再会
「大丈夫か?」
ついさっき帰ってきた弟。
……返事が無い。
目が合う。すれ違う瞬間、
「酒臭っ!」
私の声になんのリアクションも無く、ゆっくりとした動きで自分のベッドに向う。
「ま、寝とけ」
カーテンを閉めてとりあえず日が当たらない様にする。
「ほら。水。置いとくぞ」
ベッド脇にコップを置く。
まったく……何処で何をしていたのか。
青ざめた顔で、ぐったりとしている。
しかし、暇だな。寝ているのかは分からんが横でゲームする訳にもイカンし。
情けない弟を放って行くわけにもイカンしな。
弱ったな。漫画でも読むか。
「何か欲しい物があったら言えよ。千歳」
聞こえているのかいないのか。分からないが一応声を掛ける。
「ん?」
ケータイが鳴る。着信は夏子。
「はい?」
「……」
何か言っているが聞き取れない。呻いているのか?
「何? 聞こえんのやけど」
何か呟いているが……
「え? 何? おい! 夏子!」
切れた……聞き取れたのは……
「た、す、け、て」
切羽詰っていた様な……
「千歳! ちょっと出てくるから!」
財布とケータイと事務所の鍵を持って部屋を出る。
走って事務所に到着。
「あっつ〜」
夏の日差しの中のマラソン。
汗を拭って中に入る。
「夏子〜。来たぞ〜」
小さくドアを開けて中を窺う。
いつもと違い暗い室内。
「何処にいるん〜」
ゆっくりと辺りを確認しながら入っていく。
掃除用具の入ったロッカーを静かに開ける。
ガチャ、と鳴る音が響く。中に手を入れモップを取る。
いつものデスク、ソファ。
壁を背にして音を立てずに進んで行く。
窓際のカーテンを開けて、室内を照らす。
外を窺うが、ここから見る限り不審者は見えない。
「狙撃って事は無いやろうけど」
何か妙な組織に関わった事もあるしな。
無いとは言い切れんか。
窓を一気に駆け抜けて、夏子の部屋のドアの前に立つ。
耳を当てて中を窺う。
音は聞こえない。
人の気配は……
アカン。分からん。
……考えてる場合じゃないな。
くるん、とモップを回して、勢いよくドアを開ける。
「夏子!」
誰もいない。
奥から聞こえる音。
「夏子!」
「……千早?」
千歳より青ざめた顔の夏子がいた。
崩れ落ちる夏子。
「どうした! 何があった!」
駆け寄って支える。
「うっ」
ほのかに漂うスッパイカホリ。
「も一回行ってくる」
回れ右でドアの向こうに消える夏子。
「二日酔い〜!?」
「大きい声はヤメテ」
布団にくるまる夏子。
もぞもぞと動く布団。
多分、頷いている。
それならこんなにも緊張していた私の立場は?
手にしたモップがアホらしい。
「しかし、あんたの部屋に入ったのは初めてやけど意外な」
畳引いてるし。屏風も掛け軸もあるし。
本棚は漫画で一杯。かと思いきや、
「うわ、小説あるやん」
マジで? 正直に言うて意外やわ。
背表紙は、
「『夕闇の論理』……やっぱりそっちか」
夕闇の論理。夏子が最近ハマってる漫画。そのノベルか。
「お」
よく見れば……神話の本が一冊ある。
漫画を買った時、カモフラージュで買ったか?
しかし、コイツがレジで漫画を買うのを恥ずかしがるタマか?
いや、違うな。貰ったな、これは。
「おい。水置いとくぞ」
「ありがと」
頭を押さえて一口飲む。
「じゃ、帰るから。何かあったら電話して」
「……ありがと」
手を振って答える夏子。
「大人しくしてろよ」
そう言って、事務所を出て行く。
通りかかったレスト。
とりあえず、夏子の事を言っとくか。
「あれ? 一人?」
入ると衣里がカウンターに座っていた。
「いらっしゃいませー」
しのぶはコップを磨いている。
衣里の隣に座って、
「ミックスジュース。あのさ、夏子の事だけど」
「何?」
「二人とも、二日酔いですか」
「そ。だから夏子の事をよろしく」
ストローを銜える。
「あ〜、千早さんは千歳君の介抱があるから」
「嫌なんやけど。一応、家主やし」
「じゃ、ちょっと見て来るから」
衣里が席を立つ。
「いってらっしゃい」
しのぶの声が響く。
レストで夏子の事を頼んでからの帰り道。
「誰かっ!!」
後からの叫び声。
振り返ると、男が走ってくる。
「どけっ!!」
の声に腹が立ち、足を出す。
ものの見事にスッ転ぶ男。
「何回転するんや?」
笑いを堪える声で話しかける。
「こ、この」
相当の痛みのはず。
立ち上がろうにも間接が痛くて思う様に動かない。
「ん? 何」
目の前に座り込む。
「その男は私の鞄を」
転がった時に飛んだ鞄を拾って、
「これですか?」
後から来た男に渡す。
「あ。あぁ」
大事そうに鞄を抱えている。
「くそっ」
去っていくひったくり。
「どうします? 捕まえますか?」
被害者の男に尋ねるが、
「鞄も戻ってきたし、それで。では、ありがとうございました」
「あ、そうですか」
被害者がそう言うなら。
ここで、私が追いかけて捕まえても被害者がいないと意味無いしな。
懐かしい公園前。
