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死にたい騎士の不運  作者: eleki
死にたい騎士の鎮魂歌

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14/27

かの国の名を

 前回同様、神殿兵たちの猛烈な抗議を無視して、グランツは儀式の後の天幕からシンの体を外へ運び出した。

 傷が自然に治るまで天幕に居続けなければいけない、ということは特にないらしい。だったら、あの香の煙とシン自身の血の夥しい血と、その匂いに満ちた天幕になんて、シンを置いておきたくない。

 シンは火を焚き野営をするグランツのそばで身動ぎもせず一昼夜眠り続け、翌日の夕方頃に目を覚ました。

「もう起きて大丈夫なのか?」

 前の時は、丸二日眠り続けた。今回はそれよりも早く起き上がろうとしている。止めるべきかがわからず、グランツは困惑しながらもシンに手を貸した。

「――あまりのんびりしてられる状況じゃない」

 掠れた声で言うシンの顔色は、血の管が透けて見えそうなほど真っ白だ。

「伝令使として兵を一人城塞に戻したとはいえ、人手を集めて来るまでもう少し時間がかかる。襲撃がケレイスとクリノスで終わるとは思えないし、まだ無事な集落が襲われる前に……止めないと……」

 喋るだけでも辛そうなシンが心配で仕方ないが、グランツはやはり彼を止めることはできなかった。

 彼一人にかかる負担が大きすぎる気はするものの、シンはアクリオスの民を守るべき立場であり、その義務を果たそうとすることを邪魔するわけにはいかない。

 これが普通の戦場で、目の前に敵がいるのであれば、自分が真を守ることができるのに――と、グランツは歯痒くて仕方なかった。

「今はまだ……夕方だね、夜が来る前に次の集落に行く」

 空を眺め時刻を確認するように呟いてから、シンが立ち上がった。空は相変わらず厚い雲に覆われている。手頃な木の下で、神殿兵たちの荷物から適当な布を奪い取って簡易的な天幕を作ってはいるものの、雨が降れば傷に障っただろうから、シンが眠りに落ちている間、グランツはそうならないよう延々と念じ続けていた。

 神殿兵たちとフォスは、それぞれグランツやシンとは離れた場所で野営していた。シンが彼らに声をかけ、ここから一番近い集落へ移動するため、全員騾馬に乗った。

「パトゥサという集落がある。パトゥサには巫覡がいないから、次に狙われるのならそこだ」

 またグランツの隣で騾馬を進めながら、シンがそう説明してくれた。アクリオス全体を神々が守護しているはずではあるが、神職者や巫女がいない土地は、その守りが弱いのだという。だから呪いがかかりやすく、犯人はそれを狙うのだと。昨日シンが儀式で浄め彷徨える死者の魂を天に還した集落も、その前に襲われたケレイスも、どちらも神を祀る祠があるだけで、神に与えられた力を持つ者はいなかったらしい。

「差し出がましいようだが――狙われそうな場所に目星がついているのなら、儀式よりも先に、そこへ報せに走る方がいいのでは?」

 言ったグランツに、シンが首を振る。

「呪いのかかった場は、さらに大きな呪いのための基点となる。ケレイス、クリノス、パトゥサは、位置的に、繋ぐと大体三角形を描く形になって……」

 シンが指で宙に歪な三角形を書いて見せた。

「呪いを放っておけば、この三角形の内側にある土地は神の守護が届かない場所になる。まあそれも俺が儀式で神々に頼み込めばどうにかなるけど、一回胸を突く苦痛と血くらいじゃ足りないだろうから、太い血の管が流れるところを何ヵ所か――途中で気を失わないように、術をかけてくれる神官も何人か神殿から呼ばなくちゃいけないし」

 思案げに呟くシンの言葉で、血など一滴も垂らしていないグランツが、貧血を起こしそうな気分になってくる。

「わ、わかった、ではパトゥサというところに急ごう。襲撃を受ける前に辿り着けば、君が儀式を行う必要はなくなるんだろう?」

「呪いを解くための儀式はね」

 シンの相槌には少し含みがある気がして、グランツはどことなく不安な心地になる。

「君は誰が犯人でも、『相応の報いが返るだけ』だと言っていたが、その報いというものを与えるために、また儀式が必要だとか……?」

「俺は何もしない。俺はっていうか、この国では人が人に罰を与えることはないんだよ。グランツさんみたいな、大陸の人には信じられないと思うけど」

 たしかに、信じられないというか、グランツにはシンの言っていることがピンと来なかった。国には普通法があり、罪人はその法に従い裁きを受ける。裁判にかけられ、罰を受けるのだ。勿論、裁判官や陪審員は「人」に決まっている。

