襲撃者
「ふぅ」
路地に逃げ込む。
深呼吸して、息を整える。
路地を更に奥に進む。
「待った?」
後からの声に振り返る。
槍……違うな、切っ先の横に刃がついている。戟を持った男が一人。敵意も殺気も無く立っていた。
「いや……そんなには」
短槍を構える。
「そう。それは良かった」
一気に間合いを詰めて、突き出される戟。
それをギリギリで防ぐ。
何がいい反応だ。……切っ先が目の間にある。
「ふむ。素人にしては。じゃ、これは?」
戟を引いて、突き。
軌道がバレバレ。ナメられてるのか。弾いて反撃に入る。
「ッ!!」
弾いた戟。しかし、鮮やかに風を斬り、軌道を修正して真横から向ってくる。
耳元で響く金属音。
「君は本当に素人か?」
体を沈めて、戟を外して反撃に出る。
腕を伸ばし、左突き。少し後に下がる男。
目一杯腕を伸ばすが、目の前までしか届かない。
見切られた。
だからと言って止まる訳にはいかない。
右手で戟の柄を挟んで、反撃を封じる。
こっちも左手しか使えないが、構わず攻める。
「攻め方が単調すぎるな」
うるさい。その余裕が何時までも続くと思うなよ。
俺の体勢が崩れる。右方向に倒れる。
「え……?」
何が起こったのか分からない。
状況を理解するのに時間がかかる。
理解するより速く衝撃が襲ってきた。
カラン、と鳴る音と共に壁にぶち当たる。
「今のを避けるか?」
何があった? 鈍い衝撃が体に残っている。
目の前には右ハイキックの体勢を保っている男。
それで状況は理解した。戟を放して格闘に持ち込んだのだ。
俺の体勢が崩れたのは、男が戟を放したから。
その隙をついてのハイキック。
俺は……どうやって避けたんだ?
考えるが分からない。確かなのは体中に痛みが残っている事。
多分左手で防いだのだろう。……じゃなくて、どうやって避けたのか、よりも優先しなきゃいけない事があるだろう!
「名前。聞いておこうか。私は『七尾瞬生』」
「小林千歳」
勢いに押されて名乗ってしまった。
「大丈夫。君以外には関わらないよ。私は」
「貴方以外は関わるんですか?」
「私が何処の所属かは流石に分かるか」
そう言うって事は、俺の考えが正しいって事だ。
「ま、その辺は私を信じて貰うしかない。では失礼」
ゆっくりとした仕草で立ち去る男。
一気に緊張が切れて、そのまま座りこむ。
千歳は上手く逃げられたかな。
公園のベンチに座って息を整える。
「さて」
帰ろうと思い、立ち上がる。少し離れた所に何となく見覚えのある男が立っている。
「よう。久しぶり」
言葉には殺気。それを感じて防御体勢を取る。
「だ、誰っ!?」
一閃、二閃。避ける。
「お前の所為で……俺は……っ」
逆恨み? される覚えは。
顔を見る。……あ。
「思いだした! あの時の!」
「忘れてたのか!?」
私の声に止まる男。その隙に足を払う。
「あ。しまっ」
倒れる男。
追い打ちをかけずにチャクラムを構える。
「そうか、そうか。あの時の暗殺者」
確かにディリストラム暗殺未遂の時に見た顔だ。
「何だ。アンタ永遠の王だったの」
「うるさい。騎士の犬!」
「口の聞き方に気をつけなよ? 下っ端」
コイツの強さは分かってる。
千歳と同等ぐらいの強さ。まぁ、殺気がある分こっちの方が強いかも。
楽観は出来ないが油断しなけりゃ大丈夫。
「誰に言ってんだ? お前」
声に怒気が篭る。
あぁ、頭の方は千歳より遥に下だな。こんな挑発にのる位だし。
でも、こっちとしてはその方がいいか。
「誰にって……はは」
更に挑発。目を見て鼻で笑ってやる。
「殺すぞ」
体中から殺気が立ち登っている。気圧されそうになるが、
「その気で来たんじゃないの?」
私は笑うのを堪える様に話す。
ビビッてはダメ。調子付かせると手に負えないかもしれない。
相手のペースじゃなく私のペースで闘う。
「早く立て」
人差し指をくいっと動かす。
「本気で」
「あ〜、分かった分かった」
ゆっくりと立ち上がり、一気に攻めてくる。
速く重い攻撃。チャクラムが弾かれそうになる。だが、挑発が効いている。
単調な攻め。剣閃が読み易い。
振り上げられる剣。
ここで、崩す。
振り下ろすより速く、チャクラムを相手の喉下に打ちつける。
声を出す事無く倒れる男。
「ふむ」
コイツが誰なのか。考えるまでも無いな。
とりあえず……きょろきょろと辺りを確認。
よし。誰もいない。
剣を木の後に隠して、ベンチの下に男を放り込む。
これで目を覚ましても状況を理解するのに少し時間がかかるだろう。多分。
上着を漁る。やっている事が事なので、もう一度辺りを確認。
何か、身分証とか無いか……な。
「こらっ! 何してるっ!}
ドキっ!!!!!
