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第7話 魔王軍の使者は受付をしました

魔王軍の使者が来ます。

受付票は、ちゃんと書くようです。

第7話 魔王軍の使者は受付をしました


翌朝。


辺境神殿の受付には、いつもより早くリナリアが立っていた。


両手で受付机の端をつかみ、背筋だけは伸ばしている。


顔は少し青い。


「ロレンツさん」


「はい」


「今日は、魔王軍の方が来るんですよね」


「来訪申請では、そうなっています」


「勇者様も、まだいますよね」


「います」


リナリアは、受付の端に座っている勇者アレクシス・グランヴェルをちらりと見た。


アレクシスは腕を組み、不機嫌そうに椅子へ座っている。


昨日の復帰要請書は、まだ差戻し中だ。


聖女ルシアは申し訳なさそうに座り、賢者セドリックは黙って本を読んでいる。


戦士ライネルは壁にもたれ、まだ少し痛むらしい肩を押さえていた。


勇者パーティーは、帰っていない。


理由は簡単だ。


聖剣がまだ光らないからだ。


「ロレンツ」


アレクシスが低い声で言った。


「本当に魔王軍をここに入れる気か」


「来訪申請は受理しました」


「敵だぞ」


「敵味方は審査項目ではありません」


「朝からそれを言うな!」


アレクシスは顔をしかめた。


リナリアが小声で言う。


「昨日も言ってましたね」


「何度でも同じです」


「すごいですね」


「感心するな!」


アレクシスが叫んだ。


その時、神殿の外で馬車の音がした。


がらがらと車輪が止まる音。


続いて、金属の鳴る小さな音。


リナリアの肩が跳ねた。


「来ました!」


「受付をお願いします」


「は、はい!」


神殿の扉が、静かに叩かれた。


三回。


乱暴ではない。


一定の間隔を置いた、きちんとしたノックだった。


リナリアは目を丸くする。


「ノックしました」


「しますね」


「勇者様はしませんでした」


「リナリア」


アレクシスの声が低くなる。


リナリアは慌てて口を押さえた。


「ど、どうぞ!」


扉が開いた。


入ってきたのは、黒い軍服を着た男だった。


年齢は三十代半ばほど。


灰色の髪を後ろへ撫でつけ、片目に薄い銀縁の片眼鏡をかけている。


背は高く、姿勢がいい。


腰には短剣がある。


ただし、鞘には黒い封印布が巻かれ、赤い封印札が二枚貼られていた。


後ろには、同じく黒い軍服の兵が二人。


どちらも武器を布で包み、入口の手前で足を止めている。


男は受付の前で、深く一礼した。


「失礼いたします」


受付が静まり返った。


男は胸に手を当てた。


「魔王軍第三軍団副官、エルバート・ラングレーと申します」


リナリアは完全に固まっていた。


俺は小さく声をかける。


「リナリアさん」


「は、はい!」


「受付を」


「受付ですね!」


リナリアは慌てて受付票を差し出した。


「ご、ご用件とお名前をお願いします!」


エルバートは一瞬だけ目を瞬かせた。


それから、何の文句も言わず、受付票を受け取った。


「承知しました」


アレクシスが愕然とした顔になる。


「書くのか」


エルバートは羽根ペンを取り、丁寧な字で記入していく。


来訪者名。


魔王軍第三軍団副官、エルバート・ラングレー。


随行員二名。


来訪目的。


黒炎結界承認に関する謝意、および今後の権能申請手続確認。


滞在予定時間。


三十分。


武装。


儀礼用短剣一本、封印済。


敵対行動。


なし。


リナリアは受付票を受け取り、目を丸くした。


「全部、書いてあります……」


「申請済みの内容と同じです」


エルバートは静かに答えた。


「相違があれば、その場で訂正いたします」


リナリアは、なぜか感動したような顔になった。


「ロレンツさん」


「はい」


「魔王軍の方、受付票を書きました」


「見れば分かります」


「勇者様は書きませんでした」


「リナリア!」


アレクシスが立ち上がった。


「何度も言うな!」


エルバートはそこで初めて、アレクシスの方を向いた。


「勇者アレクシス・グランヴェル殿ですね」


「そうだ」


アレクシスは胸を張った。


「俺が勇者だ」


「お初にお目にかかります。戦場では、何度か遠目に拝見しております」


「ふん。敵に挨拶される筋合いはない」


