第6話 壊れないマイクを鍛える
鼓膜を揺らすような低い共鳴音の直後、乾いた破裂音がスタジオに響いた。
マイクスタンドに取り付けられていた高級コンデンサーマイクのハウジングが、内側から弾け飛んだのだ。金属の破片と細かな配線が床に散らばり、スピーカーからは不快なノイズだけが吐き出されている。
「……また、壊してしまった」
大柄なオークの女性、ゴルガが申し訳なさそうに肩をすくめた。
プロジェクト始動から六日目。
前夜、ルナの加入配信で公式アカウントは五千フォローを越え、MVの制作予算凍結は免れた。次なる一手として、ユウトは残るメンバーを発掘するための『公開オーディション』の開催を決定していた。ゴルガ、シルヴィア、カレン、ルナの四人がパフォーマンスを行い、その熱量で新たな才能を惹きつける狙いだ。
だが、ここで致命的な物理的課題が浮上した。
ゴルガのオーク語によるフルパワーの発声に、市販の音響機材が耐えられないのだ。彼女の低音は単なる大声ではなく、特殊な低周波と強烈な空気の振動を伴う。マイクの振動板が限界を超えて振幅し、物理的な破損を引き起こしてしまう。
「気にするな、ゴルガ。君の声をセーブさせる気はない」
ユウトは散らばったマイクの残骸を拾い集めた。
ルナの壊れた説明端末や水中マイクの修理も急務だ。ユウトは事前に目星をつけていた、特注機材に強いという外注の工房へ向かうことにした。
下町にある小さな町工場のシャッターをくぐると、むせ返るような熱気と、鉄の焼ける匂いが充満していた。
薄暗い工房の奥で、火花を散らしながらハンマーを振るう影がある。
身長は百五十センチに満たないが、その腕は引き締まった筋肉に覆われている。灼鋼の二つ名を持つドワーフの女性、メイプル・アイアンベルだった。二十歳。
カン、カン、という甲高い金属音が規則正しく響く。
ユウトはその音に、思わず足を止めた。
ただの作業音ではない。ハンマーを打つリズムが、まるで熟練のドラマーが刻む精緻なビートのように空間を支配している。さらに、メイプルの口から漏れる作業中の鼻歌が、そのビートに完璧なメロディとして絡み合っていた。
職人としての腕だけでなく、彼女自身が極めて質の高い音楽を構成している。
「すごいリズム感だ。それに、その歌声も」
ユウトが声をかけると、メイプルはピタリとハンマーを止め、ゴーグルを額に押し上げた。汗に塗れた顔には、不機嫌そうな皺が寄っている。
「……なんだい、あんた。営業なら間に合ってるよ」
「ナナホシプロの相楽ユウトと言います。修理の依頼と……あなた自身のスカウトに来ました」
ユウトは壊れた機材の入ったケースを置き、単刀直入に切り出した。
「あなたのその鍛造のリズムと歌声は、ステージの上でも十分に通用する。うちのアイドルグループに入りませんか」
メイプルは呆れたように鼻を鳴らした。
「アイドルだぁ? 冗談じゃない。私は職人だ。親父の工房を飛び出して、自分の腕一つでやっていくって決めたんだ。チャラチャラした服を着て愛想を振りまくような、お遊びに付き合ってる暇はないね」
明確な拒絶。彼女の誇りは『職人』であることに根ざしており、家業を継がずに独立した以上、中途半端な道へ逸れることは親への敗北を意味するのだろう。
かつてのユウトなら、ここで引き下がるか、あるいは強引な条件闘争に持ち込んでいただろう。だが、彼は相手の選択肢を奪わないと決めている。
「職人を辞めろとは言いません。二者択一にする必要はない」
ユウトは、ゴルガが壊したマイクの残骸を彼女の前に並べた。
「うちのボーカルの音圧と振動に耐えられず、市販品が三本壊れました。単なる怪力対策じゃない。特定の低周波帯域で共振し、内部構造が破断しているんです」
メイプルはマイクの残骸を手に取り、鋭い目で断面を観察し始めた。職人の顔だった。
「……なるほど。下手な補強をすれば、今度は音が死ぬ。振動を逃がすためのフレーム素材の変更と、カプセル周りの重量バランスの再計算が必要だね。面白い」
「その『壊れないマイク』を作る機材設計と、ステージでのパーカッション。両方を担当業務として契約に入れます。裏方としてだけではなく、あなた自身が作った機材の価値を、あなた自身の音でステージの上で証明してほしい」
ユウトの提案に、メイプルは目を丸くした。
「アイドル兼、機材設計……? そんな無茶苦茶な契約、聞いたことがない」
「前例がなければ作ればいい。俺たちは、そういうグループを目指しています」
プロジェクト始動から七日目の朝。
ナナホシプロのスタジオに、メイプルが重厚なジュラルミンケースを抱えてやってきた。
「工房にあった産業用の低周波マイクを、徹夜で組み直した試作品だ。ダイアフラムの支持と重量バランスを変え、チタン合金のハウジングに換装した。重量は市販品の倍近くあるが、オークの筋力なら問題ないはずだ」
手渡された鈍色のマイクは、無骨だが機能美に溢れていた。
ゴルガがそれを受け取り、深く息を吸い込む。
オークの故郷の子守歌。地鳴りのような低音が、セーブすることなくフルパワーで放たれた。
空気がビリビリと震え、スタジオの窓ガラスが軋む。だが、メイプルの鍛え上げたマイクは、その強烈な音圧と振動を完璧に受け止め、クリアで重厚な電気信号へと変換してスピーカーから出力した。
ハウリングも、部品の軋みもない。ゴルガの本当の声が、初めて機械を通して再現された瞬間だった。
メイプルはその場で、機材設計とパーカッションを両立する九十日の試行契約に同意した。ユウトが条項を読み合わせ、七星社長の決裁を得て、六人目の加入が正式に決まる。
「……耐えた。私の声に、耐えてくれた」
ゴルガが感動に震える声で呟くと、メイプルは腕を組んで得意げに笑った。
「当たり前だ。私が鍛えたんだからな。それに、あんたの本当の声……悪くないじゃないか」
自分の技術が正面から評価され、才能を支える力になった。メイプルの表情には、職人としての確かな誇りと、新しい居場所を見つけた喜びが滲んでいた。
契約直後。
メイプルの特製マイクで録音されたゴルガの圧倒的な歌唱データに、ルナの水中映像、カレンの地下ライブの断片を乗せたプロモーション動画が公開された。
動画の最後には『公開オーディション開催』の文字が力強く打ち出されている。
ユウトが手元のタブレットを更新すると、数字は明確な成長曲線を描いていた。
メイプルが物販用に試作した鉱石アクセサリーの予約注文も手伝い、推しポイント(pt)は『3,200』。
公式フォロー数は『7,400』へと伸びている。
CIR新人枠の条件である五万ptにはまだ遠いが、基盤は確実に固まりつつあった。
その日の午後、公開オーディションが始まった。
都内の小規模なイベントホールの受付で、ユウトは参加者のリストをチェックしていた。
「次の方、どうぞ」
スタッフの声に促され、小柄な少女が入り口に姿を現した。
犬系獣人の彼女は、顔では必死に明るい笑顔を作っていた。しかし、スカートの背後から伸びたふさふさの尻尾が、極度の緊張と恐怖でバタバタと激しく振られ、隠しきれない本音を周囲に撒き散らしている。
次なる才能との出会いが、すぐそこまで来ていた。




