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オークの歌で、現場が泣いた。――数字で傷つけた元商社マン、解散寸前の異種族アイドル七人を武道館へ  作者: 他力本願寺


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第23話 純血の王冠

事務所のモニターに映し出されたハイエルフ三人組『ELDORADO』のパフォーマンスは、圧倒的な気品に満ちていた。


 純血のエルフのみが紡ぐことを許されるとされる、数百年の歴史を持つ古典旋律。その複雑で難解な和音を、彼女たちは一切の濁りなく、極めて高精度なハーモニーとして響かせている。CIR予選のステージは、さながら彼女たちのために用意された荘厳な神殿のようにすら見えた。


「美しいわね。でも、死んだ音楽だわ」


 シルヴィアは腕を組み、モニターを冷ややかに見据えていた。


「彼女たちが歌っているのは、何百年も前に完成された化石よ。一糸乱れぬ再現性は見事だけど、そこには今の息吹がない。ただ『エルフの純血は優れている』という選民思想をひけらかすための道具に成り下がっている」


 相楽ユウトはタブレットの画面から顔を上げた。彼の手元には、先ほどミスリル・エンターテインメントから送られてきた内容証明郵便のデータが表示されている。


「……その『化石』の扱いについて、向こうは本気で俺たちを潰しに来ているぞ」


 ユウトは厳しい顔で、届いたばかりの書面を読み上げた。


「『貴社所属タレント、シルヴィア・エーデルシュタインがライブ等で使用している楽曲の旋律は、エルフの伝統的な古典旋律を無断で改変したものであり、ゲート交流基本協定に基づく伝承文化の商業利用認証に違反する。直ちに対象楽曲の使用を停止し、認証の取り消しに応じよ』……だそうだ」


 その言葉に、レッスンスタジオの空気が凍りついた。


 ユニティが現在使用している楽曲の一部には、シルヴィアが故郷から持ち込んだ旋律がベースとして組み込まれている。それを盾に取り、彼女の歌を、そしてグループの活動そのものを法的な根拠で封じ込めようというのだ。


「CIR予選のこの時期に、メインの楽曲を差し止められれば、俺たちの順位は確実に落ちる。現在、ユニティは十四位。ここで足を止められれば、本戦出場の十二位以内は絶望的になる」


 ユウトはタブレットを机に置いた。


「相手の狙いは単純な著作権の独占じゃない。エルフの文化という『ブランド』の保護だ。混成グループであるユニティがその文化を歌うことを、彼らは美学の劣化として許せないんだろう」


「レオンのやりそうなことね」


 シルヴィアは吐き捨てるように言った。


 レオン・アルクレスト。エルフの有力な名家の出身であり、彼女の元婚約者候補。そして、ELDORADOの強力な後援者。


「彼は私個人への未練で動いているんじゃないわ。私という存在を『名家の貴重な文化資産』としてしか見ていないのよ。本人の意思より、共同体の体面が最優先。だから、私が下等な種族……彼らの言葉で言えばね。彼らと混ざって歌うことが、文化財の毀損だと本気で信じているのよ」


 彼女の翠の瞳に、深い怒りと諦念が混ざった色が浮かんだ。


 三年間の不遇な契約を終え、ようやく自分の歌を取り戻したと思ったのに、またしても巨大な組織と制度の壁が彼女の前に立ち塞がろうとしている。


「ユウト。……相手はミスリル資本の法務部よ。まともに争えば、弱小のナナホシプロなんて一捻りだわ。いっそ、対象の曲はもうリストから外して――」


「外さない」


 ユウトは、シルヴィアの言葉を真っ向から遮った。


「権力者の一声や、分厚い内容証明だけで君の歌を奪わせはしない。相手が制度と法律の枠組みで殴ってくるなら、俺たちも同じ土俵で具体的に迎え撃つ」


 ユウトは手元のキーボードを叩き、一つの巨大なデータベースをスクリーンに展開した。


「ゲート交流基本協定の文化財利用規定。その第四条には『原典の正当な伝承資格を持つ者による、新規の創作的改変』は、利用同意の範囲として認められるとある。相手の主張は『無断改変』だが、俺たちはこれを『正当な新規創作』として立証する」


 ユウトは次々と資料を広げていく。


「シルヴィア。君が故郷で受けた音楽教育の証明と、原典の楽譜はあるか?」


「え、ええ。実家から持ち出した原本のコピーなら……」


「よし。俺はこれから、君が編曲した際の日付入りのデジタルログと、他の六人のメンバーがそれぞれのパートを付け加えた『共同創作』の過程をすべてログとして抽出する」


 ユウトの目は、かつて商社で冷酷に利益を計算していた時と同じ、鋭い光を放っていた。だが、その向かっている先は、タレントを縛るためではなく、守るための盾を築くことだった。


「文化の『所有』と『利用同意』、そして『新規の著作』を完全に切り分ける。感情論ではなく、一つ一つの事実とログを積み上げて、彼らの異議申し立てを法的に無効化する。……勝てるぞ、シルヴィア」


 その力強い言葉に、シルヴィアはわずかに目を見張った後、ふっと柔らかく微笑んだ。


「……相変わらず、可愛くないやり方ね。でも、頼もしいわ」


 ゴルガが「私たちも、証言できることがあれば何でもする」と力強く頷き、メイプルやニコたちも同意する。


 法務との戦い。それは地味で、アイドルの華やかなステージとは程遠い泥臭い作業の連続になるだろう。しかし、これを突破しなければ、彼女たちの「七色の音」は誰かの身勝手な美学に塗りつぶされてしまう。


 その日の夜遅く。


 ユウトが事務所に残り、山積みの資料とログデータの整理に追われている最中だった。


 ふと、SNSの監視ツールが異常な速度でアラートを鳴らし始めた。


 ELDORADOのファンからの攻撃かと思い、ユウトは警戒しながら画面を確認する。


 だが、そこに流れていたのは、楽曲の権利問題とは全く関係のない、別の強烈な炎上の火種だった。


『おい、ナナホシプロのマネージャーの過去、ヤバくないか?』


『元五洲商事。これ、異種族をモノ扱いしてるエグい資料じゃん……』


 タイムラインに拡散されていたのは、数枚のドキュメントの画像。


 それは紛れもなく、数年前にユウト自身が作成し、シルヴィアを三年間縛り付ける根拠となった『異種族タレント収益予測表』の一部だった。


 何者かが、過去の契約紛争の資料から、最も冷酷でセンセーショナルな部分だけを切り抜いてネット上に放ったのだ。


 ユウトの顔から、さっと血の気が引いた。


 隠していたわけではない。メンバーには事前に話してある。だが、世間から見れば、それは「異種族を搾取する冷酷な男が、今度は弱小事務所で美談を装ってアイドルを食い物にしている」という、最悪のストーリーの完成を意味していた。

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