探求者2
「マジですか?」
「大マジ」
店長の思いつきが始まった。
「でも、仕事は?」
「二、三日なら大丈夫。ほら、行くよ」
ボストンバッグを抱えた店長が、俺をグイグイと押していく。
「二、三日もかかるんですか?」
押されて、事務所から追い出される。
「……さぁ?」
その悠然とした微笑みが恐いんですけど。
「で、何処行くんですか?」
「とりあえず『ウェストリダー』」
「何処ですか? そこ」
「無知だな〜。千歳は」
「ウェストリダーは『フォーイニア=シティ』にある歴史と神秘の遺跡じゃない」
「パンフの受け売りですよね」
「吸収した知識は全て私のものよ」
ああ言えば、こう言う。素直に認める事は出来ないのか?
途中で運転を交代しつつ、夜に到着。
「さて、何処に泊まろうか?」
「行き当たりばったりですね」
相変わらず。
「さっさと泊まるトコを探せ。じゃないと車で一泊になるぞ」
「それは嫌ですね」
「ならばっ!」
この状況でそんなに意気込むのなら最初からきちんと段取りを決めておいて下さい。
うろうろと車を走らせる事、一時間。
ようやく見つけた。一軒のホテル。
チェックインを済ませて、部屋に移動。
「私と一緒の部屋になった事を誉れと思うが良い。じゃ、私は風呂に入るから」
「了解です」
残念ながら、同じ部屋。嬉しい様な、そうでもない様な。
バッグを持ってバスルームへ向う店長。
「あ、千歳」
「何ですか?」
「コレ。読んどけ」
ゴソゴソとバッグを探して、投げられる一冊のぶ厚い本。
表紙には『エデン神話体系』
一晩では読み切れるぶ厚さじゃない。
「ウェストリダーの知識を入れとけよ。上司命令だから」
パタン、ガチャ。という音と共に店長が見えなくなる。
「ウェストリダー……えっと」
目次でウェストリダーを探して、
「あった……ページは」
五十……、
「えっと、ウェストリダー戦役」
地底に追いやられた『創造するもの』の侵攻に気付いたエデンの神々は人類に知恵と力を与えて、迎え撃たせた。
その中心となったのが、後に『兵聖』と呼ばれた『キカ』と『火乃皇子 ロ=ホウ』
キカは人間で、ロ=ホウは『火を識るもの』が使わした神様。
『火を識るもの』は「火、知識、鍛冶」を司っている。
ちなみに、『火を識るもの』と人類との間に生まれた所属は『鬼人』と呼ばれている。
さて、対する侵攻してきた地底軍は、『殲滅者 エンヴェリス』『軍神 ネーテレス』
二人とも『創造するもの』が産み出した神の力を持つ者。
戦争が始まった直後、神々は突然の侵攻に対して対応出来ずにいた。
エンヴェリス、ネーテレスの圧倒的な力の前に無力な人類。
フォーイニアの住人、キカは侵攻に対してフォーイニアの人達と共に凌いでいたが、次第に戦局は悪化していった。
『火を識るもの』が最初に救援に向った。その援軍の先鋒がロ=ホウ。
ロ=ホウは人であるキカを見下し、ロ=ホウは援軍単独で地底軍と闘うが、力が互角では数的劣っている為、不利になっていく。
ネーテレスの策略に嵌り、追い詰められたロ=ホウを助けたのが、キカ達だった。
ロ=ホウは助けてくれた事に感謝し、見下していた事を謝った。
その後、キカとロ=ホウが協力し、キカの知とロ=ホウの武で数に勝る地底軍と対等に闘っていった。
その後、長い膠着が続いたが、キカの挑発に乗ったエンヴェリスがロ=ホウに討たれる。逆転する戦力差。しかし、追い詰めるには足りなかった。
キカは侵攻軍に対し追撃をしない事を条件に即時撤退を要求する。
ネーテレスはこれ以上、地上での戦闘を続ける事は出来ないと判断し、それを受け入れた。
「おい、さっさと風呂に入れ」
「あ! いつの間に上がったんですか?」
「十分位前」
「あ。じゃ」
