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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
122/125

119_いただきますの、その先へ


 BBQの準備がもうすぐ終わると聞いた俺は、ようやくエリーとの遊びから解放された。

 太陽はもう傾き始めており、青かった空は夕焼けに変わり始めている。何でだろうな、出撃した日以上に疲労感を感じるのは。

 本当に、リゾート初日からとんでもない目にあった。

 エリーの操るジェットスキーに振り回されて、振り落とされて。振り落とされたら振り落とされたで、海中から食料を調達しないと双子に冷たい目で見られるし。

 ただ妙なことに、俺が落ちた場所に運よく食料が纏まってたんだよな。

 ……近くでグッジョブと親指を立てる水中ロボが居たのは、きっと見間違いじゃないんだろう。見守りありがとうございます、マジで助かった。


 とにかく全身くたくただ。そんな俺たちを待っていたのは、海岸を埋め尽くさんばかりの香ばしい匂い。


「……やべぇな、これ」


 吸い込まれるように近づいて、思わず呟いた。

 昼間は“何だこれ”だった金属箱の群れが、今は完全に“兵器”の顔をしている。

 甘い煙、焦げた香ばしさ。肉の脂がこう、空中を漂っている気すらする。匂いで人を殺しに来てる。実際、腹が死ぬほど減っている俺にトドメを刺すには十分だ。


「ようこそ、肉の祭典へ」


 その中心にリタが立っていた。

 相変わらず黒のビキニ。だが殺気立っていた昼とは違い、どこかやり切った後の静けさを醸し出している。


『目標温度到達を確認。休ませ工程へ移行可能です』


「オキタ、戦いは終わったよ」


「だから誰とだよ」


「お肉様」


 こいつ素面だよな? 恍惚とした表情で言われたが、もう突っ込む気力も失せた。

 とにかく一刻も早く肉に齧り付きたい。金属箱の中のまだ見ぬ肉への渇望が、アルコールの抜けた俺の前頭葉でタップダンスを踏んでいる。


「すぐ食えるのか?」


「あと少しだけ休ませる」


「……どれくらいだ?」


「三十分」


「長ぇ!」


 ズザっと何かが砂に倒れる音に目を向けると、隣にやって来たハイデマリーが膝から崩れ落ちていた。アンドーはその後ろで、無言で空を仰いでいる。エリーは……アンドーのクーラーボックスから取り出したビール瓶の蓋と格闘していた。


「拷問か!? これはウチらへの拷問なんかァァァ!?」


「限界だ。こんなもん、訓練を受けた特殊部隊でも耐えられんぞ……」


 絶望し、砂浜を叩くハイデマリー。アンドーは身体を震わせて戦慄している。

 二人はこの匂いを肴に酒を飲んでたんだ、お預けを喰らい続けていた二人の心中は察するに余りある。


「それなら、こちらを先に頂くとしましょうか」


「私たちとオキタ氏で獲ってきた、デミエル産シーフードです」


 絶望を感じた脳に沁み込む穏やかな声。振り向くと、アレンとエレン、それにシズが既に別の調理台を展開していた。


「お前ら、いつの間に……」


「ふふ、リターナ氏だけにいい恰好はさせませんよ」


「主役は肉。ならば、脇を固める役者も必要でしょう?」


 微笑む双子が、今だけは天使に見える。

 けどな、俺が捕まえた戦利品を見ると複雑な気分だよ。過去と現在、肉と魚介、悪酔いと海中。俺が何度も振り落とされた先で拾ったという事実が脳裏でトラウマのダンスを踊っている。


「さあ、私たちの今日の釣果を頂きましょう」


 ロブスターっぽい海老、よく分からない貝、アワビっぽいやつ。それと双子の釣ってきた魚。


「はぇ~、グラン=クラブ・ロブスターなんてよー獲ってきたな。デミエルの海に居るんはパンフで知ってたけど」


「魚以外はオキタ氏が素潜りで獲ってきた物ばかりですよ」


「素潜り!? オキたんは宇宙だけやのーて、海中でも化け物なんか?」


「いや、正確には俺じゃないんだけど……まあいいか」


『簡易ではありますが、調理を開始します』


 シズが淡々と告げると同時に、手際よく作業が始まった。

 まずは魚。アレンがナイフを持つ。

 いや、正確には持っていない。指先の動きに合わせて、刃が空中を滑るように動いている。手を翳すだけでさらりと落ちる鱗。指を回すと腹が開き、あっという間に三枚おろしへと姿を変える。一切触れていないのに、完璧に捌かれていく。


