店長と姉と
白石光学からの依頼から四日後、
「三割でいいですよ」
「しかし、あれだけの危険があったんですから」
「いえ、しかし」
「依頼はプレゼンまでの護衛。時間には間に合わなかったんですから」
「それは」
「そ、れ、も。含めての依頼です。ですから三割で」
店長の意思は固い。
「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら」
小切手を鞄に仕舞い、
「では、後ほど」
「ふー。疲れたー」
「どうぞ」
滝上さんが帰った後、頬の絆創膏を擦りながらソファにもたれかかる店長。
「見た目と違って退かない人だね」
「真面目なんですよ」
「さて、これから何をするか」
「滝上さんが来るかもしれないから、ここを空にする訳にはいかなですよね」
「仕方ないな。漫画でも読も」
いつも通りの日常が始まった。
「いや。それは」
戻ってきた滝上さん。意外な報酬を持ってきた。
「そうですよ。これだけ貰えれば」
「社としての決定ですので」
声に退く気が無いのが表れている。
「いや、しかし」
「お二人の武器もかなりの損傷を受けたのでしょう」
確かにそれなりに痛んではいるが。
「こ、今回の様な依頼なら、あの程度壊れるのは普通だし」
「なら、修理に出している間に護衛の依頼があったらどうするんですか?」
「それは……断る事もありますし」
「ダメです!」
何故か怒られ始めた。
「いいですか? 危険が付きまとう職業なのに武器の破損を理由に断るのは仕事放棄と取られかねないでしょう!」
「はぁ……仰る通りで」
店長が勢いに押されている。
「ですから、今回の報酬は二十万円と私がプレゼンに持って行ったチャクラムの改良型とショートスピア二振りと言う事でいいですね?」
「はい」
勢いに押されてしまい頷いた店長。
「では、これから開発センターに行きましょう。車を待たせてあります」
この言葉から何を言っても無駄だったと分かった。
「どうも。今回の事で随分お世話になった様で」
「いや。そんな事は」
「ささ。どうぞ」
……白石光学の令嬢。白石春菜嬢の登場。
白石嬢を先頭に開発センターに入る。
「いえ。そんな。結局間に合わなかったし」
「お二人の努力はしっかりと聞いてますよ」
窓から入る日の光に照らされる笑顔には屈託が無い。
「う……何か胸が痛む」
「俺もです」
嫌味がないのが……辛い。
「? どうしました? そんな顔して」
「いや、何でも」
俺達の苦悩を知る由もなく案内されたのは、
「どうぞ」
ノックの後に聞こえた声は、
「や、どうも」
魚住室長が二つのケースと共に嬉しそうに待っていた。
店のソファとは比べられない程上等なソファに座るが、居心地が悪い。
「さて、今回は残念な結果に終わりましたが」
魚住室長の言葉に更に小さくなる。
「鯛ちょー。そんな事言わないの」
鯛ちょー。……あぁ。魚住周だからか。
等と考えている場合じゃない。
「まぁ、どのみち今回は落選してたと思いますから、そんなにお気になさらずに」
「はぁ……ありがとうございます」
おそらく、この人は困ってる俺達を見て楽しんでるんだな。
「で、滝上から聞いてると思いますが」
目の前のケースを開ける。
「今回のプレゼンに出す予定だったチャクラムと開発が間に合わなくて諦めたショートスピアです」
「「ぶっ!」」
店長と同時に吹き出す。
「ゴホ……ゴホ……いいんですか?」
「当然ダメです。知っているとは思いますが、軍の規格と民間の規格は微妙に違うんです。そんな事をしたら私達のクビどころか白石自体が危ないじゃないですか」
「そうですよね〜。すいません。ウチのバカが間抜けな事聞いて」
え? アンタも同じ事を思ったはずだろ!?