初めてこの街に来た時に夏子に会った場所。
なかに入ってその時のベンチに座る。
「うわ〜。腹減った〜」
その時の思い出が空腹を思い出させる。
レストで何か食ってきたら良かったな。
戻るのも何やしな。と言うか面倒くさい。
どうしたものか。
空を仰ぐ。
眩しく照らす太陽を手で翳して、流れる雲を見る。
「あっつ〜」
そよぐ風が心地良い。
「お。千早?」
懐かしい声。
「よう」
視線を前に向けると、懐かしい顔。
「久しぶり」
「この前は千歳が世話になったそうで」
「あははは」
豪快に笑う男。名前は日高宗士。腐れ縁のアホ。
「で、何? 千歳に用か?」
「いや。ちょっと仕事で来ただけや。お前見つけのは偶然」
「ふーん。何?」
答えないとは思うが、興味本位で聞いてしまう。
「言える訳無いやろ」
やっぱり、答えない。
「で、何?」
「何て……久しぶりに会ったのに」
えーと。……最後に会ったのは。
「五年位前か」
「そうやなー」
懐かしいな。
隣に座る宗士。
「隣に座んなや」
「あの時の私は、容姿端麗、才色兼備の」
「ちょ、ちょちょちょちょっ」
「何?」
「誰が?」
「何が?」
「え。容姿端麗、才色兼備って誰?」
「今、喋ってたのは私やろ?」
「え!? お前!?」
「何!? そのリアクションは!? 失っ礼な」
「え……だって。お前、自分の事解ってる?」
「当然やろ」
首を振る宗士。
「残念。千早。皆お前の事、鬼っ子って呼んでたんやぞ」
「え? なんで?」
意外や。こんなに可愛らしいのに。
「お前……子供の頃の大会の時、相手の女の子、血塗れにさせた事あったやろ」
記憶を辿ると……やった覚えがある。
「……無い。それは私や無い」
「いや。お前や間違いなく。で、お前その時に半笑いやったやん」
「笑ってないて」
「やった事は認めたな」
しまった。こんなアホに引っ掛けられるなんて。
「それからお前の事は鬼っ子って呼ばれたんや」
「絶対嘘や。お前が言うてるだけやろ」
「違うって。藤崎とか山原も言うてたし」
「三バカやん」
「誰が三バカや!」
「お前かてな、結構言われてたぞ」
「何をアホな事を。そんな事無いて」
「知らんだけやて」
「絶対にそんな事無い。おい。知ってるか? 俺と目が合ったら女は皆、目を逸らしたぞ。好意以外にそんな事するか?」
「アホが夢見てるわ〜。愚かやな。宗士」
「何? その笑い」
「お前、変態って言われたんやぞ」
「絶っっ対にそんな事無い」
「知らんだけや」
「会う女、皆目を逸らしたんやぞ? そんな俺が変態などと呼ばれる訳が」
「あるんやて」
「何や? その理由は?」
「お前、大会の時女子更衣室除いたやろ?」
「……覗いて無いよ」
「何? その間は」
「覗いてないですよ」
「喋り方変わったな」
「変わってないですよ」
「アホみたいな喋り方やめぇ。で、その時からお前は変態って呼ばれてるんや」
「おい。否定してるやろ」
「否定も何も、それは事実やし」
「だから覗いてないて」
「その時私が穿いてたパンツの色は?」
「え? 金色?」
「ほらぁ!!」
「何でやて。冗談やん。てか、金色のパンツあるんか?」
「あるて。持ってるし」
「どんな趣味や? お前は」
「間違いなく覗いていたと言う事実は、今証明された訳で」
「待てて。他に誰が言うてるんや」
「そんなん、お前」
「ほら。誰もいんのやろ」
「その逆でいすぎて誰から言うてええのか」
「じゃ、十人」
「白鳥に美咲、有里、伊藤、渡辺、晶と松嶋に西野と石田、最後に望」
十人を指折り数える。
隣には、うな垂れた宗士がいた。
「? どうした?」
「そんなに……スラスラ出るとは」
「ショックやった?」
……
返事が無い。
どうやら本気でショックを受けている様だ。
「思い当たるフシがな。あるんや」
「あ。やっぱり?」
「中学の時、門脇に告白した時、本気で嫌そうな顔されたし」
「あっはっはっはっはっはっは」
「笑うなや。俺は本気やったんやぞ」
「アホやな〜。門脇はそんなん一番嫌ってるのに」
「しょうが無いやろ。年頃やぞ!?」
「え。今、私にキレられても。そうか〜。門脇に行ったか〜。チョイスを間違えたな」
「え!?」
ガバッと顔が上がる。
「中学の時は美咲に行っといたら」
「マジで!?」
もっと面白かったのに。とは言わない。
ちなみに、門脇に告白した事も当時すぐに聞いた。
その時の門脇は本気で嫌がっていた。
「確か、そん時、門脇が好きやったのは青木やったと」
「……青木かぁ」
「おい、声が恐いぞ」
「……何か負けた気がするのは何でやろ?」
「……さぁ?」
「さて、アホと喋ってるとアホがうつるし帰るわ」
「誰がアホじゃ。誰が!」
結構話しこんだな。このアホと。
コイツもかなりの暇人やな。
ホンマは仕事無いんちゃうんか?
ま、私にはどうでもええ事やけど。
「俺も帰ろかな」
振り返る事もなく公園から立ち去る。
千歳のヤツは大丈夫やろか。
いつもより少し速く歩き出す。