「アクリオスではね、神の教えに背いた者を神が裁くんだ。神のご機嫌次第。神々が守るべきアクリオスの土地と人を傷つけるアクリオスの者は、アクリオスの神々によって報いを受ける」

 シンの言葉を必死に頭の中で吟味して、グランツは少し首を傾げた。

「だったら、君がこうして集落を襲った者を追いかける必要はないのでは?」

 グランツの言葉に呼応して、シンの表情が、出会ってから今までで最高に皮肉げな笑いになった。

「うちの神様はさ、止めないし、区別しないんだよ。悪いことをした犯人個人をおしおきするんじゃなくて、それに類する大勢の人を巻き添えにする。今回の規模の穢れなら、放っておけば関わった人間の親類縁者と、向こう十年くらいで生まれくる子供にくらいは累が及ぶかな。ついでに言うと、アクリオスっていう国は知ってのとおりとても狭くて、余所の土地と交わることがなかったから、要塞に住む人間のほとんどがどこかしらに血の繋がりがある」

「で……では、まさか、その繋がりのある者すべてが、『おしおき』を受けると……?」

「そうならないように伏して請うのが俺」

「……」

「俺が神々にお願いして、まず穢れを排し死人の魂をきちんと送り返して、あとはたとえばこのくらいの貢ぎ物をして、祈りを捧げて、潔斎して、禁欲しますから勘弁してもらえませんかって、仲裁するわけ。ちょっとした不敬であれば、別に俺がいちいち祈らなくても、納得してくれる。それじゃすまないくらい酷いことを土地の者がしでかした時に、俺――ウディヤが、今度みたいに儀式をする。それでも、今回くらい苦痛と血を捧げなくちゃいけない儀式って、結構久しぶりなんだけどね」

 やはり君の国はおかしい、と声を荒げたくなるのを、グランツはようやく堪えた。

 それをこの国で誰より理不尽だと感じているのは、他ならぬシンに違いあるまい。

「だから結局、誰が首謀者で何をしようと、関係ないんだよ。この国で謀叛は成り立たない。試みるだけ無駄だ、国を治めているのは王じゃない。神なんだから」

 シンの話しを聞くごと、グランツは複雑な心地になる。立憲君主制の国で生まれ過ごしてきた身では、アクリオスの仕組みは呑み込みがたい。

 呑み込みがたくはあるが、しかし、考えてはしまう。

 もしノルベルトが王ではなく、神であったら――自分は王を失わず、神を信じられぬという悲劇に見舞われずにすんだのにと。

「アクリオスの者がアクソスたちに生かされている限り、この企みは絶対に成功しない。ただ、少し問題があるとすれば――……あれ?」

 呟く途中で、シンが不意に、隣にいるグランツとは逆の方角へと首を巡らせた。手綱を引き騾馬を止めている。少し先を行きかけたグランツもすぐに騾馬の足を止めさせ、シンを振り返った。

「どうした?」

「――人がいる」

 すわ、敵かと、グランツは咄嗟に腰の剣へと手を伸ばした。

 だがシンの視線を追っても、見えるのは平坦な草原と、森とも呼べない小さな木々の塊だけだ。人影は見当たらない。

 シンはその森の方を見ている。と思うと、そちらへ向けて騾馬を走らせた。グランツは慌ててそれを追う。

 少し走るうち、森の木々の間から木造の小屋が見えた。シンはどうやらそれを目指しているらしい。目一杯の駆け足で小屋の前に辿り着くと、シンが騾馬から飛び降りる。グランツも同じようにそれに続いた。

 古びた小屋は、狩猟小屋か木挽きのための物置という感じだった。シンが一切迷いのない動きでその小屋のドアに手をかけるが、開かない。内開きのようだが、中から鍵がかかっているのか、それとも何かで塞がれているのか。シンがかすかに眉を顰め、小さく呟きを漏らした気がした。途端、バキリと木の割れる音がして、真っぷたつに割れたドアが外側に倒れてきた。魔術を使ったのだ。

