第7話 しっぽは嘘をつけない
公開オーディションのステージで、その少女は完璧なアイドルスマイルを浮かべていた。
犬系獣人のニコ・ハウンド、十九歳。
弾むようなステップと、観客を巻き込む圧倒的な運動量。彼女のダンスには、見る者を引き込む天性の明るさがあった。
だが、審査席に座る相楽ユウトの目は、彼女の背後で不自然に揺れる『それ』に釘付けになっていた。
彼女のふさふさとした赤い尻尾が、股の間に巻き込まれそうなほど力なく垂れ下がり、小刻みに震えているのだ。
顔は極上の笑顔を作っているのに、尻尾だけが極度の恐怖を叫んでいる。その異常な乖離が、ユウトには痛々しく見えた。
「素晴らしいダンスでした。ニコさん」
パフォーマンスが終わると同時に、ユウトはマイクを取った。
「ありがとうございますっ! 私、体力には自信があります! どんなキツいスケジュールでも絶対に文句は言いません!」
息を切らしながらも、ニコは元気いっぱいに答える。
プロジェクト始動から七日目。このオーディションの目的は、強烈な個性を持つ他の六人を繋ぐ『センター』を見つけることだった。彼女の技術と明るさは申し分ない。
だが、ユウトは手元の履歴書に視線を落とし、静かに尋ねた。
「以前所属していたユニットが、先月解散していますね。理由を聞いても?」
ニコの肩が、びくっと跳ねた。尻尾がさらに内側へと丸まる。
「……数字が、全然伸びなくて。それで、事務所から『もう君たちには投資できない』って、切られちゃったんです」
ニコは必死に笑顔を取り繕おうとしていた。
「でも、次は絶対に結果を出します! 耳が痛くなるような大音量の現場でも、雨の中のステージでも、気合いで乗り切りますから! だから、私を拾ってください……っ!」
数字不振による解散。自分が不要だと切り捨てられる恐怖。
彼女が完璧な笑顔に隠していたのは、二度と居場所を失いたくないという強迫観念だった。
「不合格だ」
ユウトの言葉に、ニコの顔から血の気が引いた。
「気合いで乗り切る、というあなたの姿勢がです」
ユウトは審査席から立ち上がり、彼女の正面に立った。
「犬系獣人の聴覚は人間の数倍敏感なはずだ。大音量や雨天での無理な稼働は、あなたの身体を確実に壊す。安全基準を無視してタレントに我慢を強いるような環境を、俺は作るつもりがない」
「でも……我慢しないと、また数字が出なくて、いらなくなるんじゃ……」
「数字が足りないのは、売り方を作れなかったマネジメントの責任だ。あなたの価値が低いからじゃない」
ユウトは明確に断言した。
「俺が探しているセンターは、一番価値のある人間じゃない。強すぎる個性を繋ぎ、観客へと届ける『結節点』になれる人だ。あなたにはその才能がある。だからこそ、自分の限界と安全ラインを正直に申告することを、採用の絶対条件にします」
ニコはぽかんと口を開け、やがて、その目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
恐怖で丸まっていた赤い尻尾が、ゆっくりと持ち上がり、今度は喜びでちぎれんばかりに左右へ振られ始めた。しっぽは、決して嘘をつけない。
「……はいっ! よろしくお願いします!」
数時間後。ナナホシプロの配信スタジオ。
カメラの前には、ついに揃った七人のメンバーが横一列に並んでいた。
「えー、本日から本格始動となります、私たちのプロジェクトですが……」
リーダーに指名されたシルヴィアが、優雅な笑みを浮かべて進行しようとする。
「ちょっとシルヴィア、右に寄りすぎよ。私の影が読みにくくなるじゃない」
隣のカレンが早速、不満げに口を挟んだ。
「あら、あなたがもう少し左へ寄ればいいだけの話でしょう?」
「ちょっとお二人とも、ケンカはやめてくださいっ!」
ニコが慌てて間に入ろうとするが、その後ろでゴルガが「私が、壁になろうか?」と気遣いのつもりで極低音を響かせ、かえって威圧感を生んでしまう。
さらに画面の端では、ルナが『みんな落ち着いて』と猛スピードで手話を繰り出し、ミラは「この混沌とした状況、視聴者の感情係数が跳ね上がっています!」と触角をホットピンクに明滅させながらタイピングに没頭している。極めつけに、メイプルが「このマイクスタンド、ネジが緩いな」と工具を取り出してカンカンと叩き始めた。
放送事故寸前。いや、すでに事故だ。
ユウトはカメラの裏で頭を抱えかけた。だが、手元のダッシュボードを見て息を呑む。
『何このカオスwww』
『エルフ様キレてるけどオークめっちゃ優しい』
『犬の子、しっぽブンブンで可愛いな!』
『手話の子なんて言ってるの? 誰か翻訳して!』
作られていない、生々しい個性の衝突。ニコが必死にまとめようと駆け回る姿が、見事に六人のバラバラな魅力を一つの画面に繋ぎ止めていた。
配信の同時接続数が跳ね上がり、投げ銭とファンクラブ登録が滝のように流れる。
推しポイント(pt)『5,240』。
そして、公式フォロー数は大台の『10,500』へと到達した。
「……見事なものだな」
配信終了後、ユウトは疲労困憊でへたり込む七人にペットボトルの水を配りながら、確かな手応えを感じていた。
七日目にして、メンバーは揃い、MV制作の予算も確保した。個々の魅力は、間違いなく世間に通用する。
「よし。それじゃあ、最後に一つテストをしよう」
ユウトはスタジオの音響卓を操作し、シンプルな伴奏を流した。
「明日のレッスンから本格的にデビュー曲の制作に入る。まずは全員で、このフレーズを同時に歌ってみてくれ」
七人は顔を見合わせ、それぞれのタイミングで息を吸い込んだ。
そして、七つの声が同時に放たれた瞬間――スタジオ内の空気が、最悪の形で濁った。
ゴルガの重すぎるリズム。シルヴィアの優雅で伸びやかな動線。カレンの鋭い即興性。ニコの前のめりな速度。
互いが互いの音を完全に殺し合い、不協和音となって叩きつけられる。
七人で歌うと、全員の長所が見事に互いを潰してしまうのだ。
ユウトはスピーカーのボリュームを落としながら、明日からの圧倒的な前途多難さを前に、静かに目を閉じた。




