第8話 七色ユニティ
無機質なビート音が響くレッスンスタジオに、またしても重苦しい不協和音が叩きつけられた。
「ストップ、音を止めて!」
フロアの中央で、銀髪のエルフ――シルヴィアが鋭い声を上げた。
音楽が止まると同時に、犬系獣人のニコが肩で息をしながら膝に手をつく。その横では大柄なオークのゴルガが、自分の体を縮こまらせるようにして申し訳なさそうに視線を伏せていた。
カレンは壁際の影に寄りかかってため息をつき、ルナは加湿ポッドに顔を近づけて荒い呼吸を整えている。メイプルは重い特製マイクスタンドの横で腕を組み、ミラは手元のタブレットで青ざめた触角を揺らしながら数値を弾き出していた。
「……完全にバラバラね。というより、互いの音を殺し合っているわ」
シルヴィアの厳しい指摘に、誰も反論できなかった。
プロジェクト始動から八日目。七人が揃ったことで、ユウトは次のフェーズへと舵を切っていた。
目標は二十九日後に設定された、キャパシティ百席のライブハウスでの『初ワンマンライブ』。
CIRの新人枠にエントリーするためには、この一ヶ月間で五万の推しポイントを獲得しなければならない。現在の推しポイントは五千二百四十。残り四万五千弱を稼ぐには、どうしても『七人での完成されたパフォーマンス』を世に打ち出し、有料チケットやグッズ販売へと繋げる必要があった。
だが、現実は残酷だった。
ユウトは腕を組み、防音ガラスの向こう側から七人を見つめていた。
彼が最初に指示したのは「基礎的なフォーメーションとユニゾンの徹底」だった。一般的なアイドルグループが最初に行う、個性を一つの型に揃えるための基本訓練だ。
しかし、それが最悪の裏目に出た。
ニコの圧倒的な運動量に合わせようとすれば、陸上での可動域に制限のあるルナが息を切らす。ゴルガが周囲の音量に配慮して低音をセーブすれば、ただの不明瞭なノイズに成り下がる。カレンの即興性は決まった型の中では死に絶え、メイプルの打撃音は他のメロディを物理的に掻き消してしまった。
「……相楽ユウト」
シルヴィアがフロアを歩き、防音ガラス越しのユウトを真っ直ぐに睨みつけた。
「あなたは私たちを、また『既存の枠組』に押し込めようとしているわ」
「……既存の枠組?」
「ええ。基礎的なユニゾン、横一列のフォーメーション。それは人間のアイドルが何十年もかけて作ってきた『美しい平均値』よ。それに私たちを当てはめようとするのは、異種族の寿命や特性を『数字』に換算して切り売りした、かつてのあなたのやり方と同じじゃないの?」
その言葉は、ユウトの胸に深く刺さった。
傷つけないように、無理をさせないようにと慎重になるあまり、彼は無意識のうちに「業界の安全なセオリー」という型に彼女たちを押し込めようとしていたのだ。
尖った個性を削り落とし、平均的な丸い形に整える。それは、彼女たちの尊厳を守ることにはならない。
ユウトはマイクのスイッチを入れ、深く頭を下げた。
「……君の言う通りだ。俺のマネジメントが間違っていた。全員を同じ型に揃える方針は、今この瞬間からすべて破棄する」
言い訳一つせず、即座に自らの過ちを認めて方針を撤回したユウトに、シルヴィアはわずかに目を丸くしたが、すぐにふいと視線を逸らした。
「間違いを認めるのが早いのだけは、評価してあげるわ」
「マネージャー。方針を撤回するのは構いませんが、今の私たちのパフォーマンス係数は、一般的な視聴に耐えうる数値を大幅に下回っています」
ミラが触角を忙しなく揺らしながらタブレットを掲げた。
「声量、速度、呼吸、可動域、必要環境。七人のパラメータが全く噛み合っていません。これを一つのグループとして成立させる最適解など、私の計算モデルでは導き出せませんよ」
