第34話 七位から、一万席へ
アリーナの天井から降り注ぐ金と銀の紙吹雪が、純白の衣装を纏った五人の少女たちを祝福していた。
CIR本戦、総合優勝『CROWN LILY』。
巨大なメインモニターに映し出されたその圧倒的な勝者の姿を、ユニティの七人と相楽ユウトはステージ袖から静かに見上げていた。
ナナホシプロの最終結果は『総合七位』。加えて、特別枠として『話題賞』と『新人配信一位』を獲得した。
無名の弱小事務所が、結成わずか三ヶ月で成し遂げた結果としては異例の快挙だ。だが、彼女たちが目指した頂点には、はるかに届かなかった。明確な順位という形での「敗北」だった。
「……悔しいわね」
シルヴィアが、紙吹雪の舞うステージから目を逸らさずに呟いた。
他のメンバーたちも無言で頷く。しかし、彼女たちの目に絶望や悲壮感はなかった。圧倒的な完成度を見せつけた王者の存在を認め、それでもなお、自分たちの「混ざり合った色」が確かに観客に届いたという確かな手応えが、彼女たちの背筋を真っ直ぐに伸ばさせていた。
「十分すぎる結果だ。君たちは、この大会で一番の存在感を示した」
ユウトが労いの言葉をかけようとした時、背後から冷たい革靴の音が近づいてきた。
「存在感や話題性など、一過性のバブルに過ぎない。市場の覇権は、決して動いてはいない」
振り返ると、五洲エンターテインメントの黒崎豪が立っていた。
彼は優勝の喜びに浸るでもなく、ただ冷徹な目でユウトと七人を値踏みしていた。
「総合七位。それが今の市場が君たちにつけた正確な『値札』だ、相楽。いくらネットで騒がれようと、我々が作り上げた純白の王道モデルを根底から覆すには至っていない」
「……ええ、負けは認めます。ですが、彼女たちの価値はここで頭打ちにはなりません」
ユウトの毅然とした返しに、黒崎は薄く笑った。
「ならば、証明してみせろ。本当にエンターテインメントの市場を変えるというのなら、ネットの無料の熱狂ではなく、リアルな『一万席』の箱を自力で売ってみせろ。それができなければ、君たちの音楽はただの一発屋のノイズとして消費されて終わる」
事業家としての強烈なプレッシャー。黒崎はユニティの敗北をあざ笑いに来たのではなく、自らの市場予測モデルの正しさを証明するため、次なる巨大な壁を突きつけてきたのだ。
翌日、ナナホシプロの会議室。
CIRの余韻も冷めやらぬ中、長机の上には一枚の分厚い契約書類が置かれていた。
「日本武道館、一万席。来年の本番に向けて、会場の仮押さえを済ませたわ」
七星今日子社長の唐突な言葉に、メンバーたちは息を呑み、ユウトは目を見張った。
「社長、いくらなんでも早すぎます。一万席の箱は、今のうちのファンベースではリスクが高すぎる。まずは二千人規模の会場で全国ツアーを組み、段階的に動員力を育てていくのがセオリーです」
ユウトは即座に安全策を主張した。事業責任者として、一時の熱狂に任せて無謀な賭けに出るわけにはいかない。
だが、七星社長は冷ややかな表情を崩さなかった。
「セオリー通りにやって大手に勝てるなら、苦労はしないわ。それに、夢だけを語るつもりはない。これは事務所の存活を懸けたビジネスよ」
七星は、書類の重要な箇所をペンで叩いた。
「武道館の開催判断ラインは『八千五百席』。指定期限までにこの販売数を確保し、保証金の支払いが完了しなければ、仮押さえはキャンセル。それまでの準備費は失うけれど、届かない時に無理な追加投資で七人を縛らないための撤退線よ」
それは、退路を断った完全な背水の陣だった。
「……無茶です。もし失敗すれば、彼女たちがようやく見つけた居場所が完全に失われる。俺は、これ以上彼女たちを危険なギャンブルの駒には――」
「やるわ」
ユウトの言葉を遮ったのは、シルヴィアだった。
彼女は迷いのない翠の瞳で、ユウトを見据えていた。
「黒崎の言う通りよ。ネットでいくらバズっても、私たちが本当に市場に認められたことにはならない。あの純白の王者に勝つためには、一万人の前で私たちの音を証明するしかないの」
「シルヴィア……だが、万が一八千五百席に届かなければ……」
「私は、逃げない」
ゴルガが、太い腕を胸の前で組んで力強く頷いた。
「私たちを怖がっていた人たちが、昨日は私の名前を呼んでくれた。あの景色をもっと大きな場所で見たい」
ルナも両手で『一万人の前で、最高の波を起こします』と熱を込めて手話を切り、メイプルやニコ、カレン、ミラもそれぞれのやり方で決意を示した。
ユウトは、七人の顔を順番に見渡した。
彼が提案した堅実なツアー案は捨てられたのではない。武道館へ挑むための地盤固めとして、並行計画に組み直された。かつてのユウトは数字の失敗を恐れ、タレントの選択肢を狭めていた。だが今は違う。彼女たちは、提示された撤退線とリスクを完全に理解した上で、自らの意思でその一万席の壁に挑もうとしているのだ。
「……分かった」
ユウトは深く息を吐き出し、タブレットの電源を入れた。
「社長、保証金支払いの最終期限はいつですか」
「本番の三ヶ月前。そこが撤退線のデッドラインよ」
「了解しました」
ユウトは新しいスプレッドシートを開き、猛烈な勢いでスケジュールを引き始めた。
総合七位という現在地から、一万席の武道館という頂へ至るための道のり。
「CIRの話題性が残っている今から、武道館の先行販売を開始する。並行して全国ツアーの地盤固めと、新規ファン層の開拓を進める。撤退線は八千五百席だが、俺たちの目標はあくまで『一万席の完全ソールドアウト』だ」
事務所の狭い会議室で、ユウトと七人の次なる戦いが幕を開けた。
一年以内の武道館計画。その途方もない壁に向かって、彼らは力強く歩み出した。