気付かなかった? マジで? じゃ無い。何か言い訳考えないと……。
どうしよう、どうしよう……えっと、えっと。
うわっ、何も思い浮かばない!
当たって……砕ける? 何で疑問系! 誰に聞いてるの!? あぁ。もう!
ゆっくりと後を振り返る。
「どう? ビビッた」
「は〜……ビビッた何てモンじゃ……無いわよ!!!!」
立っていたのはいつかの代理屋。
とりあえずチャクラムを投げつける。
難なくキャッチされる。
「で、何してるんだ?」
ベンチの下の男を指差す。
「う〜ん。仕事」
流石に言え無いよな。騎士団からの依頼とは。
「どんな仕事だよ」
「ま、色々とある訳よ」
「違いないな」
笑うおっさん。
そう言えば名前なんだっけ? 聞いた覚えはあるのだが……。
「お前。覚えてないな」
「えーと」
確か、確か……何だっけ。
「あはは」
思い出せない。笑って誤魔化そう。
「まったく。本多大輔だ。どうだ? 思いだしたか」
「思い出せなかったのは名前だけ。それ以外は大丈夫」
親指を立てて答える。
「なら、名前も覚えろよ」
「仰る通りで。で、何の用?」
「仕事だって言ったろ?」
「あ〜。そんな事言ってたね」
「で、公園の前を通りかかったら物騒な音が聞こえてきて見に来たって訳だ」
「なるほど」
「で、聞きたいんだが」
「ちょっと待て。この状況についてもっと聞こうとはしないのか?」
「聞いたら答えるのか」
「う……む」
答える事は出来ないな。
「だろ?」
悠然と微笑む顔にムカッとなる。
ダメダメ。カルシウムが足りないな。帰りに牛乳を買って帰ろう。
「おい。聞いてるか?」
「あぁ。聞いてる。何?」
「聞いてないじゃないか。道を聞きたいんだ」
「何で?」
「分からないからに決まってるだろう」
「それもそうね。で、何処?」
「トーロザってトコに行きたいんだ」
んん? トーロザ? レーナールから近い通りの名前だ。
「トーロザは……」
ここからの最短距離を伝える。
「分かった。こっちの仕事が終わったら飯でも奢ってやろう」
「いいよ。別に」
「遠慮するな。ケータイを教えてやろう」
「いいよ」
「そんな事言うなよ〜。ほら」
ケータイにはコイツの番号が映し出されている。
どうやら私は強制的に登録しなきゃならないらしい。
「私のは教えんぞ」
「警察……呼ぶ?」
ベンチの下でまだのびている男を指差す。それは困る。
「用も無いのに電話してくんなよ」
「分かってる。俺もそんなに暇じゃない」
ケータイを取り出し、仕方なく教えてやる。
「じゃ、またな」
長さにツッコミたくなる槍を持って去って行く。
さて、思わぬ邪魔が入ったが男の上着を漁る事を再開。
内ポケットにも何も無い。身分証は当然として、ケータイとかそういった通信手段を期待していたが……無いな。
捕まる事を想定しているのか、それともコイツに信用が無いのか。
私が考えても分かる訳無いよな。
「こちらが思ったよりも速く対応して来ましたね」
チビに連絡を取り、公園に来てもらった。
「つーか。速すぎない?」
「……」
連絡した時に縛る物をもってきて貰ったので男は木に縛り付けてある。
ついでに男の剣も渡す。
「どう? 何か分かる?」
「いえ。これは何処でも買える物ですね」
まじまじと剣を見ているチビ。
チビって心で言ってるのは当然内緒。
「そうか。その剣から何か分かると思ったんだけど……そう簡単にはいかないか」
「おい。さっさと殺せ」
縛り付けられているのに態度がデカイな。
「貴方には色々と聞きたい事があります」
冷静に答えるチビ。
「答えると思うか」
唾を吐く。
「おい。態度に」
「殺せ、と言った筈だ」
「私も言った筈です。聞きたい事がある、と」
唾を吐かれても態度を変えないチビ。
私ならブチ切れるな……。間違いなく。
意外に大物かも。体はちっちゃいのに。
等と考えてる場合じゃない。
「で、どうする? 連れて行く」
「いえ。それは出来ません」
「え? 何で?」
「出て来なさい」
後を振り返る。
「流石。バレてたか」
女が一人。明らかに通行人じゃない雰囲気。
スッと剣を構えるチビ。
「ついでに貴女にも来て貰いましょうか」
「「嫌」」
奇しくも声がハモる。
「でも来て貰いますっ!」
一気に間合いを詰める。
響く剣戟。
「やってみな」
女の武器もチビと同じく剣だが少し反り返っている。
チビの剣より長い。
リーチでは圧倒的に不利だな。
しかし、チビはリーチをものともせずに攻める。
地を踏み蹴る音と、風を切り響く剣戟。
密着した間合いでは捌くのに精一杯の筈。
このまま攻め続けられればチビのペースになるだろう。
しかし、一切攻めに出ない相手が気になる。
私と目が合う。……笑った?
