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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
125/151

122_接触未満


 スーツを受け取るのは今夜、ということで一度店を出た。


 時刻は昼を少し過ぎたところ。通りに出ると、来たばかりの頃と空気が少し違っていた。どこにそれだけの人が居たのかと思うが、ハイブランドが犇めく繁華街の通りには、クレジットと暇を持て余した派手な見た目の観光客が増えている。


 俺たちはそんな観光客を横目に、海が見える個洒落た喫茶店のテラス席に座った。

 店員にお勧めを聞いた所、食事は海鮮物を挟んだパンとケバブ、飲物はエリュシオン銀河系が生産地の『オプーナ』と呼ばれる飲料が売れ筋らしい。

 軽食は画像を見る限り、バルック・エクメーイやドネル・ケバブのようなものだった。オプーナは中央のホテルでエリーが飲んでいたオプーナ=グリーンのように、何かをオプーナで割るのが主流だそう。


 昨晩から胃袋が限界突破している俺たちには少し物足りないが、腹の足しには丁度いい量だ。食べ終えた頃にはスーツ選びの堅苦しい雰囲気から解放され、漸くひと息つくことが出来た。


「―――あ゛~、やっと一息つけたわ。

 ほんで、次どないする? 夜まで暇やけど、このまま来た道下りながら繁華街方面でショッピングでもするか?」


『優良店のデータは既に準備してあります』


 ハイデマリーとシズが端末を弄りながら問い掛けて来る。ホログラムに店舗情報が表示されるが、リゾートだからといって目新しいものは少ない。リゾートは何処も似たり寄ったり、とエリーが言っていた意味がよく分かる。


「買い物もしたいけど、ここでしか出来ないことをやりたいよね」


「なら海に行くか? 船を借りてクルージングとか」


「本島のゴルフコースを巡るのはどうでしょう?」


「ドレスコードのいらないカジノもありますね」


「クレジットは控えておきたい。夜に大きく賭けたい気持ちがある」


「オキたんのお陰で出費も抑えられたしな。ほな外歩きか?」


「俺はそのクレジットを補填したいんだが」


「身から出た錆」


「変態アプローチ反対」


「世が世ならドスケベ陳列罪で逮捕やで」


「そろそろ許してくれたっていいじゃないか」


 なんで俺だけ責められるんだよ。アンドーはどうした、アンドーは。

 あーでもないこーでもないとやり取りをしていると、端末で島の観光地を探していた双子が口を開いた。


「近隣に競馬施設があります。如何でしょうか? ここは一つ、カジノの前にひと勝負など」


「馬を見る機会はそうありませんし、旧態依然の文化を学ぶいい機会ですね。競馬場グルメには比較的安価で美味しいものもあるようですよ」


「クレジットを賭けるとこで高いもの売っても意味ないだろうしね」


「俺は賛成。さっき払ったクレジットが戻って来るかもしれないし」


「文化を感じるのも旅の醍醐味っちゃそうやな。他なんか意見あるか? ……決まりやな。ほな行こか」


 こうして俺たちは、デミエル本島の競馬場へと足を運ぶことになった。


 登って来た坂道を車で下り、繁華街から歓楽街へ向かう途中。自然を切り開かれて出来た大きなスタジアム、競馬場があった。

 中に入ってみると、とにかく広い。コロニーの緑地整備で用意されている人工施設とはスケールが違う。楕円形に広がるコース、その中心に敷き詰められた芝はやたらと青く、整っている。スタンドは段になっていて、上に行くほど席の質が良くなるのが一目で分かる構造だ。

