第33話 白い花の矜持
会場と配信で数万人が見つめる、メインステージの巨大モニター。そこに突如として映し出された純白のアイドル、白鳥さくらの姿に、会場全体がどよめきと戸惑いに包まれた。
「皆さま、本日のステージを前に、一つだけ、お伝えしたいことがあります」
予定外のタイミングでの、センターによる単独のマイクパフォーマンス。通常であれば、運営スタッフが即座に制止に入るような異常事態だ。
PAブースの相楽ユウトは、タブレットの画面から顔を上げ、モニターを睨みつけた。
トップアイドルが、出番前に何を語ろうとしているのか。もしここでユニティを「健気に頑張っている可哀想な存在」として持ち上げ、大手の包容力をアピールされれば、七人が泥臭く勝ち取ってきた熱狂は、あっという間に「王者の美談」として消費され、総合優勝への道は完全に絶たれてしまう。
「先ほどの、NANAIRO UNITYの皆さんのステージ。私たちは、舞台袖で拝見していました」
さくらの透き通るような声が、アリーナに響き渡る。
「彼女たちの音は、荒削りで、予測不能で……私たちがどれほど努力しても手に入らない、生まれ持った強さと、混ざり合う美しさに満ちていました」
その言葉は、決して見下すような同情でも、弱者への哀れみでもなかった。
「私は、彼女たちを救済すべき可哀想な存在だとは思いません。同じCIRのステージに立ち、同じ観客の皆様の心を奪い合う、強大で、そして敬意を払うべきライバルだと認識しています」
それは、王者から挑戦者へ向けた、明確で純粋な宣戦布告だった。
「ですが、私たちは絶対に負けません。彼女たちが七色に混ざり合う光なら、私たちは一切の不純物を許さない、極限まで磨き上げた純白です。どちらの美しさが今日この場所を支配するのか……どうぞ皆様の目で、決めてください」
さくらは深くお辞儀をし、静かにマイクを下ろした。
直後、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。王者の堂々たる矜持と、真っ向からの勝負宣言。それは、観客の熱を最高潮にまで引き上げた。
同じ頃、五洲エンターテインメントのVIPルーム。
分厚いガラス越しにアリーナを見下ろす黒崎豪の背後で、数人のスタッフが血相を変えてタブレットを操作していた。
「社長! 白鳥の予定外の発言です。事前の台本には一切ありません。すぐにマイクの電源を落とし、釈明の――」
「そのままにしろ」
黒崎は振り返りもせず、冷徹な声で制止した。
彼の目には、焦りや動揺は微塵もなかった。
「彼女は自分の商品価値と、今の会場の空気を完璧に理解した上で、自ら最強のストーリーを作り上げた。見事だ」
黒崎はスマートフォンを取り出し、広報チームへ直接指示を飛ばした。
「直ちに今の映像を切り抜け。テキストは『王者の宣戦布告。すべての挑戦者を迎え撃つ、完全無欠の純白』だ。SNSのプロモーション予算を三倍に引き上げ、この動画を全プラットフォームで拡散させろ。異種族の熱狂ごと、我々の巨大な物語の一部として呑み込む」
タレントの予定外の暴走。通常の事務所であればパニックに陥るその事態を、黒崎はわずか数秒で「五洲の圧倒的な包容力と競争力を示すPR」へと変換してみせた。
感情に振り回されることなく、発生した事象を冷酷なまでに数値化し、最大の利益へと結びつける。それが、かつてユウトに「数字の使い方」を教え込んだ男の、底知れぬ実力だった。
数分後。
メインステージで、CROWN LILYのパフォーマンスが始まった。
それは、暴力的なまでの『完成度』だった。
五人の手足の角度、ターン時の髪の揺れ、ブレスのタイミングに至るまで、一切の誤差が存在しない。一人一人が極限まで鍛え上げられた技術を持ちながら、個性を主張するのではなく、五人で一つの完璧な『純白の芸術作品』を構成している。
ユニティが観客を巻き込む熱狂のキャンプファイヤーだとするなら、彼女たちは、ただそこに存在するだけでひれ伏したくなるような、圧倒的な大聖堂だった。
レッドステージの袖で、ユニティのメンバーたちはその光景を食い入るように見つめていた。
「……腹立つくらい、完璧ね」
カレンが忌々しそうに呟く。彼女の目には、ステージ上のさくらの足元に、迷いのない強烈な純白のオーラが立ち上っているのが見えていた。
「ええ、すごいわ。でも……」
シルヴィアは腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「私たちの混ざり合った色も、あの純白に決して塗り潰されてはいないわ」
事実、会場の観客たちは、CROWN LILYの完璧なステージに熱狂しながらも、先ほどのユニティが見せた泥臭いパフォーマンスの余韻を、確かにその胸に抱き続けていた。
二つの全く異なる輝きが、CIR本戦という一つの空間で激しく火花を散らしている。
PAブースのユウトは、手元のダッシュボードと、黒崎が仕掛けた怒涛のプロモーションの数値を同時に分析していた。
さくらの発言と黒崎の戦略により、本戦の話題ランキングにおいて、ユニティは一時的に『二位』まで上昇し、現在は『三位』をキープしている。
だが、総合順位を決定するための『推しポイント(有料動員、配信チケット、物販の総合計)』の推移グラフを重ね合わせた時、ユウトは冷酷な現実を突きつけられていた。
CROWN LILYの総合ポイントの伸びは、垂直にそびえ立つ壁のように他を圧倒している。
対してユニティは、事前の話題性の低さを当日のゲリラ戦とパフォーマンスで巻き返したものの、絶対的な母数の差を埋めるには至っていない。
「……黒崎社長。やはり、あなたは強大だ」
ユウトは誰に聞こえるでもなく呟いた。
資本力、政治力、そして予測不能な事態すらも即座に利益へ変換するマネジメント力。
話題性では肉薄できた。しかし、総合優勝という絶対的な結果を奪い取るには、まだ自分たちには決定的に足りないものがある。
やがて、CROWN LILYの圧倒的なステージが幕を下ろした。
それは同時に、CIR本戦のすべてのパフォーマンスが終了したことを意味していた。
会場の熱気が限界まで高まる中、ステージの照明がすべて落とされ、巨大なメインモニターに『FINAL RESULT』の文字が浮かび上がる。
そして、静寂を切り裂くように、最終結果発表を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。




