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死にたい騎士の不運  作者: eleki
死にたい騎士の鎮魂歌

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19/27

別離

 シンはパトゥサへは戻らず、別の集落へとグランツを伴い移動した。

 ヴルカーノ兵とヴェロスたちも同じ場所に運ばれ、神殿兵たちの監視を受けて一所に捕らえられている。

「大丈夫か、シン殿」

 パトゥサよりずっと小さな規模の集落、ひとつの氏族だけで暮らす場所で小屋を借り、シンやフォスと同じ部屋で着替えを住ませたグランツは、寝床で夜具にくるまっているシンに訊ねた。

 シンは相変わらずひどい顔色をしている。

「パトゥサにいた時よりずいぶんマシだよ」

 それでも本人の言うとおり、今は意識が保たれ続けているし、口調もしっかりしている。腕の傷は、完治までとはいかないものの、常人ではあり得ない速度で着実に治りつつあるようだった。

 この集落に辿り着いてから、グランツはパトゥサで起きたこと――ディリティリオがヴルカーノに国を売ったという意味について教えてもらった。あの少年が、とやりきれない思いを感じる。よかれと思って、魔術のまっただ中にあるパトゥサへと、傷ついたシンをわざわざ運んでしまった自分の愚かさに対しても。

 今ごろはパトゥサにも神殿兵たちが向かっていることだろう。ディリティリオ以外のパトゥサの村人は、全員罪を認めて大人しくしているという。ディリティリオがどうしているのかはグランツにはわからなかった。企みが潰えたことを嘆いているのか、己のしでかしたことを悔やんでいるのか――。

「っていうか、グランツさんが大丈夫?」

 座りもせず、小さな小屋の中に突っ立っているグランツを、シンが寝床の中から見上げている。フォスは小屋の片隅でいつもどおり端座していた。普段は集落の一家族が住んでいるという木造の家は、治まることなく荒れ狂う嵐に嬲られ、頼りなく揺れている。

「私は……」

 ぼんやりと呟いて、グランツは自分の両手を見下ろした。

 剣や槍を持ち続け、グローブのように固くなった掌。

「……私は、騎士失格だ……」

 呟くと、またしても両目に涙が盛り上がってくる。

「何で? グランツさんは、ヴルカーノの兵士やヴェロスをひとり残らず、俺の望みどおり血の一滴も流させず、生け捕りにさせてくれただろ」

 不思議そうに、シンが問う。

「正直言って、ちょっと呆れたくらいだよ。俺がどんな魔術を使ったって、あの人数を一遍にってわけにはなかなか行かなかったと思うし。剣のひと振りで数十の敵を薙ぎ払うだの、眼差しひとつで戦馬が身を凍らせその場にひれ伏すだの、いいだけ大袈裟に伝わってると思ってたけど、ロード・グランツって、もしかして歌のとおりの活躍を本当にしてたの?」

 そう言うシンの口調は、おもしろがっているようでもあった。

 だが、グランツには笑えない。

「そうだ、私は……どれだけの敵が目の前に立ち塞がろうと、一度も負けたことがなく……あの数の騎士が相手であろうと、いくらだって、生け捕りにすることができたのだ……」