 もう何レースかやっているのだろう、スタンドからは歓声や罵声がとんでいる。


「いひひ、クレジットが跳ぶ音が聞こえよるわ」


「うわ、悪い顔」


「いいですね、この雑多な感じ」


「なんだアレン、お前さんこういうのが好きなのか」


「お祭りみたいで良くありませんか?」


 アレンが楽しそうに周囲を見回す。ハイデマリーじゃないが、確かに罵声の音量のデカさでどれだけクレジットが跳んで行ったか想像がしやすい。


「それで? 皆は賭けるの?」


「そのために来たんだし、みんな賭けようよ!」


 じっとコースを眺めていたリタの問いかけに、エリーが同意した。馬を目で追っているのか、風で揺れる髪を押さえながら視線は外さない。

 馬の様子を見て何か分かるのだろうか? そう思って見ていると、リタは薄く笑って顔を伏せた。何だこいつ、怪しい……。


「ヨシ、とりあえず賭けるとするか」


「あ! あそこのボックス席空いてるよ! ボク席取ってくる!」


 スタンドの上、ボックス席になっている場所に向かって、エリーが駆け出して行った。


「あ、ちょいエリー……あーあ、行ってしもた。まあええか、ウチらも行こか」


 エリーの後について行く皆を先に行かせ、最後尾を歩いていたリタの肩を掴んで顔を寄せる。怪訝な顔を浮かべるリタに向かい、俺は朗らかな笑顔を浮かべて肩を組み、耳元でこう囁いた。


「リタ、何か気付いたんだろ?」


「……何かって?」


「馬の選び方とか。一人で笑ってただろ?」


「………………さあ?」


 ビンゴ、珍しく目を泳がせている。洞察力が鋭いリタだ、普通じゃ気付かないことに勘付いて居る可能性がある。例えば筋肉の付き方とか、歩き方とか。


「離して欲しい」


「俺は話して欲しいなぁ」


「うぇぇ」


 リタにダル絡みしながらスタンドを上へと登っていく。


「失礼、ここから先は限られたお客様しか入場できません」


「ん? ああ、そういうこと。はい、滞在パス」


「―――ご協力ありがとうございます。どうぞ、デミエルをお楽しみください」


「あんがとさん。後ろのモンもウチと同じやから」


 スタンド途中に設けられたゲートで、警備の黒服たちにデミエルの滞在パスを見せる必要があった。

 上層と下層を分けているようだ。こんな場所でも身分、俺たちの場合は滞在プランだが、使っているクレジットの額で扱いが変わるらしい。

 ゲートを潜り階段を上がるにつれて、音の質が変わっていくのが分かる。

 客層が違うんだ。下層のざらついた喧騒が、上に行くほど均されていく。歓声は同じでも、そこに混ざるノイズが違う。怒号が減り、代わりに笑いと、抑えた舌打ちが混じるようになる。用意されている席と客層が、そのまま感情の出し方に出ている。


「マリー! こっちこっち!」


 そんなことをぼんやり考えながら登ると、エリーが大きく腕を振っている姿が見えた。


「あのアホ、目立ちよってからに……」


 ハイデマリーが頭を抱えた。それも仕方がない。エリーのやつ、悪目立ちしてるのに気付いてない。ただでさえエルフは珍しいのに、ややこしい連中に目を付けられたらどうするつもりだ。


「イタっ、何でデコピンされなきゃならないの!?」


「ドアホ。ま、勝手に行かせたウチのせいやから許したる」


 ハイデマリーも同じことを考えていたようだが、過ぎたことを言っても仕方がない。確保した席に着いた。屋外とはいえ最上段、ボックス席だ。周囲にいる身形の整った客からの視界を無視しながら腰を下ろすと、下層では見られない光景が視界に広がった。

 コース全体が一望できる位置だ。抜けて来る風には芝の匂いと、熱気と、どこか金属めいて乾いた匂いが混ざっている。いい席だ、観るには申し分ない。


「へえ、エエ場所やん」


「でしょでしょ? チケット見せたら、黒服のおじさんが案内してくれたんだ~」


 満足気に頷くハイデマリーと無邪気に笑うエリー。確かにこの席は良い場所だ。


 見晴らしのいい場所だからこそ、混じり気が感じられる。

 俺がまだ帝国軍に居た頃。エリーの世話係をやらされていた時に、馴染みのない傭兵たちから向けられていた嫌な感じに似た感覚が背筋を上がって来る。


 厄介だな。こういうのは、俺の苦手分野なんだが。


 生身でB.M.IやP.Pの真似が出来るほど俺は人間が出来ちゃいないが……息を整えて周囲に気を配る。ざらつく何かは戦場で感じるノイズに似ている。輪郭のない何か、景色に一つ紛れている感覚を追う。


