第13話 五万ポイント作戦
ナナホシプロの会議室には、胃が痛くなるような重苦しい空気が沈殿していた。
長机の上座に立つ女性――ナナホシプロ代表の七星今日子は、手に持ったホワイトボードマーカーで、盤面に書き殴られた数字をカンカンと容赦なく叩いた。
「目標、五万推しポイント。現在の我々のポイントは一万二千八百六十。CIR新人枠の締め切りまで残り三十日。つまり、あと三万七千百四十ポイントをこの短期間で稼ぎ出さなければならない」
三十代後半の七星社長は、腕を組んで冷徹にメンバーたちを見渡した。
「初ワンマンライブを百席満員にした実績は評価するわ。でも、チケット一枚で十ポイント、楽曲ダウンロード一件で三ポイントという換算レートを考えれば、この残数は絶望的よ。常識的に考えれば、これ以上の赤字を垂れ流す前にここで撤退すべき数字ね」
一切のオブラートに包まない事実の提示。それが、理想だけで赤字を許さない彼女のやり方だった。
会議室の空気が張り詰める中、相楽ユウトは静かに立ち上がり、プロジェクターの電源を入れた。
「社長の言う通り、常識的なやり方では絶対に届きません。だから、非常識な密度で仕掛けます」
スクリーンに映し出されたのは、向こう三十日間のスケジュール表だった。
配信、オリジナルグッズの物販、地域コミュニティへの営業、異種族居住区での小規模ライブ。それらがテトリスのブロックのように、隙間なくびっしりと詰め込まれている。
「これが、俺の考えた『五万ポイント作戦』のベースだ」
ユウトはスクリーンを指差した。
「ただし、これはあくまで俺が机の上で引いた仮の計画線にすぎない。実行するのは君たちだ。だから、今からこの計画を全員で修正して、我々の『共同計画』にする」
ユウトの言葉に、メンバーたちは顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは、銀髪のエルフ・シルヴィアだった。彼女はスケジュール表を一瞥し、ペンを取った。
「相楽ユウト、あなたまた数字の辻褄合わせに走っているわね。この水曜の屋外イベント、雨が降った時の想定が抜けているわ。ニコの聴覚には雨音の乱反射が致命的な負担になる。雨天中止の条件か、屋内の代替案を入れなさい」
「……確かに。修正する」
シルヴィアの容赦ない赤字を皮切りに、七人からの修正案が次々と飛び交い始めた。
「この激辛ラーメンを食べる配信企画、何よこれ。私を罰ゲーム枠で消費させようっての? 却下よ」
カレンが不機嫌そうに企画書を弾き飛ばす。
「休養日も少なすぎるぞ。機材のメンテナンスや、私の鍛造作業の時間が確保できない。ステージの質を落とせって言うのか」
メイプルが腕を組んでスケジュールの空きを要求した。
ルナも手元のスマートフォンを叩き、画面をユウトへ向けた。
『陸上での長時間の営業は、私の呼吸器と皮膚に負担がかかりすぎます。一日の陸上稼働は連続三時間を上限にしてください』
「俺の配慮が足りなかった。申し訳ない。ゴルガ、君も無理な企画があれば言ってくれ」
ユウトに話を振られ、大柄なオークのゴルガは少し思案してから口を開いた。
「……この、異種族の子供たちが集まる施設でのライブ。これは、ぜひやらせてほしい。私が歌うことで、怖がらなくていいと伝えられるなら」
ユウトは反論せず、メンバーの要求をすべてスケジュールに反映させていく。
労働時間の上限、安全確保のための設備費、やりたくない企画の削除、そして必要な休養日。
それらを組み込んだ結果、スケジュールは現実的なものになったが、同時に「余裕」は完全に消え失せた。一日の遅れが命取りになる、極限の綱渡りだ。
ユウトは再計算された予算表をモニターに映し出した。
「これが、修正後の計画と必要な制作費だ。そして……もし三十日後に五万ポイントに一桁でも届かなければ、プロジェクトは解散。撤退だ」
その言葉に、ニコの尻尾がピクッと震えた。だが、彼女は怯える代わりに、両手をぎゅっと握りしめて前を向いた。他のメンバーも誰一人として視線を逸らさない。
誰かに押し付けられた過酷なスケジュールではない。自分たちの尊厳と安全を守る条件を自ら勝ち取り、その上で挑むと決めた、自分たち自身の戦いだった。
「……いい覚悟ね」
七星社長が、ふっと口元を緩めた。
「制作費の追加は一切認めない。用意した六百万の枠の中でやり繰りしなさい。その条件を飲めるなら、この共同計画を承認するわ」
社長の決裁が下り、会議室に一瞬の安堵が流れた。
しかし、ユウトの表情は険しいままだった。計画は現実的になったが、同時にポイント獲得の機会を物理的に減らしたことも事実だ。
目標五万ポイントに対し、現在の予測値はどう計算しても数千ポイント届かない。
「マネージャー」
その時、部屋の隅でノートパソコンに向かっていた星系連合民のミラが、スッと手を挙げた。
彼女の頭部から生えた触角が、知的な蒼宙色から、不自然なほど激しい色合いへとチカチカと明滅を始めている。
「スケジュールの再計算、完了しました。メンバーの安全と休養を確保しつつ、不足分のポイントを補う最も効率の良い配信枠の『最適解』を導き出しましたよ」
「本当か、ミラ。どんな内容だ?」
ユウトが身を乗り出すと、ミラは得意げにモニターを反転させた。
「私の触角の色変化を意図的に利用した、視聴者参加型のリアクション配信です。自律神経と連動する私の生体データは、地球人の共感係数を強く刺激します。これを週三回の高頻度で回せば、CVRは確実に跳ね上がります」
それは、データアナリストとしての彼女が弾き出した、完璧で無機質な数値の最適解だった。
しかし、その提案を口にする彼女自身の触角は、冷静な分析とは裏腹に、極度の動揺と隠しきれない羞恥を示す『ホットピンク』に染まり切っていた。
本人の感情が、計算式から完全に抜け落ちている。
ユウトはその異常な発光を見つめながら、次なる厄介な課題の気配をひしひしと感じ取っていた。