「相変わらず意味分かんねぇな、それ」


「便利ですよ?」


「いや怖ぇよ」


 エレンが横で受け取り、こちらは手で包丁を持って薄く引く。

 刺身だ。均一な厚さ、透明感のある身。皿こそ紙皿だが、並べられた刺身だけは完全に高級店のそれだ。実に旨そうに見える。


『薬味、準備済みです』


 シズが差し出した小皿には、ワサビと醤油。


「ほら、オッキー」


 何時の間にビール瓶の蓋との格闘が終わっていたのか、エリーが既に一切れ摘んでいた。


「ん」


 口に放り込む。


「……うまっ」


 昼間と同じ感想だが仕方ない。本当にそれしか出てこない。


「でしょー!」


 エリーは満足げだ。お前が作ったわけじゃないだろ。



「おおおお、グラン=クラブ・ロブスターの姿焼きや! 」


 横ではハイデマリーが目を輝かせている。さっきまで生きていたロブスターを絞めたシズが、殻ごと真っ二つにして網の上に並べていく。


『それでは焼きます』


 ジュウゥゥ、と音を立てて焼ける。塩コショウ、オリーブオイルの香ばしい匂いがさらに加わる。


「これ絶対うまいやつやん!」


「間違いないな」


「アンドー、ワイン持って来てないの? ボク、白いのと合せたいんだけど」


「ふっふっふ、こんな事があろうかと! 持って来ておるに決まっとるだろうが!」


 何処から取り出したのか、ワイングラスに白ワインを注いで回るアンドー。一口飲んだエリーが目を見開いている。酒に妥協しないアンドーだ、どうせ普通のワインじゃないんだろう。


「シズ、じゃんじゃん焼いちゃって!」


『はい。では、貝類も全て並べましょう』


「ああ、待って待って。砂だけ抜いちゃうから」


 アレンが手を翳すと、ほんの僅かに空いた貝殻から一斉に砂が吐き出された。おぉ~、と拍手をする皆に一礼する仕草が妙に様になっている。

 

 少し時間が経って、パカリと口を開ける音。中で沸き立つ汁に、ハイデマリーが薄くスライスしたバターを投げた。ニヤリと笑って醤油をかけると、より香ばしい匂いが漂ってくる。


「いやぁ……リゾート初日から飛ばし過ぎじゃないか? 今日こんなに豪華な食事をしたら、明日以降大変だぞこれ」


「いいじゃん、久しぶりの纏まった休暇なんだから。オッキーの選んだプランは一番上だから、この島の中なら何をどれだけ食べても飲んでも後払い無しなんだし。もっとはっちゃけようよ!」


「がはは、クレジットなんて使ってなんぼじゃー!!」


「その台詞、全部アリアドネの奴に伝えておいてやる」


『貝が焼けました』


 シズが取り分けてくれた貝が皿に乗る。香ばしい匂いに思わず笑いが出るが、それも抑えてとりあえず一口。


「……うまい」


「オキタ、お前さんに感謝だ。口の中が幸せでいっぱいだ」


 貝なんて、と思われるかもしれない。けど、こればっかりは仕方がない。この世界で目覚めてから、初めてちゃんとした貝を食べた気がする。


『グラン=クラブ・ロブスターの姿焼きです。どうぞ、お召し上がりください』


「こんなん食べんでも分かる、絶対旨い奴やん!」


 身はぷりぷり、表面は軽く焼けて香ばしい。


 一口。


「―――おほっ!」


 口に含んだハイデマリーが笑った。分かる、分かるぞその気持ち! エビの旨みがダイレクトに脳に届くこの感触、たまんねぇな!