 ……見つけた。左前方、ボックス席。


 視線は向けない。俺が気付けたということは、相手側が気付いていても可笑しくない。とにかく相手に悟られないよう、投票用ホログラムを浮かべながらアンドーの横に立つ。馬柱を開いている横に、小さくチャット欄を開いてコメントを打ち込んでいく。


”アンドー”

「この買い方、どう思う?」


”気付いたか? 左前方、三段下の3人席だ。まだ見るなよ、悟られる”

「ワイドだぁ? あと1頭当てりゃいいんだから、3連複にしとけよ坊ちゃん」


 流石アンドー、やっぱり気付いているか。


”護衛は見えるだけで複数、素人じゃない”

「まあいいか、お前の好きに買いな」


 アンドーの合図で極力意識を載せないよう注意しながら、視線を滑らせる。


 ―――アレか。


 V.I.Pは男性が三人、護衛は見えるだけで複数。服装は至って普通、浮いているようには見えない。―――と、護衛の視線がこちらを捉える前に視線を戻さないとマズイ。


 けど、どういう連中だ? 俺と同じようにアロハを着込んでいるが、ここはデミエルの中でも上客だけが来れる場所のはずだろ? 上流階級のお忍びと考えるには、男だけってのが違和感だ。


「オキタ、3-5の馬単がおススメ」

”護衛は恰好だけの素人じゃない。立ち姿の重心、力の抜き方が違う”


「ほう、リタは馬単か。ワシは単勝1発勝負だ」

”リタはともかく、オキタはあまり見るなよ。お前さんのソレは拙い”


「俺はとにかく当たればいいかな」

”悪かったな、下手くそで。どういう連中なんだ?”


 舌打ちを飲み込む。確かに、こういう測り合いは得意じゃない。


「なら馬単。私を信じるべき」

”それは後で。向こうからの意識が無くなった、これ以上は控えるべき。……”


「リタを信じるか、自分を信じるか。いや、ここはリタを信じるべきか」

”どうした?”


「嘘付いてる可能性、あるよ」

”アンドーは気付いてるよね?”


「お、ならワシは馬単にするかな。オキタはリタに乗っかっておけ」

”ああ。だが、止めとけ。双子が動かん以上、本当にマズイことにはならんだろう”


 アレンとエレン? アンドーのチャットに反応して二人を見るが、何処もおかしなところはない。むしろ楽しそうにエリーやハイデマリー達と買う馬券を選んでいる。


「オキタ、買うの決まった?」


 横からリタの声で現実に引き戻される。これ以上下手に動くなってことなんだろ? 分かってるさ。


「お前を信じて3連単にするよ。3-5、残りは何だ?」


「13」


「13番了解っと」


 手元のホロで番号を選択する瞬間。確認の意味もなく、ほんの癖で視線を滑らせた。

 その一瞬で、V.I.Pの一人と眼が合った。


 向こうも同じタイミングでこちらを見ていた。

 見たから見られたわけじゃない。最初から向こうはこっちを認識していた。その上で、今この瞬間を選んで合わせて来た。


 ほんの僅かに時間が伸びる感覚。周囲の喧騒が遠のいた気がした。

 値踏み、じゃない。威圧でもない。ただ測られている感覚。俺の反応、癖、呼吸、どこまでかを測るための短い接触。


 次の瞬間、男の口元がほんの僅かに吊り上がるのが見えた。それは笑ったというより―――

 


(マズッ―――)