「……グループ、か」
ユウトは呟き、七人を見渡した。
「パフォーマンスの修正は後回しにしよう。まずは、俺たちが何者なのかを定義する必要がある。グループ名を決めよう」
突然の提案に、メンバーたちは顔を見合わせた。
「名前? そういえば、まだ決まってなかったね」
ニコが尻尾を振りながら身を乗り出す。
「私、元気でキラキラした名前がいいです! 『サンシャイン・ガールズ』とか!」
「却下。反吐が出そうなほど眩しいわ」
カレンが即座に切り捨てる。
「もっとこう、深淵を覗き込むような……『漆黒のレクイエム』とかがいいわね」
「それじゃアイドルじゃなくて黒魔術の結社だろ。もっと鉄の重みを感じる名前にしろ。『アイアン・ハンマー』とかさ」
メイプルが工具を振り回しながら主張し、ミラが「どれも市場の検索トレンドから逸脱しています」と冷静に突っ込む。ルナは端末の代わりにスケッチブックに『お水がいっぱいある名前』と書き、ゴルガは「……私は、皆が良ければそれでいい」と微笑んだ。
見事なまでに、バラバラだった。
「ほら、見ての通りよ。私たちは見ている景色も、欲しいものも全然違う」
シルヴィアがため息をつきながら言った。
「こんな七色を無理やり混ぜ合わせようとしたら、最後には汚くて濁った色にしかならないわ」
「……いや、混ぜ合わせなくていい」
ユウトの脳裏に、一つの情景が浮かんだ。
昨日の配信で見た、七人の個性が一切妥協せずに衝突し、それでも奇跡的なバランスで一つの画面に収まっていた、あの混沌とした美しい光景。
「七色のままでいいんだ。それぞれが別の色を放ったまま、互いを消さずに一つの場所に存在する。混ざっても、絶対に消えない七色」
ユウトはホワイトボードにマーカーを走らせた。
「『NANAIRO UNITY』。俺たちの名前は、これだ。通称は『ユニティ』」
ホワイトボードに書かれた文字を見て、スタジオに静寂が落ちた。
七色。そして、統一。矛盾する二つの言葉の同居。
「……ダサい名前」
カレンがぽつりとこぼした。だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。
「でも、悪くないんじゃない? 私たちは絶対に一つには染まらないって、宣言してるみたいで」
ゴルガが深く頷き、ニコが嬉しそうに尻尾を振った。ルナがスケッチブックに『ユニティ』と書き込み、メイプルが「まあ、鉄を打つ時の響きくらいには悪くない」と鼻を鳴らす。ミラは「検索のユニーク性としては許容範囲です」と触角を青く光らせた。
最後に、シルヴィアがユウトを見つめた。
「……名前負けしたら、許さないわよ」
その言葉には、初日のような冷たい棘はなかった。
その日の夜。
ユウトは公式アカウントに『NANAIRO UNITY』のグループ名と、二十九日後の初ワンマンライブの開催、そしてチケットの先行予約開始を告知した。
これまでのバズの熱を逃がさず、個々のファンをグループ全体のファンへと昇華させる導線設計。告知から数時間で、百席のチケットには想定を上回る申し込みが入り、ファンクラブの有料登録者数も着実に伸びていた。
現在の推しポイント(pt)は『5,900』。
五万という壁を壊すための、本格的な反撃の狼煙が上がった。
「マネージャー」
スタジオの片付けを終えたニコが、不安そうにユウトに駆け寄ってきた。
「名前が決まったのは嬉しいんですけど……結局、私たちのダンスや歌はどうするんですか? 型に揃えないってことは、バラバラのままステージに立つってことですか?」
ユウトは機材の電源を落とし、ニコ、そして振り返ったメンバー全員に向けて明確に告げた。
「ああ。俺たちは、振付を揃えない」