 見下ろす両手は震えている。その掌で、グランツは自分の顔を覆った。

「なのに私は、恨みに任せてヴルカーノの騎士を殺してしまった……!」

 シンが傷つけられる前、ヴルカーノ兵たちの野営地を発見した時。

 そこにヴルカーノ兵の姿をみとめたグランツは、瞬時にして我を忘れ、相手の命を奪ってしまった。

 何も考えることができなかった。まるで自分の体が、心が、自分のものではなくなったかのようだった。

「あれはただの私怨だ。義なき殺戮だった。誰に命じられたわけでもなく、ただ、ただ、私は私の怒りに任せて剣を振るった」

「自分の主の仇を取っただけなのに、そんなに落ち込むもの?」

「ノルベルト様は大義のない争いを何より嫌う方だった!」

 シンの問いかけに、グランツは血を吐く思いで答える。

「でもノルベルトさんは、グランツさんが自分の恨みを少しでも晴らしてくれたことが嬉しいんじゃないの」

「私の王はそんな卑しい考えをなさる御方ではない!!」

 嵐の騒ぎを上回るほどの声を張り上げてから、グランツは冷静な目で自分をみつめるシンの眼差しに気づき、頭に昇った血をどうにか鎮めた。

「――すまない……君に八つ当たりすることではないのに……」

 シンは黙ってグランツをみつめ続けている。

 グランツは大きく息を吐き出した。

「祖国にいた頃であれば、私闘で他人を殺めた私を裁く法もあったが……ここでは、誰も私を咎めてはくれないな」

「もう充分後悔してるんだし、いいんじゃないの」

 言いながら、シンが身動いで、ゆっくり寝床の上に体を起こした。

「起きて、平気なのか」

「フォス」

 グランツには答えず、シンは護衛の名を呼んだ。部屋の隅に控えていたフォスが音もなくシンのそばに近づき、その体を支える。

「とりあえずグランツさんが反省してる間に、俺は儀式をしてくるよ」

 シンの言葉に、グランツはつい今まで頭を支配していた悔恨も忘れ、愕然と相手を見下ろした。

「儀式だって……!?」

「いい加減この雨を止ませないと、ヴルカーノが攻めてくる前に勝手に自滅するよ、この国は」

 まるで雨漏りがひどいから治してくる、とでもいう程度の軽い口調で、シンが言う。

 グランツは狼狽した。

「ま、まさか、そんな体で、君がまた、その剣で……」

 自らの体を貫くつもりかと、怖ろしくて口に出すことができなかった。

 シンの枕許には儀式のための剣が置かれている。

 ちらりと、その剣を見下ろしてから、シンが小さく首を振った。

「いや、俺じゃない。今度ばかりはね」

 シンの返答に、グランツが安堵できたのはほんの一瞬のことでしかない。

「アクソスが求めているのは、ディリティリオとヴェロスの犠牲だ」

「え?」

 ぽかんと口を開けるグランツの方は見ず、シンの視線は虚空に移った。その場にはいない何者かの――神々の声を聞くかのような仕種で。

「二人を捧げるよう叫んでる。さっきからうるさくて頭が割れそうだ」

 シンが細い指先でこめかみを押さえている。今度は小屋の外、集落の入口のある方へと視線を向けた。

「じきにディリティリオがここに運ばれてくる。この天気じゃ天幕は無理だから、もうひとつ小屋を借りて、今ごろはミラたちが儀式の支度をすませているよ」

「し……し、しかし、ディリティリオ殿やヴェロス王子は、君とは違って……」

「そう、俺とは違って、自力で回復する術を持たない。心臓の一突きであっさり死ぬことがないように、一晩中治癒法を続けないといけない、俺も」

「ま、待ってくれ!」

 フォスの手を借りて立ち上がろうとするシンを、グランツは大声で呼んだ。

「そんな、それも、そういうこともあるのか? 君以外の人が、儀式を行わなければならないことなど」

「滅多にないし、俺がウディヤになってからは初めてじゃない? 何しろ外敵を手引きしたなんて、ヴェロスとディリティリオで初めてだから。俺だって驚いてるよ、アクソスがここまで我を失くすほど怒り狂って、俺以外の血を求めることがあるなんて」

 シンは浮かない顔をしている。何に対しての憂鬱なのかは、彼のように心を読む力など持ち得ないグランツには読み取りようもなかった。

「でも、アクソスがディリティリオとヴェロス二人の血だけで満足してくれるのなら、安いものだよ。パトゥサの全員が命を捧げなければ許されないだろうと思ってた。その上で、俺が何度儀式を行えばいいのかと――」

「どう、どうしても、彼らの命が必要なのか」

 縺れそうになる舌を無理に動かして、グランツはシンに訊ねる。

「今の君の口ぶりでは、君たちの神は彼らの苦しみだけを求めているということだろう? 罪を贖うために処刑されるわけではなく、ただ苦しみを長引かせるために、わざわざ回復させて、何度も傷をつけさせるなどと」