 わけがわからないまま手伝おうとして剣の柄に手をかけていたグランツは、倒れてくるドアがシンに当たらないよう、慌ててそれを押さえた。

 ドアの向こうには、外側からの侵入を拒むように、木箱が積み上げられていた。シンがそれを乗り越えて中に入る。グランツも続こうとしてから、小屋の隅に小さな人影が蹲るように倒れているのをみつけた。

「子供?」

 四、五歳ほどの年齢に見える子供だった。シンが子供に駆け寄り、床に膝をつく。男の子だ。あまりにその子供がぐったりしているので、あるいはすでに息がないのだろうかとグランツは懸念したが、シンがそっとその体を抱き上げると、驚いたように目を見開いた。

「――」

 反射的に暴れだそうとする子供に、シンが何かを告げた。アクリオス、ウディヤ、という単語がグランツにも聞き取れたから、どうやら自分の身分を相手に伝えたらしい。

 途端、子供が引きつけを起こすような調子で呼吸をしながら、大声で泣き喚きだした。

 子供は泣きながら、シンの服へとしがみついた。

 シンがかすかに目を瞠ってから、そっと、宥めるように指先で子供の額に触れる。

 子供が泣きながら、切れ切れに言った言葉の中に、『クリノス』という響きがあることに気づいて、グランツはハッとした。

 ――あの集落の生き残りか。

 この小屋は、クリノスで暮らしていた者が使っていた場所かもしれない。

 おそらく子供は、何者かによる襲撃を逃れ、この小屋に立てこもり、助けを待っていたのだ。たった一人で。

 シンに縋りつく子供の必死な様子、そしてそれを優しく受け入れるシンの姿を見ていたグランツは、胸に迫るものがあり、たまらず小屋の天井を見上げて涙した。

「何と、哀れな……」

 絞り出すように呟いた時、背後、入口から慌ただしく人の入ってくる気配がした。ミラだ。シンが急に道を逸れたことに驚き、追ってきたらしい。

 ミラはグランツを突き飛ばし、シンに駆け寄ると、その手から子供を奪い取ろうとしている。どうやらウディヤに子供が触れることに対して、怒りを感じているらしい。それをシンが宥めている感じだ。子供は自分を怒鳴りつけるミラに怯え、ますますシンに縋る格好になっている。

 そのうち子供がシンにぐったりと身を預け、ミラはシンに諭されてしぶしぶといった様子で立ち上がり、小屋を出た。

 シンが子供を抱きかかえて立ち上がる。

「私が運ぼうか?」

 子供は小柄だったし、何日飲まず食わずでいたのか、骨と皮だけのような酷い有様だったが、シンも華奢だしそうそう腕力があるようには見えない。

 親切で申し出たグランツに、シンが小さく首を振った。

「棒切れみたいに軽いよ、この子供。……クリノスの生き残りだ」

 やはり、グランツが推察したとおりらしい。

「ついでに、首謀者がわかった」

「――襲撃のか?」

 シンが、今度は頷く。

「この子供の『中』を少し覗いた。名はリハ。伐採に訪れた父親と一緒にこの部屋に寝泊まりして、クリノスに帰った時に、ちょうど襲撃を受けているところだった……みたいだ」

 リハの顔色は酷かったし、泣き疲れて生まれたての雛鳥のようにしわくちゃな顔になってはいるが、シンの腕の中で大人しく目を閉じている。呼吸は正常だ。

「父親はリハには逃げるように言い含めて、自分は仲間を助けるために火矢を射かけられているクリノスに戻った。リハは言われたとおり逃げようとしたものの、父親や家族が心配で立ち往生しているうちに、集落を襲っている者たちの姿を見た」

 シンがそっとリハの目許に触れると、腫れた瞼がスッとその赤味を消す。話しながら、治癒法を使っているのだ。

「まだ小さい子供だから、記憶がいまいち不鮮明だけど、首謀者の姿には見覚えがある。ヴェロスだ」

「王子だという……」

 グランツの相槌に、シンが少し口許を歪めて笑う。

「アクリオスには『王子』っていう言葉はないんだよね。王の血を継ぐことに何の意味もない。クレオ様は特に、何人もの妻や側妻を持っている。子供は死んでる分も含めれば両手足の指じゃ足りない数だし、孫どころか曾孫までいる。でもその子孫の誰一人として、王位を継ぐ権利はない」