読み耽っていたのか……店長が横に居た事にも気付かなかった。
ゆったりと浸かりながら天井を見上げる。
ぼんやりと見える天井、さっき読んだ神話の世界が広がっていく。
キカとロ=ホウの対立と友情。ロ=ホウとエンヴェリスとの闘い。
キカとネーテレスの知恵比べ。
何を思い、何を考え、どう闘ったのか。
顔も何も見えない程に濃い霧に覆われた俺の頭の中で、彼等は確かに闘っていた。
魅せられる。とはこういう事なのだろうか。
風呂から上がると、真っ暗な部屋。
微かに聞こえる店長の寝息。
……
ベッド脇の小さな明かりを頼りにエデン神話体系を読み進める。
「うわ〜」
ウェストリダー戦役で、エデン側の防衛線『ウォンルラム要塞』
若干の寝不足ぎみな俺の思考回路が一気に覚めた。
昨日読んだ神話が妙に現実的に感じられる。
「凄いですね」
「一言では語れないね」
手すりから身を乗り出して、風を感じる店長。
「こっから何を見たんだろう? キカは!」
店長の声に回りの人達がこっちを見る。
「どう思う!? 千歳!」
「名前を言わないで下さいよ」
キラキラした目と目が合う。
「さぁ、どうやって生き延びるか。とかじゃないですか?」
「そうかもしれない。でも私は、自分の力が神に通用するのか、わくわくしてたと思う」
店長らしい言葉だ。
「自分の知恵がどこまで通用するのか? 世界に対して自分はやれるのか? そう考えたって不思議じゃないでしょ」
「まぁ、通用しなきゃ生き残れない訳で」
真っ直ぐに目を見つめる店長。
店長には攻め寄せる軍勢が見えているのかもしれない。
「……で、そこからキカは……」
近くでガイドの説明が入る。観光客の一団が来ている。
「……千歳。千歳」
「何で小声なんですか?」
「お前もだろ。着いていこう」
「誰にですか?」
クイクイと指差したのは、観光客の一団。
「何でですか?」
「ガイドの説明が聞きたい」
セコ……俺の意思など無視して、一団の最後尾にくっついている店長。
仕方ないな……そう自分に言い訳して俺もついて行く。
「火乃皇子、ロ=ホウは……」
ガイドの説明が続く中、この人は、
「今、ピコピコって言わなかった?」
ガイドが聞いていないか? ヒヤヒヤしている俺。
「言って無いですよ。ちゃんと‘ひのみこ’って言ってましたよ」
「嘘〜。マジで? 私は‘ピコピコ’って聞こえたけど」
近くのツアー客がクスクス笑っている。
ツアー客の後にくっついていたら、駐車場に来てしまった。
「どうするんですか? 帰ります?」
「うーん。どうしようか」
取り出したのは、ぶ厚い本。
何で、このタイミングで? 訝しがっていると、
「よし。次は『カーシュティス』に行こう」
「マジですか?」
「マジです。ほら、行くぞ」
車に乗り込む店長。
フォーイニアからカーシュティスまで、ざっと二時間。
本気で帰りたいが、
「早く乗れ」
助手席のドアが開く。
俺の意思は関係なく事が進んで行く。
「じゃ、予習しとくように」
走り出した車。信号待ちの時に神話体系を渡される。
「カーシュティスですか」
「そ」
走り出す車。
「一時間で読む様に」
自分も読む気か。という事は殆ど知らないんじゃ……単純にカーシュティスと言う地名が目に止まっただけで、行くって言い出したのか。
「はぁ」
「酔ったの?」
「あ。いえ」
俺のため息が聞こえたのか。
酔ったんじゃなくて、思いつきの行動に疲れ始めているんですけど。
とは、口が裂けても言えない。
途中、サービスエリアで運転を交代して、
「ほ〜。この『シーウンリクム』って『ユ=ナ』と互角だって? 知ってた?」
「さっき読みましたから」
俺の返事を聞いていない。
「お。ロ=ホウに勝ったって」
「その後に火と水は同盟を組んだんですよね」
……