「俺がいつもやってることだよ?」

 相変わらず考えの読み取れない顔で、シンがグランツを見返す。

「それともグランツさんは、俺一人が苦しめばいいって言ってる?」

「そうではない、そうではないが……」

「たしかにね、俺がアクソスと交渉して、俺一人の苦痛で許してもらえるよう、何度も何度も何度も何度も儀式を行えば、時間はかかってもこの嵐を収めることはできると思うけど」

 そこで初めて、シンが笑った。

 微かに口許を歪める、皮肉げな笑みだった。

「俺なら、ヴェロスやディリティリオと違って、どれだけ苦しんでも死にはしないからね」

「ただの極刑では許されないのか? どのみち彼らの命を奪わずには、君たちの神は治まらないのだろう? ヴルカーノと組んで集落の人々の命を奪ったのがあの二人だというのなら、その罪が裁かれることは当然だ。だが、だったら、せめて苦痛など与えずに逝かせてやればいいではないか」

「それじゃ意味がないんだよ」

 平然と答えるシンに、グランツは寒気を覚えた。

「アクソスたちが求めているのは血と苦痛だ。異国の人間を、アクソスが嫌う鉄と呪いを、この国に引き込んだ罪は重い。前に言っただろ、神々が守るべきアクリオスの土地と人を傷つけるアクリオスの者は、アクリオスの神々によって報いを受けるって」

 たしかにシンはそう言った。『すべては神々のご機嫌次第』だと。

「それでは、それこそ私刑ではないか……」

 憤るグランツを、シンがじっと見上げている。

「そうだね。あなただって、その手でヴルカーノの兵を殺した」

 シンの瞳が、まるで自分ではない別のどこかを見ている気がして、グランツはにわかに心許ない気分になる。

「私は……違う……それでも、相手も剣を持っていた……」

 その不安を払いたい一心で、グランツは無様な言い訳を試みる。

「戦いのさなかで殺し合うのと、君のやろうとしていることはまるで違う。嬲り殺しにするのと一緒ではないか」

 シンの青みがかった黒い瞳から、グランツは目を反らせない。その瞳を覗き込めば、何か怖ろしいものが見えてしまう気がして不安で仕方がないのに、視線を外すことができなかった。

「ノルベルト様は、私の王は決して私刑を許さなかった。拷問もだ。一思いに敵を殺すのならまだしも、苦しめることこそを目的とするなんてありえない」

「ここは『あなたの王』が治める国じゃない」

 答えるシンの声音は、グランツが初めて聞く冷ややかさを孕んでいる。

「こうしている間にアクソスの機嫌は損なわれていくばかりだ。荒れ狂った気候のせいでヴェロスとディリティリオ以外の人間が死ぬ羽目になることを気の毒に思うなら、これ以上余計な口を挟まないでほしいんだけど」

「他に何か方法はないのか た、たとえば、私が彼の代わりになるとか」

 必死に喰い下がるグランツに、シンが不愉快そうに眉根を寄せた。

「あなたが?」

「君の言うとおり、私こそ私怨のために人を殺めた。その血で君たちの神が治めるという土地を穢した。それは裁かれるべきではないのか?」

「アクソスはあなたに代償なんて求めていない。運命は誰にも肩代わりできないよ」

「しかし……!」

「俺の――神の意志は変わらない」

 そこで初めて、シンがグランツの方から視線を逸らした。

「俺のすることが気に喰わないっていうのなら、この国から出て行くんだね」

「――え?」

「別に俺はあなたにそばに居てほしいとか、守ってほしいとか、頼んだ覚えはない。言っただろ、俺は一人で生きていける」

 冷たく突き放す調子で、シンがグランツに言う。

「俺じゃあなたを殺してあげられないのかもしれないね」

 グランツには、シンの言うことがすぐには呑み込めなかった。なぜシンが自分を遠ざけるようなことを言うのか。

 たしかに約束は一方的なものだったかもしれない。シンを守ると決めたのはグランツだ。少しでもシンが儀式で苦しむ機会が減るように、剣を捧げると誓ったのは勝手なことだったのかもしれない。

