喫茶レスト
物騒な一件から一週間が経った。
一応出来る範囲で注意していたが尾行も物騒な事も無く、平和な日が過ぎていったある日の事。
「……何してるんですか?」
デスクの影に隠れている店長。コソコソとこっちを見ている。
「千歳か。……ちょっとソレ開けてみて」
ソレ。とは応接セットに置かれている小包の事。
「……何ですか。コレ」
「知らない。さ、開けて」
言いたい事を言うとデスクの影に隠れてる店長。
「え、ちょっ。……本当に何ですか? コレ」
「だから知らないって。早く開けて」
デスクがガタガタと音を立てて後に下がっていく。
「あの、その体勢は?」
「念のため」
「万が一を考えて警察を呼びましょうか」
「ダメ。何も無かったらバカみたいじゃない」
「何かあったら俺はどうなるんですか?」
「千歳。何座?」
予想していない質問。思わずキョトンとしてしまう。
「星座、ですか。かに座ですけど」
「良かった〜。大丈夫。今日の運勢はかに座が一番だってテレビで言ってた」
「店長は何座ですか?」
「私はおとめ座」
「何位ですか?」
「残念ながら最下位。私が一位なら私が開けるんだけど。残念だ」
声が残念そうじゃない。
「さ、意を決して」
「意を決するんですか」
ガタガタと動く音が答えか。
「じゃ、開けますよ」
「無事を祈る」
店長の声が微かに聞こえる。
がさがさと包装を開けて見る。
「店長。ゲームですけど」
入っていたのはゲームソフト。
「ホントに?」
嘘ならすでに俺は吹っ飛んでいるだろう。
「あ。そういえば通販したのを忘れてた。そんな事だと思ったんだよ。なぁ」
あまりにもベタな展開に苦笑いしか出来ない。
「さてと。コーヒーでも飲みに行くか」
ソフトをそのままにレストに向う。
「いらっしゃいませー」
ん? 声が衣里じゃない。
「二名様ですかー」
「「あ」」
店長とハモって同時に指差す。
指差したその顔は……
「しのぶ。席に案内」
「はい。こちらへどうぞー」
指示したのは衣里。
席に案内しているのは、暗殺者。
案内されたのは窓際の席。
「あ、今日から入った『叶しのぶ』。千歳、変なちょっかい出すなよ」
「よろしくお願いします」
ペコッとお辞儀する叶さん。
「あ、まぁ……こちらこそ?」
疑問形な店長。
「じゃ、しのぶ。オーダー聞いて……」
衣里の新人教育が始まる。
「どう思います?」
チラチラと新人のウェイトレス、叶さんを見る。
「さぁ? 何か目的があるのは間違いないだろうけど」
何も思いつかなかったのか、
「口封じだと思う?」
物騒な事を言い出す。
「それなら俺達が真っ先に狙われるじゃないですか」
「あ。そうか」
多分、もうどうでもよくなったのだろう。
漫画を取りに席を立つ。
戻ってきた店長は何も喋らず漫画を読み始めた。
漫画を読み始めると静かでいい。
ぼんやりと外を眺める。
夜のノーティス通り。
行き交う人達は、男、女。楽しげな人。忙しそうな人。当たり前の事だが色んな人が通る。
「や。暇そうだね」
窓から目を離して声の方に向ける。
立っているのは衣里と叶さん。
「……何?」
「何その声? 暇そうで可哀想だから話しかけてるのに」
「別に暇って訳じゃないけど」
叶さんが持っているのはコーヒー二つ。
「この前はどうも」
「ん? しのぶ何か頼んだの?」
「はい。一週間前に」
「ふーん」
「言っとくけど答えられ無いよ」
「分かってるって。それ位」
しかし、その目は好奇心に満ちている。
視線を外し再び窓の外へ。
横で衣里と叶さんの会話が聞こえる。
街灯の灯りを窓越しに浴びながら、通りを眺める。
「助けて下さいっ!!!」
まったりゆったりした店内の空気を切り裂く慌てた声。
「ん? 何?」
「助けて下さい!!」
漫画から顔を上げた店長と入って来た男の声色が違い過ぎる。
……思わず笑ってしまいそうになるが、グッと堪える。
「あのっ!」
カウンターに駆け寄って、
「あそこにいるのは代理屋だ」
こっちを指差すレスト店長。
迷い無くこっちに来る。
「じゃ、私達はこれで」
衣里達も席を立つ。入れ替わる間も無く男が来る。
「助けて下さい。お願いします」
「はぁ。とりあえず落ち着いて、何があったのかを」
「そんな悠長な事言ってられないんですよっ!!!!」
俺の手を引いて行く。
引っ張られたまま店の外に連れ出される。
「ちょ、何処へ?」
「妹が……」
レストから出て、真っ直ぐに走り続ける。
「「はぁ……はぁ」」
一体何処まで走るのか……?