「もう! こんな所でお尻触んないでよ!」


 わざとらしく口調を変え、胸倉を掴んでくるリタ。距離が一気に詰まり、視界が遮られる。


「 ―――わ、悪い! 良い所にイイ尻があったから、つい手が出ちまった! もうやらねぇよ!」


 反射に任せ、口から出た言葉は酷いものだ。


(軽率が過ぎる。私は止めろって言った)

(すまん、俺のミスだ)


 デコがぶつかるんじゃないかと思う程近づき、完全に俺の視界を塞ぐ位置に入る。相手との空間を自然な形で遮閉するリタ、その非難の目に思わずたじろいだ。


(あの連中、ヤバいのか?)

(レッドギルド。帝国に侵入する際、手配書で覚えた連中)


 短い説明だが、それで十分だった。アレは俺の知る正統派のヤバい連中じゃないってことだ。

 俺が知っている危険な連中は分かりやすい。喧嘩っ早かったり、殺気や圧、匂いなり何かしらのサインを出す連中だ。

 けど、アレは違う。眼が合うまで何も感じられなかった。だからこそ分かる、アレは俺が知らない異質な類の、もっとも外側に位置する連中だろう。


「オッキー! 始まるよ!」


 袖を引かれて、完全に意識を戻す。リタはもう素知らぬ顔で離れていた。

 代わりに横に立ったエリーの顔がやけに近い。さっきの空気なんて知ったことじゃない、という顔だ。


 いいさ、お前はそれでいい。


 視線をコースへ戻すと、ゲートに馬が収まっている所だった。

 蹄の音が、土の下で響くように低く鳴る。スタンド全体がわずかに沈黙し、乾いた音と同時に一斉に飛び出す。芝を蹴る衝撃音が遅れて腹に来る。緑の上を、一段が塊となって進んでいく。


「オキたんどれ買った!?」

「3-5-12の3連単1点に3万クレジット」

「ギャンブラーやな! ウチの6番! もっと行かんかい!!」


 顔を逸らさないハイデマリーの笑い声が軽い。

 さっきまで感じていた重さが、少しだけ薄れる。


 最終直線、歓声が一段跳ねる。


(―――ああ、良かった。世界はちゃんと騒がしい)


 その底に静かなものが沈んでいるとしても、今はまだ掬う必要はない。


「来い―――!」


 気付けば声が出ていた。

 隣でエリーも同じタイミングで叫んでいる。


 結果は―――3-5-16、俺の3万クレジットは電子の海へと消えて行った。


「なんでや!? 6来とったやん!?」

「だから適当はダメだって言ったじゃん!」

「いや今のは来てもおかしくなかったやろ!?」

『ミス・ハイデマリー、当たりました』

「はあああ!? ちょ、見せてみぃ!!」


 地団太を踏んでいるエリーとハイデマリー。スタジアム全体が喧噪に包まれる中、V.I.Pにいた連中は静かに姿を消していた。


 何をしていたのかは知らないが、まあいい。ああいう連中は、またどこかで会う。会わないなら、それはそれでいいが。


「やれやれ、ただのバカンスとはいかんか」


 グラサンをかけ直すアンドーを見た俺の指は、自然と腰のホルスターを触っていた。











 ◇











「アニキ、さっきの連中―――」


「派手な奴らだったな。観光客ってのはあれくらいじゃねぇとなぁ?」


「ラビット商会です」


「名前はどうでもいい」


 男は葉巻を吸うために一度切る。


「探っておけ」


「……やる前提で?」


「割に合えばな」


「連中、我々に気付いてました」


「見りゃ分かる」


「若いのと眼が合いました」


「だろうな」


 男が軽く笑う。


「はい。大男と青髪の女もこちらを窺っていました」


「―――何にせよ、幹部会の後だ。<右腕>の連中にも聞くことがある」


 煙を吐きながら、男がぼそりと付け加えた。


「……艦名は“ラビットⅡ”だったか」



生存報告です。書けない日々

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