「それで民間に対応した規格に合わせた改良をしました」
「ですよね〜」
徐々にいつもの店長に戻り始めた。
「どうぞ、手に取って下さい」
いいの? 店長と顔を見合わせる。
白い短槍。一振りは尖端が三つに分かれている。もう一振りは真っ直ぐな形状。
装飾は無くても光に当たれば輝いて見えから見惚れてしまう。
手に持ったそれは、とても軽くしっかりとした感触だった。
「どうですか? 気にいってくれました?」
「……ありがたく頂きます」
店長が頭を下げる。
「ふーん。それで貰ってきたの?」
部屋に帰ってきた。目ざとく姉ちゃんがそれを発見。
「ええな〜。私も行けば良かった」
「アホ。どんな目に遭ったと」
「宗士やろ? 懐かしいやん」
「いや。だから……言ったろ」
「今度闘る時があったら姉ちゃんが闘ったる」
何で「闘う」を「やる」と読むかな。
「風呂に入ろうかな」
「どーぞ」
やっとニュースが見れる。
「そんなに嬉しいのか? 細見咲を見れるのが」
「うるさい。さっさと風呂入れ」
姉ちゃんの笑い声がフェードアウトしてからゆっくりとニュースを見る。
「へ〜。大変だったんですね〜」
「そうなのだ」
レストで前の依頼の事を話している。
「千歳もやる時はやるんだね〜」
「褒められてる気がしないんだけど」
「でも、お二人のおかげで企業秘密は守られた分けですから」
「まぁ、そう言えるかな」
得意気な店長。
「相手は日高宗士でしょ? 結構有名な代理屋ですよ」
「え? そうなん?」
食べる事に集中していた姉ちゃんが顔を上げる。
「アイツそんなに有名なの?」
ウチの店長を見るが、
「私は知らない」
「けっこう有名ですよ。軍や警察からの依頼もあるとか」
「へ〜。それ程のヤツなの?」
「あの宗士がね〜」
「つーか、何で知ってるの? 二人は」
店長が気付いた。
「実家が近所だから幼馴染」
一言で説明する姉ちゃん。
「ふーん。にしては手加減しなかった様な」
「宗士君は真面目だし、向こうも依頼受けてきたんだから手は抜かないですよ」
「武器は? 千歳は槍で千早ちゃんは?」
「私は剣」
「宗士って人は?」
「私と一緒」
「チャクラム? 皆違うじゃん」
「私と千歳は師匠が同じ」
「器用な人だね。剣と槍、両方出来るなんて」
「出来無いよ。剣だけ」
「え? じゃ」
俺は? と言う疑問が起こる。
「千歳は私の練習についてきて、その時に木の棒振ってただけ」
「? 見て貰ってないの?」
……
「特には見てもらって無い……様な気が」
「じゃあ、自己流?」
「子供の頃から二本持ってたし」
「何で?」
「一本より二本の方が有利と言う子供染みた発想だと思う」
姉ちゃんの解説。
俺もそう思う。
「でも、一本より難しいんじゃないですか」
「他の練習生には結構勝ってたよ。な」
「そうかな。あんまり覚えてない」
訳ではないが。
「アイツは?」
店長の声が恐い。気にして無い様にしているが気になっている様だ。
「アイツは師匠の知り合いのトコでやってて、何度か模擬戦した事ある」
「で?結果は」
「……全勝」
クイッとコーヒーを飲んで自慢げに言い放つ。
「でも、向こうは実戦経験してるわけだし、千早は?」
「うーん。特には」
「なら、経験の差でヤバいんじゃない?」
「そんな事は無い。絶対に私の方が強い」
ん? 店長が挑発してる?