「確か」
右左にと動く首。
およその見当をつけて、また引っ張られる。
まだ走るのか?
……
微かに聞こえた悲鳴。
「こっちか!?」
手を引っ張られる前に走り出す。
人気の無い路地裏。
数人の男に囲まれている女性。
それで状況を判断する。
「だ」
一人が振り返る前に、相手の顔面に拳がヒット。
その近くにいた男が構える前に蹴り飛ばす。
「大丈夫?」
二人を倒した事で、囲まれてた女性を助けに来た事は態度で伝えられたと思う。
後は、一……二……三人か。
倒した二人もそれなりに体格がいい。
同じ様なのが後三人。
短槍は無いが、持っている時と同じ構えを取る。
向ってくる男達。
そのスピードに若干の違いがある。それを見極めて、
「ふっ」
最初の男に肘打ち。
二人目は勢いを利用して投げ飛ばす。着地点は肘打ちを食らわした男の上。
後一人。同じ構えで正面に男を見る。
「ふー」
体格では劣るが、他の四人が倒された事で迷ってるな。
じっと目を見据えて。ジリッと足を動かす。
グッと腰を落として……そこで男は逃げ出した。
「ありがとうございます」
「いや、そんな」
テーブルに額が着きそうなほど頭を下げる男。
怯えている女性を休ませるためにレストに戻る。
女性は奥で衣里達が服を直したりしている。
「本当に助かりました!」
「頭を上げてください」
他に客はいないが……カウンターでこっちを見ている店長がニヤついている。
「こんばんわー……夏子ー。待った〜?」
姉ちゃんが来店。俺と目が合ったのに他人のフリ。
ま、俺もそうするであろうこの状況。
目の前にはテーブルに対して平行な程頭を下げている男。
俺を知らない人が見ればどう思うのだろうか?
「良くやった! 千歳!」
事情を聞いた姉ちゃんがバンバンと肩を叩く。
「よく言うよ……無視したくせに」
「ま、その事は忘れろ」
え? それは俺の台詞なんじゃ?
「ま、とりあえず……カレー」
カウンターに伝える。が、
「あれ?」
気付けばレスト店長がいない。
「どこ行った?」
「さぁ?」
カウンターに居たウチの店長が首を捻る。
「アンタ気付かなかったの?」
「漫画読んでたし」
「それなら仕方ないな」
「おーい」
奥に向って呼び掛ける。
「はーい。ちょっと待って下さい」
「え、いや」
腹の減った姉ちゃんに「待て」は通用しない。
「勝手に作るぞ」
「はい。ご注文は?」
「カレー」
「ご注文繰り返します。カレーが一つ」
「うむ」
偉そうに頷く姉ちゃん。
当然気付いているだろうが、目の前のウェイトレスは叶さん。
「さてと」
注文が終わると漫画を物色しに行く。
「あれ? 『ノヴァレル』は?」
ノヴァレルとは月間発売の漫画雑誌の事。
ちなみにウチの店長の愛読書の一誌。
「今、私読んでる」
「じゃ、次」
つなぎの漫画を取って来て読み始める。
「ただいまー」
入ってきたのは由宇さん。
「おかえりー」
カレーから顔を上げて返事する姉ちゃん。
「どこ行ってたんですか?」
「あぁ、さっきの事もあるし迎えにな」
俺の前で畏まっている男女の事で迎えに行っていたのか。
「すいません」
「あ、いや。すまん。悪気は無いんだ」
手で謝る仕草をしてからカウンターへ。
「私もカレー」
姉ちゃんのカレーの匂いに釣られた由宇さん。
「由宇ちゃん。読む?」
姉ちゃんが目の前にある雑誌ノヴァレルを差し出す。
「あ、私学校で読みました」
……親の前でそんな事言うなよ。
「おい。何しに学校へ行ってるんだ?」
「痛たたたた」
頭をぐりぐりと揺さぶられる。
「そうだぞ。由宇。学校は勉強するところだぞ」
「おお。夏子が普通の事を言っている!」
「そりゃアンタ。私だってまともな事を言う時だってあるさ」
何で得意な顔なんですか? 店長。褒めて無いような気がするのですが。
「でも〜。部活があるし」
「帰ってから読むという事は無いのか?」
「帰ったらご飯食べて寝るだけだし」
即答。しかし、学校で漫画を読むという理由にはなってない。
「飯食ってから読めば良いだろう」
「忙しいんだよ? 私も」
「寝るだけだろ? そう言ってたじゃないか」
「明日の授業の準備とか」
「それが済んでから漫画を読め」
「終わったら眠くて眠くて」
「部活って何やってるの?」
「んっふっふっふ。秘密ですよ」
いつかの店長の笑い声を真似する由宇さん。
「気になるな〜。当てて上げる」
「ん〜」
上から下まで由宇さんを見定めて、一言。
「囲碁部」
「違いますよ。囲碁はやった事無いですよ」
「千早、分かる?」
「じゃ、野球部。七番センター」
スプーンを銜えながら首を振る。
……姉ちゃん。守備位置と打順まで言うなよ。それに野球部のマネージャーの方が可能性はあると思うんだけど。
「千歳は?」
「うーん」
とは言っても持っている物体の形状はまさしく、
「テニス」
「正解です」
パチパチと拍手が聞こえる。
うわ〜……恥ずかしい〜。
「千歳〜。せっかく振ったのに何でボケん?」
「そうだぞ」
え?