「失礼いたしました」


エルバートは、あっさり頭を下げた。


アレクシスは少し拍子抜けした顔をした。


もっと言い返されると思っていたのだろう。


俺は受付票を確認した。


申請内容と一致。


武装申告あり。


随行員数一致。


目的明確。


問題はない。


「武装封印を確認します」


「どうぞ」


エルバートは短剣を腰から外し、鞘ごと受付机の上に置いた。


封印札は破れていない。


短剣から魔力反応もほとんどない。


儀礼用と見てよさそうだった。


俺は水晶板で封印状態を確認する。


《武装封印:確認》


《短剣一振り》


《封印状態:有効》


「問題ありません」


「感謝します」


「随行員の武装は」


「こちらです」


後ろの兵二名が、布で包んだ武器を掲げる。


どちらも封印札付き。


持ち込みは神殿入口まで。


内部への持ち込みなし。


申請どおりだった。


「確認しました。入口脇で保管してください」


「承知しました」


兵たちは素直に従い、武器を入口脇の指定場所へ置いた。


リナリアが、また小声で言う。


「すごい。言うことを聞いてくれます」


「普通は聞きます」


「勇者様は聞きませんでした」


「リナリア!」


アレクシスの声が裏返った。


聖女ルシアが小さく目を伏せる。


賢者セドリックは本を閉じ、肩を震わせていた。


たぶん笑いをこらえている。


戦士ライネルは天井を見ていた。


エルバートは、受付机の前に立ったまま、持っていた小箱を差し出した。


「こちら、来訪申請に記載した手土産です」


リナリアがぎょっとする。


「本当に持ってきたんですか」


「申請しましたので」


「申請したから持ってきた……」


リナリアは感心している。


箱には、黒い紙で包装がされていた。


紐で結ばれ、封はされている。


表には、内容物一覧の小さな札。


焼き菓子。


原材料。


小麦粉、卵、砂糖、魔族領産黒蜜、山羊乳バター。


毒物なし。


呪詛なし。


保存期間三日。


製造者、魔王城厨房班。


「毒物なしって書いてあります」


リナリアが言った。


「書いてあるから安全とは限りません」


俺は答えた。


「ですよね」


「検査します」


エルバートは当然のように頷いた。


「お願いします」


アレクシスがたまらず叫んだ。


「魔王軍の菓子など食えるか!」


「食べるとは言っていません」


「受け取るな!」


「受領可否は検査後に判断します」


「判断するな! 却下しろ!」


「手土産は攻撃権能ではありません」


「そういう問題か!」


エルバートは静かに待っていた。


俺は簡易検査用の札を小箱に近づける。


反応なし。


毒性反応なし。


呪詛反応なし。


微弱な甘味強化反応あり。


「甘味強化反応があります」


リナリアが目を輝かせた。


「甘くなるんですか?」


「おそらく」


「それは危険ですか?」


「食べすぎる危険はあります」


「ロレンツさん」


「はい」


「それは普通のお菓子でも危険です」


「そうですね」


エルバートが、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「魔族領の黒蜜菓子です。甘さは強めですが、呪詛はございません」


「呪詛はないそうです」


リナリアが嬉しそうに言った。


「嬉しそうにするな!」


アレクシスが叫んだ。


俺は検査結果を水晶板に記録する。


《手土産検査:異常なし》


《甘味強化反応:微弱》


《受領:可》


「受領します」


「ありがとうございます」


エルバートは丁寧に頭を下げた。


魔王軍の副官が、辺境神殿の受付で焼き菓子を差し出している。


その横で、勇者が腕を組んで怒っている。


何かがおかしい。


だが、手続上は問題なかった。


「それで」


俺はエルバートを見る。


「本日の用件は、黒炎結界承認に関する謝意と、今後の申請手続確認でしたね」


「はい」


エルバートは鞄から書類束を取り出した。


すでに綴じられている。


表紙付き。


目次付き。


「こちらが、今後予定される権能使用申請の一覧です」


「一覧」


「はい。防衛結界、瘴気浄化、戦場救護、捕虜収容所の衛生改善、兵站路修復、および王国軍との交戦に伴う大規模権能使用の可能性について、事前に確認をお願いしたく存じます」