 だが、シンだって、グランツの望みを果たしてくれると、いつか必ず殺してくれると誓ってくれたのに。

「……あなたが求めているのはあなたにとって正しい人だけだ」

 茫然と立ち尽くすグランツの耳に、小さなシンの呟きが届く。

「俺のそばでこの国のやり方を見続けるんじゃ、グランツさんには辛いだけだろ。俺はアクソスの望みどおり、ヴェロスとディリティリオに苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いてやっと死ぬように命じるよ」

「……」

「あなたにはこの土地に縛られる謂われがないだろ。儀式を行えばじきに嵐は止む。海が凪いだら港の商船に乗って島を出るといい」

 そう告げると、シンはグランツの返事を待つまでもなく、フォスを伴い小屋の外へと出て行った。

 グランツはただ、馬鹿みたいにその場に立ち尽くすことしかできなかった。

「……そうだ……私には、耐えられない……」

 文明や宗教観の違いだと、ただそれだけで片づけることなどできない。

 成人しているらしきヴェロス王子はともかく、ディリティリオはまだほんの子供だ。

 ――シンだって、まだ十六歳にしかならない少年だ。

「私にはどうにもできないというのに……」

 ノルベルトの死以来感じ続けていた無力さが、なお強くグランツの全身にのしかかってくる。

 アクリオスはアクリオスなりの仕組みで成り立っている。

 外から来た、異国人である自分が、そのやり方を変えようとするなど、きっと不遜でしかありえない。

 もうじきディリティリオがこの集落に移送されてくるとシンが言った。間もなく儀式が始まるのだろう。

「……出て行こう、この国を……」

 シンの行う儀式であれば、どれほど精神的な苦痛を感じたとしても、見守る決意をしていた。

 だがシンが他人に自分と同じ苦痛を味わうよう命じる姿を、正視することはできないだろう。

 グランツは重たい足を引きずるように、激しい雨と風の吹き荒れる外に向かい、小屋の中を歩き出した。


     ◇◇◇


 ――出て行ったか。

 グランツがゆっくりと集落から離れていくのを感じ、シンは無意識に目を閉じた。

 ここしばらくですっかり馴染んだグランツの気配。それが失われていく感じは、思った以上にシンの中に虚しさを与えた。

 だがそれをのんびりと味わっている暇もない。シンはすぐに瞼を開いた。

 目の前の床には、手脚に縄を打たれたヴェロスとディリティリオが座り込んでいる。儀式を行うための支度がまだすんでおらず、ヴェロスたちは力ずくで禊を行わされたあと、裸同然の格好で小屋の床に放り込まれていた。

 小屋の中には、縛られた二人と、シンと、それにまた片隅に控えているフォスの姿だけがある。

「ゆ……ゆ、ゆ、許されると思うのか、こんなことが。俺は王の、神聖王クレオの正妻の子だぞ!」

 口調だけは威勢よく、さっきからヴェロスがシンに向けて叫び続けていた。

「王子に手をかけるのなら、おまえは逆賊だ!」

「まだそんなこと言ってるのか、ヴェロス」

 呆れ果てた気分で、シンはヴェロス『王子』を見下ろす。

 ヴェロスもディリティリオも、これから行われる儀式について、すでに神殿の人間から知らされている。

 ディリティリオは暗い瞳で黙り込んでいた。ヴェロスの方はガタガタと全身を震わせているが、元気は余っているらしく喚くのをやめない。

 こんなことなら、儀式のためにとグランツのへし折った足を治癒法で治してやったりしなければよかった。シンは醒めた心地でヴェロスを見下ろしながら思う。

「自分がしたのがどれだけのことか理解できない限り、おまえがクレオ様の血を引こうと引くまいと、アクソスの力を継ごうと継ぐまいと、おまえに人の上に立つ資格なんてないんだよ」