「まったく、恥ずかしいわ。そこはボケるトコやのに」
何で怒られてるの?
「あはは。怒られてる」
笑う衣里。
ぎこちなかった店内の空気が和らぐ。
見れば目の前にいる二人も笑っている。
ま、いいか。
和らいだ空位が一変した。
「全員っ! 動くなっ!」
勢い良く空いたドアから入って来たのは銃を持った男。
「きゃー!」
聞こえた悲鳴は三つ。
つまり、悲鳴を上げたのは俺の目の前にいるさっき助けに行った女性と衣里、由宇さんだけ。
後の女性、店長、姉ちゃん、叶さん。に至ってはまるで普通の事の様に見ている。
「いいか! 動くなよ!」
目が血走っている。
追われているのか、それとも興奮しているのか。
どっちかは分からないが俺も落ち着いたもんだな。
「大人しくしろっ!」
銃声が鳴り響き、照明が弾け飛ぶ。
にもかかわらず、落ち着いている女性が三人。
「いらっしゃいませー」
怯えている衣里に変わり、叶さんが近寄る。
衣里が肩に手を掛けようとするが、間に合わない。
ま、彼女ならどうにか出来るだろうけど。
近寄った瞬間、タイミングが良かったのか悪かったのか。
外が騒がしくなり始めた。
「お。警察か」
ウチの店長の声で皆の視線が外に向う。
警察が店の前に物々しい雰囲気と共に取り囲んでいる。
そして、姉ちゃんのテンションが上がり始めた。
「お〜。お前何したん?」
窓際に近寄る。
「動くなっ!」
銃口が姉ちゃんに向く。
「……恐っ」
両手を挙げて座っていた場所に戻るが、その姿は恐がっていない。
「怒られてやんの」
クスクスと笑い合う二人。
「お一人様ですか? ではカウンターへ」
マイペースな叶さん。
その余裕に苛立った強盗は、叶さんの手を捻り上げる。
「痛っ」
間接を極められて顔を歪める。
その表情を見て、……苛っと来た。立ち上がり、
「おい」
「おい。人質と言えばか弱いって言うのが相場やろ。それならこの私やろ」
誰も予想していない言葉が飛び出した。
「ちょっと待て。私の方がか弱い」
店長がバカな対抗心を燃やす。
「この人がか弱いと判断したのは私ですよ」
間接を極められても余裕の叶さん。
唖然とする店内。
三人の女性は微笑んではいるが何故か恐い。
流石の強盗もどうしていいのか分からない様だ。
「おい。私が一番か弱いぞ。なぜならゴキブリを見て逃げ出した事あるぞ」
ウチの店長発信による『か弱い女性自慢』? が始まった。
「その程度で……私は泣いたぞ?」
何でそんな自慢気なの?
「私は気絶しましたよ」
現在『人質』の叶さんも自慢気だ。
……沈黙の店内。
こういった状況では正しいと言うか普通の事だと思うのだが、今現在は違う意味での沈黙だ。
「ふふん。どう?」
店長がこの前テレビで見た映画『預言者』という映画で泣いたと告白。
俺にとってある意味衝撃の告白。
「マジでっ!?」
その告白に驚く姉ちゃん。
「くそ〜」
と、悔しがる叶さん。
誰が一番か弱いか? よりも、何故そんなに緊張感が無いのかが気になる俺。
ガラス一枚隔てた外で警察が物々しい雰囲気を漂わせているのに、店内は微妙に緊張感が和らいでいる。
それは、俺達だけじゃなく強盗も同じはず。
「そろそろ『ルーディエス』が始まるから帰ろうかな」
ルーディエスとは最近始まったアニメで姉ちゃんや店長がハマっている。
「お。もうそんな時間か」
立ち上がる店長とウチの姉ちゃん。
時間は午後七時半前。
感覚的にかなりの時間が経ったと思っていたけど三十分位だった。
「おい」
動くな、そう言いたかった筈だ。
「もういいでしょ」
叶さんの言葉と共に一回転する強盗。
「一本っ! じゃ、帰るわ」
何事も無かったように店を出る二人。
「ありがとーございましたー」
叶さんが姉ちゃんが食っていたカレーを片付ける。
残された俺達は呆然とそれを見届けていた。




