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椎名代理店  作者: 奇文屋
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11/21

再会

「大丈夫か?」

 ついさっき帰ってきた弟。

……返事が無い。

目が合う。すれ違う瞬間、

「酒臭っ!」

 私の声になんのリアクションも無く、ゆっくりとした動きで自分のベッドに向う。

「ま、寝とけ」

 カーテンを閉めてとりあえず日が当たらない様にする。

「ほら。水。置いとくぞ」

 ベッド脇にコップを置く。

 まったく……何処で何をしていたのか。

青ざめた顔で、ぐったりとしている。

 しかし、暇だな。寝ているのかは分からんが横でゲームする訳にもイカンし。

情けない弟を放って行くわけにもイカンしな。

弱ったな。漫画でも読むか。

「何か欲しい物があったら言えよ。千歳」

 聞こえているのかいないのか。分からないが一応声を掛ける。


「ん?」

 ケータイが鳴る。着信は夏子。

「はい?」

「……」

 何か言っているが聞き取れない。呻いているのか?

「何? 聞こえんのやけど」

 何か呟いているが……

「え? 何? おい! 夏子!」

 切れた……聞き取れたのは……

「た、す、け、て」

 切羽詰っていた様な……

「千歳! ちょっと出てくるから!」

 財布とケータイと事務所の鍵を持って部屋を出る。


 走って事務所に到着。

「あっつ〜」

 夏の日差しの中のマラソン。

汗を拭って中に入る。

「夏子〜。来たぞ〜」

 小さくドアを開けて中を窺う。

いつもと違い暗い室内。

「何処にいるん〜」

 ゆっくりと辺りを確認しながら入っていく。

掃除用具の入ったロッカーを静かに開ける。

ガチャ、と鳴る音が響く。中に手を入れモップを取る。

いつものデスク、ソファ。

壁を背にして音を立てずに進んで行く。 

窓際のカーテンを開けて、室内を照らす。

外を窺うが、ここから見る限り不審者は見えない。

「狙撃って事は無いやろうけど」

 何か妙な組織に関わった事もあるしな。

無いとは言い切れんか。

 窓を一気に駆け抜けて、夏子の部屋のドアの前に立つ。

耳を当てて中を窺う。

 音は聞こえない。

人の気配は……

アカン。分からん。

 ……考えてる場合じゃないな。

くるん、とモップを回して、勢いよくドアを開ける。

「夏子!」

 誰もいない。

奥から聞こえる音。

「夏子!」

「……千早?」

 千歳より青ざめた顔の夏子がいた。

崩れ落ちる夏子。

「どうした! 何があった!」

 駆け寄って支える。

「うっ」

 ほのかに漂うスッパイカホリ。

「も一回行ってくる」

 回れ右でドアの向こうに消える夏子。


「二日酔い〜!?」

「大きい声はヤメテ」

 布団にくるまる夏子。

 もぞもぞと動く布団。

多分、頷いている。

それならこんなにも緊張していた私の立場は?

手にしたモップがアホらしい。

「しかし、あんたの部屋に入ったのは初めてやけど意外な」

 畳引いてるし。屏風も掛け軸もあるし。

本棚は漫画で一杯。かと思いきや、

「うわ、小説あるやん」

 マジで? 正直に言うて意外やわ。

背表紙は、

「『夕闇の論理』……やっぱりそっちか」

 夕闇の論理。夏子が最近ハマってる漫画。そのノベルか。

「お」

 よく見れば……神話の本が一冊ある。

漫画を買った時、カモフラージュで買ったか? 

しかし、コイツがレジで漫画を買うのを恥ずかしがるタマか?

いや、違うな。貰ったな、これは。


「おい。水置いとくぞ」

「ありがと」

 頭を押さえて一口飲む。

「じゃ、帰るから。何かあったら電話して」

「……ありがと」

 手を振って答える夏子。

「大人しくしてろよ」

 そう言って、事務所を出て行く。


 通りかかったレスト。

とりあえず、夏子の事を言っとくか。

「あれ? 一人?」

 入ると衣里がカウンターに座っていた。

「いらっしゃいませー」

 しのぶはコップを磨いている。

 衣里の隣に座って、

「ミックスジュース。あのさ、夏子の事だけど」

「何?」

 