誘ってるのか。それともカウンターを狙ってるのか。それなら、そのタイミングで私が入る。その瞬間の注意は私よりもチビに向いている筈。
チャクラムを構え、その時を待つ。
柄でチビの剣を弾く。
「クッ」
来た! チャクラムをチビの頭越しに投げる。
チビの剣の真横を通り、女に向う。
紙一重で避けるが、顔を掠り前髪が少しはらはらと落ちる。
牽制としては充分。
もう一つのチャクラムを腕目掛けて投げる。
同時にチビも反撃に出る。
振り下ろされる剣と、向ってくるチャクラム。
女の顔には微笑み。
その余裕は何処から来るのか、それはその一瞬の後に分かった。
チビの剣を体を捻り紙一重で避ける。同時に振り上げた剣は私のチャクラムを弾き落とし、チビの顔を掠める剣。
私は間髪いれず間合いを詰める。
振り上げられた剣、私の右裏拳は女の眼前を通り、舞い戻るチャクラムを取り左手で取る。
回転し剣が私に向ってくる。
チビが私の前に入り、剣を防ぐ。
この間合いじゃお互いに剣を振るう事は無理だろう。
勝機が見えた。
……かに見えた。
「手間取ってるな」
「一人で充分よ」
新手? それならこの女を先に……!
チャクラムを握り、突き出す。
「きゃ」
チビの剣が押される。
こっちは二人なのに……押し戻される。
「ま、そう言うなよ? こっちも片付いたし。ちょっと手伝うよ」
こっちも片付いた? その言葉に引っかかる。
「それ程言うなら好きにしたら?」
「そうする」
私達を無視して話が進む。
しかし、状況はこっちに悪い方に進んでいる。
近づいてくる気配。
それは私達を通り抜け、縛り付けられた男の前で止まる。
手には槍……じゃないな。切っ先のそばに三日月状の刃が付いている。
「覚悟は出来てるか?」
「無論」
躊躇い無く突き降ろされる戟。
「……なんで?」
戟は縛っていたロープを切っただけ。
呆けた顔で男を見る下っ端。
「負けたままじゃ死ねないだろう」
「おや〜? いいの〜?」
茶化す女の声。
「上に私から話するよ」
「ま、アンタならすんなりいくんじゃない」
「そう願うよ」
剣を収める女。
縛り付けられた体勢のまま、呆けている男とそれを見下ろす男。
これで三対二。その内一人は武器無し。
そう考えると二対二。数の上では互角。
能力は女一人に対して私達二人で闘っていた。
おそらく後から来た男も女と互角。
「じゃ、今回は見逃してあげる」
すっかり戦意の無い女。
「じゃ、私達はこれで」
構える私達の横を通り抜ける三人。
本気で闘う気が無いの?