 アクリオスの次の王は、シンだ。

 ウディヤは生まれる前から役目を決められていると、シンは以前言った。母親が神託を受け、その腹の子が生まれる時には、すでにすべののお膳立てがすんでいる。シンを育てたのは両親ではなく、神殿の人間だ。実の弟であるミラとは、彼が修行者として神殿に入るまで、姿を見たことすらなかったらしい。

「ヴェロスが従えているのは、あの馬鹿息子の腰巾着たちと……悪しき者(デヴィル)」

「怪物(デヴィル)?」

「異教徒……うーん、余所から来る者」

 シンはリハの顔を見下ろしながら、言葉を探すように呟いている。公用語でうまく言い表す単語がみつからないようだ。

「異国人?」

「初めて余所者を見る子供の目だと、まともに姿を捉えるのが難しかったんだろうな。ほとんど人ではない形の化け物が、火矢を使う様子が頭にこびりついてる。周囲が暗かったのと、リハの心が恐怖に曇りすぎて、髪の色や肌の色はわからないけど、まあ、異国人だろうな」

 ヴェロスという王の息子は、異国の者と手を組み、自分の国の人々を襲っているのだ。

 王子である自分こそが、王位を得るべきだという思い込みの許に?

「やっぱり、この件には、土地の者以外も関わってるわけだ」

 シンの呟きを聞いて、グランツは無意識に自分の体を見下ろした。

 シャリエの騎士装束、その懐にしまっているのは、最初に襲撃を受けた集落でみつけたもの。

 矢の燃え残り――鉄の鏃だ。

 シンが『儀式』で気を失い、そのあと夢うつつのような状態で、グランツに向けそれを取ってくるよう頼んだ。グランツには一体何のためにそれが必要なのかわからなかったが、とにかく言われたとおり鏃のいくつかを拾い、保管しておいた。

 シンは「自分はそれに触れない」と言い、他の荷物に紛れ込ませることも厳重に禁じられ、仕方なくグランツは鏃を布にくるんで自分の懐に収めた。

「その鏃の形は、西方大陸のものだってグランツさん、言ってたよね」

「ああ」

 確信を持ってグランツは頷いた。戦場で何度も見た形だ。長弓で使う細身の鉄。以前グランツがこの土地の人間に打たれた矢は動物の骨で、凶悪な返しがついていた。

 集落の燃え跡には銅合金の鏃も落ちていたが、シンの指示は『鉄の鏃を拾ってくるように』というものだった。

「武器の輸入を、クレオ様は許していないんだ。そしてアクリオスでは黒金が採れない」

 布越し、鏃を見透かすかのようにじっとグランツの懐に視線を向けたまま、シンが呟く。

 だとすれば、大陸の人間が、この群島内に武器を密輸したということになるだろう。

「アクソスの力が影響するのはあくまでこの土地で生を受けた者だけだ。もしヴェロスが異国の者の手を借りているとすれば……」

 そう言ったきり、シンは自分の思いに沈むように黙り込んでしまった。

 異国の者が関わることで、この件に何がどう影響するのかグランツにはわからない。

 ただアクリオスの中のできごとであれば、自分が口出しする権利もなかろうかと思っていたが、西方大陸という名を聞いて、グランツは黙ってはいられなくなってしまった。

「アクリオスと国交があるのは、大陸のどの国だ?」

 鏃は西方大陸で見かけるものだが、国は大小合わせて三十近くある。

「正式に使節を受け入れている国は北側諸島でふたつ、中央大陸でひとつ、西方大陸でひとつ。でも、ヴェロスがどの国と組んだのかも想像はつく。その国の船が頻繁にアクリオスに着くようになってから、小心者で目立たなかったヴェロスが、若い労働階級の男たちの間で幅を利かせるようになったから」

「その国とは?」

 訊ねたグランツを、シンがちらりと一瞥した。

 もう一度リハに目を落としながら、再び口を開く。

「西方大陸の東にある軍事大国」

 ビリッと、グランツは自分の背筋に電気が走り、全身の産毛が逆立つような感触を味わった。

 シンが次に口にする言葉は、聞かずともわかる気がする。

「――ヴルカーノだよ」

「……」

 そう、それは、グランツのもっとも愛する、生きる意味のすべてだった人を、奪った国の名だった。

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