「二人とも、二日酔いですか」

「そ。だから夏子の事をよろしく」

 ストローを銜える。

「あ〜、千早さんは千歳君の介抱があるから」

「嫌なんやけど。一応、家主やし」

「じゃ、ちょっと見て来るから」

 衣里が席を立つ。

「いってらっしゃい」

 しのぶの声が響く。


 レストで夏子の事を頼んでからの帰り道。

「誰かっ!!」

 後からの叫び声。

振り返ると、男が走ってくる。

「どけっ!!」

 の声に腹が立ち、足を出す。

ものの見事にスッ転ぶ男。

「何回転するんや?」

 笑いを堪える声で話しかける。

「こ、この」

 相当の痛みのはず。

立ち上がろうにも間接が痛くて思う様に動かない。

「ん? 何」

 目の前に座り込む。

「その男は私の鞄を」

 転がった時に飛んだ鞄を拾って、

「これですか?」

 後から来た男に渡す。

「あ。あぁ」

 大事そうに鞄を抱えている。

「くそっ」

 去っていくひったくり。

「どうします? 捕まえますか?」

 被害者の男に尋ねるが、

「鞄も戻ってきたし、それで。では、ありがとうございました」

「あ、そうですか」

 被害者がそう言うなら。

ここで、私が追いかけて捕まえても被害者がいないと意味無いしな。


 懐かしい公園前。

初めてこの街に来た時に夏子に会った場所。

 なかに入ってその時のベンチに座る。

「うわ〜。腹減った〜」

 その時の思い出が空腹を思い出させる。

レストで何か食ってきたら良かったな。

戻るのも何やしな。と言うか面倒くさい。

 どうしたものか。

空を仰ぐ。

 眩しく照らす太陽を手で翳して、流れる雲を見る。

「あっつ〜」

 そよぐ風が心地良い。

「お。千早?」

 懐かしい声。

「よう」

 視線を前に向けると、懐かしい顔。

「久しぶり」

「この前は千歳が世話になったそうで」

「あははは」

 豪快に笑う男。名前は日高宗士。腐れ縁のアホ。

「で、何? 千歳に用か?」

「いや。ちょっと仕事で来ただけや。お前見つけのは偶然」

「ふーん。何?」

 答えないとは思うが、興味本位で聞いてしまう。

「言える訳無いやろ」

 やっぱり、答えない。

「で、何?」

「何て……久しぶりに会ったのに」

 えーと。……最後に会ったのは。

「五年位前か」

「そうやなー」

 懐かしいな。

隣に座る宗士。

「隣に座んなや」


「あの時の私は、容姿端麗、才色兼備の」

「ちょ、ちょちょちょちょっ」

「何?」

「誰が?」

「何が?」

「え。容姿端麗、才色兼備って誰?」

「今、喋ってたのは私やろ?」

「え!? お前!?」

「何!? そのリアクションは!? 失っ礼な」

「え……だって。お前、自分の事解ってる?」

「当然やろ」

 首を振る宗士。

「残念。千早。皆お前の事、鬼っ子って呼んでたんやぞ」

「え? なんで?」

 意外や。こんなに可愛らしいのに。

「お前……子供の頃の大会の時、相手の女の子、血塗れにさせた事あったやろ」

 記憶を辿ると……やった覚えがある。

「……無い。それは私や無い」

「いや。お前や間違いなく。で、お前その時に半笑いやったやん」

「笑ってないて」

「やった事は認めたな」

 しまった。こんなアホに引っ掛けられるなんて。

「それからお前の事は鬼っ子って呼ばれたんや」

「絶対嘘や。お前が言うてるだけやろ」

「違うって。藤崎とか山原も言うてたし」

「三バカやん」

「誰が三バカや!」

「お前かてな、結構言われてたぞ」

「何をアホな事を。そんな事無いて」

「知らんだけやて」

「絶対にそんな事無い。おい。知ってるか? 俺と目が合ったら女は皆、目を逸らしたぞ。好意以外にそんな事するか?」

「アホが夢見てるわ〜。愚かやな。宗士」

「何? その笑い」

「お前、変態って言われたんやぞ」

「絶っっ対にそんな事無い」

「知らんだけや」

「会う女、皆目を逸らしたんやぞ? そんな俺が変態などと呼ばれる訳が」

「あるんやて」

「何や? その理由は?」

「お前、大会の時女子更衣室除いたやろ?」

「……覗いて無いよ」

「何? その間は」

「覗いてないですよ」

「喋り方変わったな」

「変わってないですよ」

「アホみたいな喋り方やめぇ。で、その時からお前は変態って呼ばれてるんや」

「おい。否定してるやろ」

「否定も何も、それは事実やし」

「だから覗いてないて」

「その時私が穿いてたパンツの色は?」

「え? 金色?」

「ほらぁ!!」

「何でやて。冗談やん。てか、金色のパンツあるんか?」

「あるて。持ってるし」

「どんな趣味や? お前は」

「間違いなく覗いていたと言う事実は、今証明された訳で」

「待てて。他に誰が言うてるんや」

「そんなん、お前」

「ほら。誰もいんのやろ」

「その逆でいすぎて誰から言うてええのか」

「じゃ、十人」

「白鳥に美咲、有里、伊藤、渡辺、晶と松嶋に西野と石田、最後に望」

 十人を指折り数える。

隣には、うな垂れた宗士がいた。

「? どうした?」

「そんなに……スラスラ出るとは」

「ショックやった?」

 ……

返事が無い。

どうやら本気でショックを受けている様だ。

「思い当たるフシがな。あるんや」

「あ。やっぱり?」

「中学の時、門脇に告白した時、本気で嫌そうな顔されたし」

「あっはっはっはっはっはっは」

「笑うなや。俺は本気やったんやぞ」

「アホやな〜。門脇はそんなん一番嫌ってるのに」

「しょうが無いやろ。年頃やぞ!?」

「え。今、私にキレられても。そうか〜。門脇に行ったか〜。チョイスを間違えたな」

「え!?」

 ガバッと顔が上がる。

「中学の時は美咲に行っといたら」

「マジで!?」

 もっと面白かったのに。とは言わない。

ちなみに、門脇に告白した事も当時すぐに聞いた。

その時の門脇は本気で嫌がっていた。

「確か、そん時、門脇が好きやったのは青木やったと」

「……青木かぁ」

「おい、声が恐いぞ」

「……何か負けた気がするのは何でやろ?」

「……さぁ?」


「さて、アホと喋ってるとアホがうつるし帰るわ」

「誰がアホじゃ。誰が!」

 結構話しこんだな。このアホと。

コイツもかなりの暇人やな。

ホンマは仕事無いんちゃうんか?

 ま、私にはどうでもええ事やけど。

「俺も帰ろかな」

 振り返る事もなく公園から立ち去る。

千歳のヤツは大丈夫やろか。

いつもより少し速く歩き出す。

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