俺は書類を受け取った。


分厚い。


だが、整理されている。


「事前相談ですね」


「その理解で結構です」


「本申請ではない」


「はい。本申請前の様式確認です。審査官殿のご負担を減らすため、先に不備の傾向を洗い出したく」


リナリアがぽつりと言う。


「審査官の負担を減らすため……」


セドリックが小さく呟いた。


「うちで聞いたことがない言葉だ」


アレクシスが睨む。


「セドリック」


「事実だ」


ライネルも低く言った。


「俺たち、だいたい戦ってから書いてたな」


「ライネル!」


ルシアは何も言わなかった。


ただ、少しだけ恥ずかしそうにしていた。


俺は魔王軍の書類束をめくる。


防衛結界。


瘴気浄化。


戦場救護。


捕虜収容所の衛生改善。


どれも、想像していた魔王軍の書類とは少し違った。


もっと攻撃的なものばかりかと思っていた。


「捕虜収容所の衛生改善、ですか」


「はい」


エルバートは静かに答えた。


「王国軍捕虜の感染症が増えています。治療権能の使用には神殿省の承認が必要と伺っています」


アレクシスが眉をひそめる。


「王国軍捕虜?」


「はい」


「敵を治すのか」


エルバートはアレクシスを見る。


「捕虜ですので」


短い答えだった。


アレクシスは言葉に詰まった。


ルシアが、初めてはっきりとエルバートを見た。


「捕虜に治療を?」


「必要であれば」


「魔王軍が?」


「捕虜を死なせても、兵站上も外交上も利益がありません。何より、収容下に置いた者を病で死なせるのは管理上の失敗です」


言い方は冷静だった。


善意というより、管理。


けれど、少なくとも放置ではない。


俺は書類を閉じた。


「内容は預かります。正式な回答は確認後になります」


「承知しました」


「今日は三十分以内の滞在です」


「はい」


「現時点で、敵対行動はありません」


「ありません」


「それでは、来訪目的の一つ目、謝意については受領しました」


「ありがとうございます」


エルバートは深く頭を下げた。


「改めて、黒炎結界の条件付き承認に感謝いたします。条件が明確であったため、現場は混乱せずに済みました」


「条件を守ったのはそちらです」


「守れる条件を示していただいたからです」


受付が、また静かになった。


アレクシスは何も言わなかった。


ルシアも、セドリックも、ライネルも黙っていた。


リナリアだけが、ぽつりと言う。


「勇者様より、話が通じますね」


今度は誰もすぐに怒鳴らなかった。


アレクシスが一拍遅れて叫ぶ。


「リナリア!」


リナリアはびくっとした。


「す、すみません!」


エルバートは何も言わない。


ただ、丁寧に頭を下げた。


「本日の要件は以上です。滞在予定時間内ですので、これにて失礼いたします」


「受付票に退去時刻を記入してください」


「承知しました」


エルバートは退去時刻まできちんと書いた。


リナリアが、それを見てまた感心した顔をする。


「最後まで書きました」


「普通は書きます」


「普通って、こうなんですね……」


アレクシスが何か言いかけたが、疲れたように口を閉じた。


エルバートは入口で武器を受け取り、封印札が破れていないことをこちらに見せた。


「武装封印、退去時まで維持。確認願います」


「確認しました」


「ありがとうございます」


最後に、エルバートは俺を見た。


「ロレンツ・アシュフォード殿」


「はい」


「魔王ザガン陛下は、あなたの審査を高く評価しております」


受付の空気が、ぴたりと止まった。


アレクシスが顔を上げる。


ルシアが息を呑む。


セドリックが目を細める。


ライネルの手が、わずかに剣の柄へ動いた。


エルバートは続けた。


「いずれ、正式な形でお願いを差し上げることになるかもしれません」


「正式な形であれば、確認します」


「そう仰ると思っておりました」


エルバートは微かに笑った。


「それでは、失礼いたします」


魔王軍の使者は、最後まで礼を崩さず、辺境神殿を出ていった。


受付には、焼き菓子の箱と、分厚い書類束が残った。


それから、怒った勇者も残った。


アレクシスは、俺を睨んだ。


「ロレンツ」


「はい」


「お前、魔王軍に行くつもりか」


「まだ何も申請されていません」


「申請されたらどうする」


「内容を確認します」


「確認するな!」


俺は魔王軍の書類束を見た。


表紙には、丁寧な字でこう書かれている。


『今後の権能使用申請に関する事前確認資料』


その横には、リナリアが受け取った焼き菓子の箱。


手土産検査済み。


甘味強化反応、微弱。


受領可。


リナリアが小さく言った。


「ロレンツさん」


「はい」


「焼き菓子、どうしますか」


「勤務後に確認しましょう」


「食べるんですか?」


「検査上は問題ありません」


アレクシスが叫んだ。


「食うな!」


世界は、思ったよりややこしい。


だが、焼き菓子に罪はない。


ここまでありがとうございます。


魔王軍の使者は、受付をして、武装封印も見せて、手土産まで持ってきました。

勇者様より話が通じるのは、たぶん気のせいではありません。


次回、魔王軍から正式な話が届きます。


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