「そうかな〜」
しかし……何でそんな事する理由は。
「私もそれなりに実戦経験してるけど……結構苦労したよ」
「はっはっは。夏子。私もただ遊んでた訳とちゃうぞ」
「ふふーん。試して見る?」
「ええやろ。挑発に乗ったるわ」
なるほど。貰ったチャクラムを使いたかったんだな。
だから、挑発してたのか。
睨み合う二人。
どうしていいのか分からずに戸惑っている衣里。
微笑んでいる叶さん。
さて、俺はこれからどうしたものか。
「さて、覚悟はええか?」
「そっちこそ」
夜の公園。とは言ってもそれなりに人がいる。
芝生に座り、これから起こる事に期待すらしている様にも見える。
「じゃ」
「千歳」
まったく気にしない二人。
名前言うなよ。まったく。
「始め」
スコーン! とチャクラムが頭にヒット。
「気合が足りん!」
「真面目にやれ!」
何だよ……何で怒鳴られなきゃいけないんだよ。
「もう一発いくか?」
「遠慮しておきます。では、うぅん……始め!」
正拳突きまでしてしまったが、
盛り上がるギャラリー。
良かったのか? これで。
俺は邪魔にならないように芝生に退避。
軽やかに地を蹴るステップと剣戟が響く。
あれだけ盛り上がっていたギャラリーも声もなく見ている。
振り下ろされる剣を弾くチャクラム。
突き出されるチャクラムを逸らす剣。
一瞬の鍔迫り合いの後、火花が飛び散る。
……正直、俺には二人の攻撃が見えていない。
全体を見ていてこのザマだ。
前に店長と模擬戦やった時は随分手を抜かれていたんだな。
そう思うと悔しくて情けなくなる。
「どうしたの?」
隣にいる衣里が俺を覗きこむ。
「いや。何でも」
「無い様には見えないんだけど」
痛い位に握っている拳。
「ホント、何でもないよ」
力を抜いて、いつも通りに話す。
「そう」
納得したのか闘っている二人に目を戻す。
姉ちゃんが踏み込めば、更に踏み込んで迎え撃つ店長。
狭い間合いから一歩下がる姉ちゃん。
店長は追い打ちを掛けるが、姉ちゃんは剣で薙ぎ払う。
薙ぎ払いを後に下がって避けて、チャクラムが店長から放たれる。
姉ちゃんの舌打ちが聞こえてきそうだ。
薙ぎ払った剣で弾こうにも間に合いそうにない。
チャクラムの軌道を判断して体勢を変えて避ける。
体勢を戻したら、店長の攻撃が待っていた。
ギリギリで避けている様にも見えるが、掠っているのもある。
「夏子さん、本気だね」
レストでは絶対に見れない店長の顔に驚く衣里。
「でも、直撃は無いですよ」
冷静に話す叶さん。
おそらく彼女には全ての攻撃の軌道が見えているのかもしれないな。
「千歳はどっちが勝つと思う?」
「さぁ」
「どっちも頑張れ?」
「とは違うけど……どっちが勝っても良いかなって思ってる」
「どっちも頑張れじゃん」
「だから違うって……面倒だな」
「何よそれ? ちゃんと言いたい事は言いなさいよ」
首を捕まれる。痛くは無いが暑いので止めて欲しい。
「うーん」
どう言ったものか。夜空を見上げる。
真っ黒な空にチカチカと光る星。
「あ。流れ星」
「え? マジで!? どこどこ!?」
叶さんの一言で衣里は流れ星を探している。
助かった。この思いは誰にも言いたくは無い。
余所見をしていた瞬間に、勝負は決まった。
うつ伏せに倒れた店長の首元に姉ちゃんの剣が当てられる。
「……参った」
店長が負けを認める。
「ふぅ……お疲れ」
姉ちゃんが手を出して店長を立たせる。
沸き起こる拍手。
照れ臭そうに見合っている二人。
俺はその光景を羨ましい様な、悔しい様な、色んな感情が混ざった心で見ていた。
「ふふ。あの二人の強さを直に見て自分の弱さを認めました?」
帰り道。叶さんが俺の耳元に囁く。
彼女が言った事は俺が感じて誰にも知られたくない思い。
「でも、そう感じるたのならこれからどうすればいいのか。分かりますよね」
彼女は俺の心を見透かしている様に話す。
「私は応援しますよ」
ポン。と肩を叩かれる。
くそ……何か恥ずかしいな。
「千歳ー。早よ来ーい!」
姉ちゃんが呼ぶ声に、深く息を吐いて走っていく。
この思いをどうすればいいのかなんて……言われなくても分かってるさ。




