表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オークの歌で、現場が泣いた。――数字で傷つけた元商社マン、解散寸前の異種族アイドル七人を武道館へ  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/40

第30話 混ざる歌姫

防音壁の向こう側から響いてくるその歌声は、空間の質そのものを変容させていた。


 数百年の長きにわたり、純血のエルフたちにのみ伝承されてきた古典旋律。ハイエルフ三人組『ELDORADO』が織りなすそのハーモニーは、一切の濁りがなく、完璧な結晶のように美しかった。


 レッドステージで出番を待つユニティのメンバーたちは、その荘厳な音の圧力に圧倒され、言葉を失っていた。


「……これが、本物のエルフの歌」


 カレンが忌々しそうに呟き、ニコの尻尾が完全に動きを止めている。


 CIR本戦。ここで上位に入らなければ、武道館という次なるステップへの道は開けない。話題ランキングは三十二位から上向き始めたが、ステージ上のパフォーマンスで負ければ、すべては水泡に帰す。


 そして何より、この圧倒的な歌唱は、彼女たちのリーダーであるシルヴィア・エーデルシュタインに対する、痛烈な当てつけだった。


「……私の元婚約者候補、レオンのやりそうなことね」


 シルヴィアは腕を組み、防音壁を冷ややかに睨みつけた。


「『純血の美しさを思い出し、名家の庇護下に戻れ』。そんな無言のメッセージが聞こえてくるわ」


「どうする、シルヴィア」


 相楽ユウトはタブレットから顔を上げ、彼女に問いかけた。


「俺たちが今からやるのは『七色の名前』だ。一人ずつの個性を繋ぐ、混沌とした構成。相手の圧倒的な『完成された美』の直後に、あの泥臭いパフォーマンスをぶつければ、観客に『格落ち』の烙印を押されるリスクがある。構成を変更し、君のメインボーカルを軸にした曲へ差し替えることも可能だが」


 ユウトの提案は、マネージャーとしての合理的なリスクヘッジだった。


 だが、シルヴィアは即座に首を横に振った。


「却下よ。ここで私のソロを軸にしたら、それこそレオンの思惑通りだわ」


 シルヴィアは一歩前に出て、メンバーたちを見渡した。


「私は、彼らの言う『純粋な美学』を劣化させに来たんじゃない。私が選んだのは、あなたたちの不格好で、泥臭くて、絶対に他人の音を殺さない、この『混ざり合った色』よ」


 彼女の翠の瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。


「反論の演説なんていらない。私たちの音で、私が今どこにいるのかを証明してやるわ」


 シルヴィアの言葉に、六人の顔に再び闘志が戻る。


「よし。予定通り『七色の名前』で行く。……行ってこい」


 ユウトの合図と共に、ステージへの入場口が明るく照らされた。


 ELDORADOのパフォーマンスが終わり、観客の間に余韻という名の重い静寂が漂う中、レッドステージに七人の姿が現れた。


 一瞬の静けさの後、ゴルガの腹の底からの極低音が、静寂を物理的に引き裂いた。


「ゴルガ!」


 観客が彼女の名前を叫ぶ。そこから先は、以前の予選ステージと同じ、怒涛の個性によるバトンリレーだ。


 メイプルの強烈な金属音、ルナの雄弁な手話、ミラの明滅する触角、カレンの鋭いフェイク、ニコの無尽蔵のステップ。


 そして、最後。


 ニコからの視線を受け取ったシルヴィアが、ステージの中央に立った。


 観客たちは、彼女がどんな「美しいエルフの歌」でこの混沌を締めるのかと息を呑んだ。


 だが、シルヴィアの口から紡がれたのは、ELDORADOが歌っていたような純血の古典旋律ではなかった。


 彼女は、直前まで鳴り響いていたメイプルの金属音のリズムを引き継ぎ、カレンのダークなフェイクの余韻をすくい上げ、ゴルガの重低音をベースにした、全く新しい編曲のメロディを歌い上げたのだ。


 それは、エルフの伝統的な高音域と、他種族の泥臭い音が完璧に「混ざり合った」歌声だった。


 純血の美しさを誇示するのではなく、あえて他者の音と混ざり合い、全く別の輝きを生み出す。それこそが、彼女が出した答えだった。


「シルヴィアーッ!」


 三千人の観客が、熱狂と共に彼女の名前を叫んだ。


 PAブースでモニターを見ていたユウトの隣に、いつの間にか一人の男が立っていた。


 見覚えのある、長身のハイエルフ。レオン・アルクレストだった。


「……愚かな。あれほどの才を持ちながら、なぜ下等な音と混ざり合って自らを貶める」


 レオンはステージ上のシルヴィアを見つめ、忌々しそうに吐き捨てた。


「美学とは、守り抜くことでしか維持できない。彼女は一時の熱狂に絆され、自身の価値を理解していない。相楽ユウト。貴様が彼女をそそのかしたのだろうが、必ず後悔することになる」


 感情的に声を荒らげるわけではなく、ただ冷徹に、自らの信じる真理を口にする。


 ユウトはモニターから視線を外さず、静かに返した。


「彼女は誰にもそそのかされていない。あの音は、彼女自身が選んだものだ」


「強がりを。文化の利用認証の一件は切り抜けられたようだが、私の権限はあんな法務の小細工だけではない。彼女を取り戻すための制度的な圧力は、まだいくらでも残っている」


 レオンはそれだけを言い残し、冷ややかな足音を立てて去っていった。


 彼が恋愛感情や嫉妬ではなく、ただ「共同体の体面と文化資産の保護」という理屈のみで動いていることが、ユウトには恐ろしく感じられた。


 だが、今は目の前の数字に集中するしかない。


 ユウトがダッシュボードを更新すると、シルヴィアのパフォーマンスによる反響が、確実な数字となって表れていた。


 本戦の話題ランキング。


 先ほどまでの二十五位から、一気に『十八位』へとジャンプアップしている。


 大手の巨大な広告力と、ELDORADOの圧倒的な完成度。その両方の壁を、七人は自らの「混ざり合った音」で叩き割ったのだ。


「……よし、いい流れだ」


 ユウトはインカムのスイッチを入れた。


「次はルナ、君の番だ。準備はいいか」


 インカムの向こうから、マイクのスイッチが入る小さなノイズだけが返ってきた。


 ステージの暗転と共に、フロアの中央に設置された、あの『半水量』の巨大なアクリル水槽が照らし出される。


 ルナの水槽ステージが、幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