「どうや?」


「やばい」


「せやろ!?」


 だからお前が作ったわけじゃないだろ。だが、笑いながら食う。

 貝を食う。酒を飲む。刺身を摘まむ。


 その間にも、ちらちらと視線は煙の方へ向く。


「まだか?」


「あと少し」


 リタは一歩も動かない。いや、目線だけはシズが取り分けてくれた魚介と肉を行き来している。ラビット商会で1番食べるのがリタだからな。今もかなり我慢しているのだろう、涎が出てるぜ。


「ねえオッキー」


「何だ」


「これ全部食べちゃう前に肉来るかな」


 もう待ちきれんと、肉食動物が隣で唸っている。エリーもリタに負けず劣らず食べる。リタは体質上そうなのは知ってるが、こいつの場合は食べた質量が何処に行ったのか皆目見当がつかない。


「大丈夫だろ。それに肉はリタが作ってくれたんだ、きっととんでもない量だぞ」


 エリーとそんな会話をしていると。


「時間」


 リタが言った。

 全員の視線が集まるのを確認したリタが、ゆっくりと蓋が開いた次の瞬間。


 ―――香りの爆弾が弾け飛んだ。


「う、うわぁ……」


「な、なんちゅー旨そうな、にくぅ……!」


 黒く焼き締められた巨大なブリスケットだ。


「まずは、メイン。私が育てたお肉様をご覧あれ」


 ナイフが入ると、その断面が姿を見せる。

 綺麗なピンク色だ。溢れる肉汁を見ているだけで、口に残っていた魚介の余韻を根こそぎ吹き飛ばしていく。


「配る」


 皿が回る。

 俺の手にも来た。さっきまで食っていた魚介が“前菜”に格下げされる、凄まじいレベルの存在感。全員目を見合わせ、恐る恐る口に運ぶ。咀嚼の途中で、アンドーとハイデマリーが膝から崩れ落ちた。


「うわっ! ナニコレ!? うまっ、うまーい!!」


 天を見上げて叫ぶハイデマリー。アンドーは拳を突き上げ、無言の涙を流している。


「か、完璧な火入れっ、自分の才能に、震える……っ!」


 口にした瞬間、感涙したリタに全員頷いた。魚介は美味かった、それは間違いない。でもこの肉は、それを全部まとめてぶち抜いてくる。


「酒! 酒寄越せ!」


「もう飲んでるだろうが!」


「アンドー赤ワインは!?」


「りーさん、こっちの肉は何や!?」


「スペアリブ。シズ、切り分けてあげて」


『承知しました。こちらのトマホークステーキはどうしますか?』


「手で掴んで食べるから大丈夫!」


「エリー、私たちにも一つずつよろしいですか?」


 全員、一心不乱になって肉に齧り付いている。

 ブリスケット、スペアリブ、トマホークステーキ。特性のBBQソースに付ければ味変も楽しむことが出来る。付け合わせのスモークソーセージ、ポテトも堪らなく旨い。


「オキたん、ほらあーん」


「自分で食えるわ!」


「ノリ悪いなぁ!」


 ハイデマリーが絡んでくる。

 エリーは無言で肉を頬張ってる。完全に捕食モードだ。

 双子は満足げに頷きながら、静かに箸を進めている。

 シズはグラスに酒を補充し続けている。


「どう? 美味しいでしょ」


 リタは俺の隣に来て小さく呟いた。その顔は、ほんの少しだけ誇らしげだった。

 俺はそれを見て、ふっと笑った。


「すげーよ。こんな特技があるなんて知らなかった。機会があれば、また作ってくれ」


「大勝利、ぶい」

 

 珍しく微笑んでいるリタ。そうだな、これは間違いなく勝利の味だ。


「あっちにはチーズステーキも準備してあるから。あ、パンは食べる時に焼いてね」


「!? マジか、お前マジで神かよ!」


 フィリーチーズステーキ! ホットドッグのソーセージの代わりに、牛肉とたっぷりのチーズソースを入れたフィリーチーズステーキがあるのか! バーガー好きとしては食べない始まらない!

 すぐさま立ち上がり、砂浜を蹴って鉄板へと向かう。


 リゾートの食事を楽しんでいたからか、リタの呟いた声がその時の俺には聞こえなかった。


 だからこれは、後になって聞いた話。





 ――――神って、なに?





 例え聞こえたとしても、深く考えなかっただろう。

 ティマイオス。そしてデミオル。

 その名前の意味を、俺はまだ知らない。


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