは―――
「どうせもう終わりなら、最後くらい……っ!」
―――パンを掴むことを選んだ。
脳裏に、船の食堂で笑っていた女性乗組員の顔が浮かぶ。
直後、その顔がスープの中へ沈んだ。
箍が外れたように、エリオットは口元に食事を運んでいった。
「よしよし、喰ったな。……おいおい、泣きながら喰うなよ。笑えよ、ほら! こう笑うんだよ! ほらぁ!!」
次々と、涙を流しながら食事を始める捕虜たち。地面に顔を近づけ、むしゃぶりつくように食べ始めたエリオットの顔面を、ヴェスナは笑えと蹴飛ばした。
口の中から咀嚼された食べカスが地面に付着する。それを畜生のように舐めとる様に、ヴェスナは笑顔を浮かべながら頷いた。
「よーし、全員喰ったな? イェルド君、彼らを女性陣の独房まで案内したまえ」
『頭、ネウラです。イェルドの馬鹿は独房で腰振ってる最中なので来れないですね』
「なにぃ? アイツ昨日も気持ちよくなりに行ってたらしいじゃないか。……よし決めた、アイツは1週間禁欲だ!」
『マジですか頭、襲われても知りませんよ』
「アイツもそこまで馬鹿じゃないさ。ではネウラ、君が部下を下がらせたまえ。面倒ならガスを使ってもいい。……ほったらかしにしてすまないね、案内しよう」
捕虜が自由に動き回れるように独房の扉を開け放つが、もう誰も逃げようとはしていなかった。全員俯いて顔を伏せているが、その表情に狂気が混じっていることをヴェスナは見逃さなかった。
「私は見届け人だからね、君らと一緒に楽しむことが出来ないのだよ。君たちも私の相手は嫌だろう?」
そんな彼らに振り返るヴェスナは、同じように狂気を含んでいた。
「だから共犯者諸君は私の代わりに、人生最後の時間を楽しんできたまえ。私は次のお仕事の時間だからね」
そう言い、端末の時間を確認する。
レッドギルド=アナトミアの幹部定例会まで残り5分といったところだった。
「―――フフ、やはり空腹は優秀だな。七日も経つと、だいたい同じ顔をする。性欲、空腹、恐怖。やはりこの三つは反応が早くてイイ。知性や理性より、ずぅっと素直だ」