「これ……返すよ」
チビが振り返り、剣を投げる。
受け取りそのまま去っていく三人。
公園に残された私達。
「何か……とてつもなく悔しいんだけど」
チャクラムを握り締める。
「私もです」
見ればチビも手を握り締めている。
ハーサディビル、三階。
ムスッとした顔の店長と顔に絆創膏を貼った雪原さん。そして、難しい顔をした立野大佐が居た。
「何があったんですか?」
……。
二人にギロッと睨まれる。
「別に」
って言う雰囲気じゃないじゃないですか。
「小林君。君も襲われたのか」
「君も……? て事は」
顔の絆創膏が痛々しい。
「何?」
「大丈夫だったんですか?」
「見て分かんない?」
「顔の絆創膏……」
店長が横に座っている雪原さんの顔を見る。
「何コレ?」
「さぁ?」
声が恐いよ。二人とも。
「千歳。分かる?」
「え……絆創膏……ですよね」
「何で貼ってるの?」
……。
間が開く。
「何となく?」
見上げる目。微笑む口元。
「あ、……そうですか」
そう言われては何も言えない。
「で、小林君は何かあったの?」
「え。俺は……」
とりあえず襲われた事と襲撃者の事を伝える。
……。
「戟?」
「アイツか」
「知ってるんですか?」
……黙り込む二人。
「この二人もその男に会っているんだ」
「それで名前だが、ナナオシュンセイ。……そう名乗ったのか?」
メモを取る大佐。
「偽名でしょうか?」
「多分、そうかな。でも、そうじゃないかも」
「どっちよ?」
「今は分からないと言うのが賢明だな」
「何も分かって無いんだね。相手の事」
舌を出してとぼける大佐と一口お茶を飲んで天井を見る雪原さん。
「おい。しっかりしろよー!」
がたがたと隣の雪原さんを揺さぶる。
「おい!」
「大……佐に……聞いて……下さい」
揺さぶられて途切れ途切れに答える雪原さん。
「大佐っ!」
振り返ると……
「ど、何処行った!」
いなかった。
「全く奴等はホントに騎士団か?」
帰り道。店長のぼやきが夕暮れに響く。
「声が大きいですよ」
「気にするな」
「気にしますよ」
「さて、また襲われる前に帰るか」
物騒な事を口走る店長。
がさっ。
後からの物音に咄嗟に振り返る。
野良犬がきょとん、と見ていた。
「あ、あははは。千歳何ビビッてるの」
「て、店長こそ」
ドキドキしながら帰り道を急ぎ足で帰る。
「お。おかえり」
ストローを銜えた姉ちゃんが奥からこっちを見ていた。
「た、ただいま」
「走って帰ってきたん?」
「う、うん」
「飯、作る?」
「あ、ありがと」
頬をぽりぽりと掻きながら、冷蔵庫を開けて、
「ゴメン。食材が無いわ」
「じゃ、食いに」
「よし、行こ」
言うが早い。さっさと着替える。
「で、何をそんなに警戒してんの」
「え」
近くのファミレスに入ってるからも辺りを窺っている俺に一言。
「おい。何があったかは知らんがウェイトレスをビビらせるな」
「そんな事は」
ない筈。
「アホ。何かすると思われるから」
「何かって何?」
スッと顔を寄せて、辺りを見て、
「食い逃げ」
こんな馬鹿な事を言い合う。
昼間とは違う和やかな雰囲気。
「どうした?」
目の前にあるハンバーグをがっついている姉ちゃんが見ている。
「ん。別に」
「やらんぞ」
「いらんわ」
いつもの顔。いつもの会話。
今回の依頼、無事に済ませたい。そう願った時間だった。
「ここ?」
真夜中のジノト通り。雪原さんと合流。つまり、依頼である『永遠の王幹部逮捕』
「そうです」
武装した雪原さん。騎士団の制服がカッコイイ。
「で、アンタだけ?」
他の騎士達が見えない。店長はいつもの格好。ちなみに俺も。
「いえ。五人一組で行動する事になってます」
「後二人来るんですか?」
「強いの?」
「店長」
ここで挑発しなくても。
「強いですよ。でなきゃ今回の任務に入れないですから」
「へ〜。今回の『任務』は騎士団の選抜でやるの?」
「そうですよ」
「なら、何で私達を?」
「能力と、後は」
言いかけた雪原さんの口が止まる。
「余裕だな」
目の前には街灯に照らされ武装した男が二人。
「なめられたもんだ」
歪む口元。
誰なのか。確認するまでもない。襲われたんだから!
一人が突進してくる。
両手に剣。
二刀っ!
それなら、俺がて二槍で抑える。
手に衝撃。睨み合う。
「やるな。……短槍二本? 七尾さんが言ってたのはお前の事か?」
「ナナオ……昨日の」
「それなら、楽しませてくれよ」
もう一人、後から突き出してくる。
顔をずらして避ける。
「しゃがめ!」
店長の声に従う。
力を抜いて剣を捌く。
チャクラムが飛んでいく。
一つは剣士、もう一つは後の長柄。
どちらも体を捻り避ける。
俺は体勢を立て直し、剣士の後へ。
「おい。俺と」
「私が相手しましょう」
雪原さんが剣士の間合いに入る。