無視された。……横目で見ると、こっちを見ていた。
「あのさ。まだそこまで読んで無いし。言わないで欲しいんだけど」
「……すいません」
……本気で恐かった。あんな目、今まで見た事無い。
ちなみに、『シーウンリクム』は『水に漂うもの』の眷属。槍の名手。思慮深く慎重な性格だったらしい。
『ユ=ナ』は『火を識るもの』の娘で、知恵と勝利を司どる女神。『燎原ノ焔』と言う剣を持ち、『大地を育むもの』と闘った女神。
「ほ〜。千歳君の言った通りだ〜」
抑揚の無い平たいお声。
「ほ〜。凄いね〜。千歳君は何でも知ってるな〜」
「ごめんなさい」
「お腹空いた」
「はい。ご馳走させて貰います」
目的地、カーシュティスに到着。
冷ややかな空気に耐えかね食事を奢る。
「さて、と」
どこからか取り出したカーシュティスの地図。
「いつの間に買ったんですか?」
「えっと……『リトベル』は……何処かな〜……あ。すいません。リトベルって何処ですか?」
探せなかったのか、店員を呼んで聞いている。
「リトベルですか? それなら、ここから……」
シーウンリクムの伝説の発祥の地。リトベル。木と水の公園になっていた。
大きな公園の中央にシーウンリクムの像が建っている。
「ほほほ。凄いね」
「何でそんな笑い方なんですか?」
槍を手に真っ直ぐに前を見つめるシーウンリクム。
表情は敵を前に大胆不敵に微笑んでいる様にも、仲間の冗談に嬉しそうに微笑んでいる様にも見える。
「うーん。もっとゴツイ印象があったけど、結構優男って感じだね」
「そうですか。俺は結構印象通りですけど」
「そうか〜。伝説だと『ウォブムス』って巨人を一突きで倒したってあったし」
「それは、力任せに突いたんじゃなくて、技とスピードで突いたんじゃないですか」
「いや〜、違うだろ。強引に突き出したって感じだけど」
「そうですか? 技巧派って俺は感じましたけど」
「え〜。体勢を崩されながらも力で持って行ったって私は読み取ったけど」
同じ本を読んだのに、受けた印象は全く違っている。
キョロキョロと辺りを見渡す店長。
「どうかしました?」
「うーん。ここにはガイドは居ないのか」
儚い期待ですね。店長。
学生の団体さんはいるが、来ているのはジャージ。
近くの学校の運動部だろう。俺達より詳しい事は知っているかも知れないが、今は間違いなく邪魔だろう。
店長の気性から行くかと思われたが、思い止まってくれた。
気付かれない様に、ほっとするが、
「よし、学校に行こう」
俺の想像を超えた事を言い出した。
「ねぇ。ちょっと!」
部活中の学生さんに話しかけに行く
店長の思いつきに戸惑う時間が短くなっていく自分がいる。
「あ。あそこそうじゃないですか」
見えてきた学校。
「結構大きいな」
店長の言う通り、大きな学校。
「……いいんですか? 入っても」
「入らないと、駐禁だろ?」
そうだけど……目の前を『関係者以外立入禁止』の看板が通り過ぎる。
駐車場から正面玄関までの間、すれ違う学生がチラチラと興味深そうに見ていた。
ちょっとした有名人の気持ちを体感しつつ、正面玄関に到着。
「すいませーん」
窓をノックして教師を呼んで、事情を説明する。
「それなら、ここよりも図書館の方がいいんじゃないですか?」
当然と言えば当然の回答。
「しかし、ここは学び舎ですよね?」
「そうですが……神話に関する資料なら、なおさら図書館とかの方が」
食い下がる店長を、やんわり断る教師。
何度かのやり取りの後、
「はぁ。分かりました」
「図書館ならここから」
図書館の場所を説明しようとした教師に対して一言。
「結構です。自分で調べる位なら知り合いの詳しい人に聞きます」
毅然と言い放つが、その言葉はこの旅の意義を否定するんじゃ……