 ヴェロスは異国人を土地に引き入れ、同族を焼き殺したことに、まったく罪悪感を持っていないようだった。アクリオスの未来のためには必要だと、馬鹿げた主張を続けている。

「ぎ、犠牲のない革命などあり得るものか! 俺はこの閉ざされた国の未来を誰よりも思う救世主だぞ!」

「今度は革命か……自分が正当な王位継承者だと言ってみたり、革命だと言ってみたり、せめて論旨はひとつにまとめてくれるとありがたいんだけど。まあ何にせよ、おまえのくだらない演説なんか聴く気はないけどね、俺には」

 心から軽蔑した口調で言うシンに、ヴェロスの全身がカッと羞恥に灼けるように赤くなった。

「おまえに……ッ、神々の祝福を受けてのうのうとウディヤなどと人々から褒めそやされる地位にいるおまえに、俺の気持ちがわかるものか!」

 シンは傷ひとつないヴェロスの体を見て、小さく笑った。笑ったシンの顔を、ヴェロスが憎しみを込めてみつめている。

「おまえに人の心が読めるというのなら、俺の心を読むがいい! 俺がどれほど、王になれない自分の運命に絶望したのか……!」

「絶望?」

 声を上げて笑うのを、シンは自分で止めることができなかった。

 ヴェロスの顔がさらに赤くなる。

「何がおかしい!」

「軽々しくそんな言葉を口にするものじゃないよ、ヴェロス。……本当の絶望を見せてあげようか」

 笑ったままシンはヴェロスの前に膝をつき、相手の瞳を覗き込んだ。

 シンは向かい合った者の心を読むことができる。

 そして、自分の心を相手にそのまま見せることも、同じくらい容易くできる。

 そんなことを実際にしようだなんて、これまでは一度も思ったことがなかったけれど。

「……っ、……、――」

 呆気ないものだった。シンの瞳を覗き返したヴェロスの顔から、人らしい表情がほんの数秒で消え失せる。

 惚けたように口を開け、ヴェロスはもう人の言葉を発することもなくなった。

「……何をしたんですか」

 丸太のように床に転がるヴェロスの横で、ディリティリオが強張る声を漏らした。

「俺の今の心を少し覗かせてやっただけだよ」

 シンは視線を動かし、今度はディリティリオの瞳を覗き込んだ。

 ディリティリオは唇を噛み締め、気丈にシンの目を睨み返している。

 ディリティリオの中に、シンは自分に似た心をみつけた。異国人の血を引く容姿を他人に蔑まれ続けた日々。自分や母親を傷つけた人々への憎しみ。すべてを壊し、壊すことで何かを救えるのではという、可哀想なほど純粋な願い。

「ヴェロスはともかく、おまえみたいな愚かさを、アクソスはきっと嫌いじゃないだろうなあ……」

 苦笑いしながら小さく呟き、溜息と共にシンはディリティリオから視線を外した。

 立ち上がり、腰の剣に触れる。飾りばかり立派な小剣。鞘から抜き払うと、現れるのは呆れるほど研ぎ澄まされた刃。

 儀式に臨むシンが切れ味の悪い刃でより苦しむよりはと、グランツが丹精込めて手入れをしてくれた。

「ほんっとにあの人は、いちいち余計なことしかしないし言わないし」

 シンの手にする剣を見て、ディリティリオが怯えまいとしながらも、身を竦めるような仕種になる。

 ディリティリオに向けて、シンは剣の切っ先を振り下ろした。体を縛めている縄に触れると、軽い手応えがしてその縄が両断される。

 自分をみつめるディリティリオを、シンは見返して微笑んだ。

「この剣で死ねるんだったら、儀式なんて何ひとつ怖くはないのにさ」

 ディリティリオはシンの呟きに何も応えなかった。シンも返事を期待して言ったわけではない。ただの独り言だ。

 小屋の外で、嵐の音に交じり、戸を叩く音が聞こえる。

「――シン様、儀式の支度が調いました」

 ミラの声。

「今行く」

 短く言葉を返して、シンは腰の鞘に小剣を収めた。

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