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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
121/125

118_後方保護者の休日


 今日のデミエルの天候は晴れ。風は穏やかで、海面は硝子のように光を返している。少しだけ熱を含んだ夏の空気が水面近くで揺れている。


 釣りをするには最高の一日。アレンとエレンは小型ボートの上から釣り糸を垂らしていた。

 影は短く、時間はゆっくりと進んでいる。豊富な海を持つリゾート惑星でしか堪能できない、これ以上ない昼下がり。


 耳を澄ませば、波が船体を撫でる音だけが聞こえてくる。



 ただし、遠くから聞こえてくる悲鳴を除けばの話だ。



「うおおおおおおお!? エリー! 待て! 待ってくれ!!」


「イィィィィヤッッホーーーーーーー!!」



 海面を切り裂いてジェットスキーが走る。

 運転しているのはエリーだ。ゴーグルの奥で目を細め、満面の笑みでスロットルを回している。

 その後ろで、オキタはエリーの肩に必死にしがみ付いていた。今にも吐きそうな顔色を浮かべ、身体のどこかが遅れてついて来るような動きになっている。


「曲がるな! 曲がるなって言ってるだろ!?」


「大丈夫大丈夫! 楽しいでしょ!」


「楽しいのはお前だけだ―――!?」


 ジェットスキーは時折飛び跳ねがら海上を直進し、抉るような角度で急旋回を繰り返す。一際大きい水しぶきが弧を描き……ぼちゃんと鈍い音だけを残して、オキタが海へと沈んで行った。


「オキタ氏が落ちたね」


 照り返しの強い海の上、サングラスの向こう側で起きた出来事。釣り竿を持ったままのアレンが言った。


「若い二人の仲が良いようで何より」


 エレンは静かに頷く。

 夏休みをリゾートで満喫する孫? 二人を見守るその姿こそ若い風貌をしているが、身のこなしにはどこか枯れた雰囲気を纏っている。夏空の下、静かに釣り糸を垂らしている二人は、まるで休日のお爺ちゃんだ。


