第10話 百万再生と炎上
画面上のカウンターが、見たこともない速度で跳ね上がり続けている。
ナナホシプロの狭い事務所で、相楽ユウトはノートパソコンの画面に釘付けになっていた。
昨日公開したNANAIRO UNITYのデビュー曲『UNITY』のミュージックビデオ。廃工場で撮影した少予算の手作り映像だったが、その再生回数は公開からわずか一日で、信じられない数字――一〇〇万再生を突破していた。
しかし、事務所内はお祝いムードとは程遠かった。ユウトのスマートフォンの通知音は朝から絶え間なく鳴り続けており、それは歓声ではなく、警告の連続を知らせる不協和音だった。
MVは、七人の異常値を世間に一目で見せつけた。
シルヴィアの優雅なターン、ニコの無尽蔵な疾走、ルナの水槽演出、メイプルの無骨な機材、ミラのデジタルなリズム、カレンの影のようなステップ。そして、ゴルガの圧倒的な低音の柱。
振付を揃えないという異端のアプローチは、視聴者に強烈なインパクトを与えた。
だが、そのインパクトは想定外の巨大な波紋を呼んでいた。
『異種族を珍獣みたいに見世物にしている』
『オークや水棲種族をこんな風に扱うなんて、人権侵害じゃないのか』
『どうせ悪徳事務所が無理やりやらせてるんだろ』
SNSのタイムラインや動画のコメント欄は、大炎上状態だった。そこには「彼女たちが搾取されているのではないか」という純粋な善意からの懸念と、「モンスターがアイドルなんて気味が悪い」という露悪的な差別がごちゃ混ぜになり、感情的な言葉の濁流となって押し寄せていた。
初ワンマンライブに向けた推しポイント(pt)は、炎上の余波による野次馬の流入も手伝って『9,300』まで急伸している。しかし、この悪意の火を放置すれば、純粋なファンは定着せず、プロジェクトは焼け野原になるだけだ。
この炎上をどう処理し、彼女たちの尊厳を守るかが、今解くべき最大の仕事だった。
「……否定的なコメントの七割が、ゴルガさんの容姿や、ルナさんの水槽演出に関するものです。感情のベクトルは『拒絶』と『過剰な同情』に偏っています」
会議室でタブレットを見ていたミラが、触角を青ざめさせながら報告した。
その言葉を聞いたゴルガは、パイプ椅子の上で大きな体をさらに丸め、ぎゅっと膝を抱え込んだ。
「……すまない」
彼女の低音が、ひどく掠れて震えていた。
「私のせいだ。私が目立ちすぎた。やはり、オークが前面に出るべきじゃなかったんだ。……ユウト、私はグループから外れるか、せめてカメラに映らない後ろの方へ隠してくれ。そうすれば、皆への批判は収まるはずだ」
自己犠牲。それは、かつて建設現場で他人の目を恐れ、声を潜めていた彼女に逆戻りする悲しい提案だった。
ユウトは手元の資料に目を落とした。事務所として正式な反論声明文を出し、悪質なアカウントには法的措置をちらつかせてコメントを封殺する。あるいは、ゴルガの言う通り一時的に目立たない構成に再編集し、嵐が過ぎるのを待つか。
だが、ユウトはどちらの案も採用しなかった。ゴルガの自己否定を、事務所の都合で肯定するわけにはいかない。
「ゴルガ。君を隠して得た平穏に、何の意味がある?」
ユウトの静かな問いかけに、ゴルガがハッと顔を上げた。
「世間の声に怯えて君を隠したら、俺たちは『異種族の個性を恥じている』と自ら認めることになる。それこそが一番の搾取であり、見世物にしているという批判を肯定してしまう。……君は、自分の声を恥じているのか?」
「……違う。私は、皆のために歌いたいと思った。メイプルの作ってくれたマイクで、自分の本当の音を出せた時……心の底から、嬉しかったんだ」
「なら、隠れる必要はない」
ユウトは立ち上がり、メンバー全員を真っ直ぐに見渡した。
「炎上を恐れて、君たちの個性を修正することはしない」
「でも、どうするの? このままじゃ、ただのサンドバッグよ」
シルヴィアが腕を組み、冷徹に状況を問う。
「世間の連中は、私たちが何者なのか、どんな意思でここにいるのかを知らない。だから勝手なレッテルを貼って叩く。悪意の石を投げるのよ」
「そうだ。だから、俺たちは石を投げ返さない」
ユウトはホワイトボードに『反論・論破』と書き、そこに大きくバツ印をつけた。
「批判者を論破するような声明文は出さない。相手の無理解を攻撃すれば、さらに火に油を注ぎ、分断を深めるだけだ。俺たちがやるべきなのは、論破じゃない。知ってもらうことだ」
ユウトはホワイトボードに、『沈黙』『反論』『自分たちを知ってもらう』と三つの選択肢を書いた。
「事務所の言葉で決めるつもりはない。何を出すか、出さないかも含めて、七人で選んでくれ」
七人は、互いに必要な範囲を確認しながら言葉を交わした。やがてゴルガが立ち上がり、大きな胸を叩く。
「……私は、逃げない。自分の口で、自分の名前を名乗る」
六人もそれぞれの方法で同意を示した。謝罪や論破ではなく、名前、得意なこと、望む舞台を本人たちが語る。編集方針は事務所が提案するが、語る内容は固定しない。
その共同方針のもと、七人の自己紹介動画の制作が動き始めた。