「オキタ氏の顔色が悪かったようだけど、心配いらないかな?」


「二人のことは二人に任せておけばいいよ。二人とも子供じゃないんだから」


 アルコールが回った所にエリーとのタンデムで催しているだけなのだが、それを知らない二人は”若い二人は微笑ましいなぁ”程度にしか思っていない。


「ほら、浮いて来た」


 二人の視線の先で、オキタが海面に浮上してきた。


「エリーお前なぁ!」


 怒声の先で、ジェットスキーが円を描く。波紋の上を滑るように戻ってきたエリーが、楽しそうに手を振った。


「オッキーさあ、重心高いんだって!」


「そんな問題かこれ!? 俺がお前の肩離さなかったら、お前も一緒に跳んでたぞ!?」


「あはは! じゃあその時は一緒に落ちよっか。ほら、次行くよ?」


 差し出されたエリーの腕。一瞬躊躇したオキタだったが、掴んでジェットスキーに引き上げられた。


 アレンとエレンはそんな二人の様子を見て溜息を吐いた。


「……決定的に、色気が足りない」


「だね」


 アレンとエレンが望む”夏空の下で初めてデートをする男女”という雰囲気には程遠い。何時もと変わらない二人のやり取りに、アレンは肩を竦めた。


「むず痒いね」


「まだ初日、それも昼過ぎだよ。いい雰囲気にするなら夜だね」


「私たちの後押しが必要かな? 開放感のあるリゾートならではの作戦を考えようか」


「ロッジの同じ部屋に放り込むのはどう? 一夜を過ごせばお互い意識するかも」


「強引すぎるよエレン。段階は大事」


「でも機会は作るべき。自然発生を待つには時間がね……」


 オキタが聞けば顔を引き攣らせる話を真顔でするくらい、アレンとエレンは二人の将来について真面目に考えている。


 そんな後方保護者面、アレンの竿がしなった。


「お、掛かりましたか」


 アレンが静かにリールを巻くと、銀色の魚が水面を跳ねた。


「いい型。これなら刺身に出来ますね」


「晩ご飯確保ですね」


 針を外してクーラーボックスへ。魚に触ることなく行われるその作業を見る人が見ると、何て贅沢な力の使い方なんだと呆れてしまうだろう。


 再び竿を投げたアレン。その遠くで、また声が聞こえてくる。


「のおおおおおおおおおおお!」


 綺麗な放物線を描いて飛ぶ影が一つ、豪快な音を立てて海へと沈んで行った。


「おや、また落ちましたか」


「二回目とは珍しい、オキタ氏はバランス感覚に優れていると思っていましたが―――ああ、恥ずかしがってエリーの身体に腕を回せていないようですね」


「ほぅ? 意識しているとなると、畳みかけるチャンスですね」


「奥手なエリーに代わり、私たちが一肌脱ぐのもやぶさかでは―――おや? 何か持っていますね」


 海面に浮上したオキタが、両手で何かを掲げている。

 そのまま途中までボートに向かって泳いでいたが、何かを思い出したかのようにぽいっと投げて寄越すそれを、エレンが空中に縫い留める。


 投げ渡されたのは立派な爪を持つロブスターだった。オキタは何も知らずに投げたそれはエリュシオン銀河系が誇る高級食材、グラン=クラブ・ロブスター。アレンとエレンも、流石に驚いて目を丸くした。とてもじゃないが、素手で捕まえられる生き物ではないからだ。

 とはいえ、こうして目の前にいるのも事実。そのまま指先一つで手元まで持ってくると、魚とは別のクーラーボックスの中に入れた。


「落ちたついでに拾った! 持っといてくれ!」


「ありがとうございます。夕飯のオカズが増えますね」


 グっとハンドサインを送るオキタの傍に、再度エリーがジェットスキーを操縦して現れた。


「オッキー早く乗ってー!」


 差し出された腕を掴んでジェットスキーに這い上がるオキタ。

 頬を染めて笑うエリー。


 それを見た双子はウフフと笑った。


「次はもう少し優しく運転しろ!」


「わかった!」


 そして。


 再度の全開。


「何もわかってないじゃねぇかクソがあああああああああ!?」


 急旋回。


 ざばぁん。


「若いねぇ」


「これはこれで……」


 アリかも? と思う二人を他所に、オキタが水面から顔を出す。今度もロブスターを片手に1匹ずつ持っていた。


「これも頼む。あと、俺を浮かせてくれないか? もう疲れちゃってぇ……」


「夕飯が豪華になりますねぇ」


 浮かせてクーラーボックスへ。

 這い上がる気力を無くしたオキタを見かねたアレンが身体を浮かせ、そのままエリーに渡す。エリーは満面の笑みで真正面から抱き締め、壊れ物を扱うようにそっと後部座席に置いた。


 そのままフルスロットル。

 絶叫を上げながら遠ざかる二人を見た双子は頷いて竿を垂らす。


 しばらくしてアレンがぽつりと言った。


「エリー、よく笑うようになったね」


 エレンは海を見ながら答える。


「ええ、外に出て来て正解だった。俯いて、他人の顔色を窺うだけの人生を送らせていいような子じゃない」


 二人の竿が同時にしなる。どちらの方が大物か? お互いに視線だけで会話をし、同時に合わせた。針が掛かったことを確認し、リールを巻いて行く。


「それにあのままエルセリアに居ても、あの子は―――」


「アレン、その話はよそう。今が幸せ、それでいいじゃないか」


 魚を引き上げる。同じ魚、同じサイズの青物だ。叩いてなめろうにするか、裁いて刺身にするか二人が悩んでいたその時、再度視界の端で人が飛んで行った。


「あ゛ぁ゛~~~」


 ざばぁん。


「四回目」


「そろそろ貝が欲しいね」


 仰向けになり、腹に貝を抱えたオキタがぷかぷかと浮き上がって来た。そのまま二人のいるボートまで流れて来る。

 二人と目が合うオキタ。一周回って菩薩のような微笑を浮かべているオキタを見て、二人は同じように微笑み返した。


「貝だけ頂きますね」


「さあ、エリーが待っていますよ」


 オキタが絶望したような顔を浮かべるが、二人は何時だってエリーの味方なのだ。


「オッキィ~」


「どうして、どうして……」


「オキタ氏」


 アレンが静かに声を掛ける。


「さっきの辺り、アワビや貝がよく採れるポイントなんです」


「……は?」


「エリー」


 エレンが微笑む。


「次はもう少し右へ。岩場の上をかすめるように」


「りょーかい!」


「いま、理解した。いつの間にか、俺は回収担当だったのか―――」


 フルスロットル。


「人間としての尊厳とは、俺の尊厳とはいったい……」


 再び海中に消え、少しの後に今度はうつ伏せになってぷかりと浮かぶオキタ。

 その背中には、ぬらりと光るものがびっしりと張り付いていた。


 双子は同時に頷いた。


「「完璧」」



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オッキールアーですね(・ω・`)
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